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第六話 アブラハムの競売

 


 スワルガの船内は全てが、

 街として機能している訳ではない。


 機関室。艦載機発着場。資材の格納庫。

 そんな巨大な空間が中心になっていた。

 それらを中心街として、

 蜘蛛の巣のように広がる通路沿いに、

 いかがわしい店とバラックが詰め込まれている。


 また制御室等、重要設備がある場所は、

 各勢力の拠点となっていた。


 逆に言うと中心から遠い場所ほど寂れてくる。

 船内奥深くとなると、船外バラック街よりも、

 中心まで行くのにかかる時間は逆に長くなる。


 アブラハムが指定した時刻はその日の夕方。

 指定した場所はそんな僻地の一つ、

 船体上部の砲塔跡だった。


 場所を聞いて僕は頷く。

 攻めるに難く守るに易し。

 僻地であるが、

 同じく僻地を勢力圏とするアブラハムには、

 己の庭にも近く、

 他の派閥の干渉を防ぐには悪くない選択だ。


 だがこの宿は黄衣派の勢力圏にあるため、

 砲塔跡まで、徒歩で一時間はかかる。

 僕たちは早めに出発する必要がある。

 準備することなど大してない。

 僕とフレアは宿を出ると奥地へ向かった。


 直線距離がどうあれ、

 荒れた道を通るのは時間がかかる。

 瓦礫にふさがれた通路、崩落した階段。

 それらを迂回してたどり着いた頃には、

 もう指定時刻に近くなっていた。



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 階段を上がりきると扉がある。

 アブラハムの私兵と思しき三人が警備中だ。


 アブラハムと呼ばれる集団は、

 古くからこのスワルガに居住していた、

 ある種の宗教的集団である。


 神の定めた戒律を守ることへの執念のため、

 他の都市から追い出された一族が、

 ここに移り住んだのが始まりだという。


 この街はそのような周囲に馴染めない者にも、

 住処を与える。

 無論、力があればの話だ。


 彼らも己の領域を守るために武力を溜め込み、

 気付けばマフィアと化していた口だった。

 だが最近までのアブラハムは、

 奥地に隠遁する危険物というだけであった。


 こうして表に出てくるようになり、

 武闘派として名を馳せるようになったのは、

 当代の指導者になってからである。


「アルテミシア商会の者だ。

 アポはとっているはずだ」


 話しかける僕に警備の男たちは言った。


「武器を預けてください」


「君たちは僕に交渉は決裂だ、

 と言っているのか」


 僕は拒否する。

 当然の話だ。

 武器なしで話し合いなどできるはずもない。

 丸腰なら脅迫すればいいだけだからだ。


「中にいる君たちの仲間が、

 武器を全て放棄するのなら、

 考慮の余地はあるが、

 そうじゃないんだろう。

 これは誰の命令だ?

 好意からの助言と考えてほしいが、

 一度戻って命令内容を確かめて来るといい」


 警備は目を合わせ、

 それから一人が奥に去っていった。

 しばらくして帰ってきたのは別の男だった。


「どうぞ、そのままで構いません」


「だろうな」


 厄介なことになりそうだ。

 下位の構成員まで、

 意思が行き届いていない。

 組織がうまく動いていない証だ。

 それは上位者の統制に、

 何らかの問題があることを意味する。

 もしくは単純に、

 アルテミシアという貴族を軽視しているのか。

 少々の能力不足を咎めるつもりはない。

 無能なら手玉にとればいい。

 だが貴族を恐れない者には、

 それなりの対応が必要にになるだろう。


 集合場所に着く。


 砲塔は何かが内部で爆発したように、

 装甲が外に向けて開いていた。

 その形は花のようでもある。

 開口部からはまだスターライトが降り注ぎ、

 集合場所に立つ男たちを照らし出していた。


 僕らの他に顔を見せている勢力は三つだ。


 一つはアブラハムの集団。

 顔を見せているのは当代の指導者だ。

 恰幅のいいひげ面の男だが、

 狐のような目つきは抜け目のなさを感じさせた。

 その周りには十七名の護衛がひしめいている。

 本人が直接顔を見せるとは思わなかった。

 アブラハムは予想以上に、

 この取引に力を入れているようだ。


 もう一つは二人組。

 細身の酷薄そうな男と長身の護衛一人だ。

 護衛はフードのある外套で、

 顔を含め全身を覆い隠しているが、

 少しだけ出ている腕には鱗がついている。

 ――変異持ちだ。

 よく見れば外套の下の身体の骨格にも、

 人と異なる形状になっている部分があった。

 変異持ちを受け入れており、

 重要な場にも活用する組織は限られている。

 おそらく独立派の一派、だろう。

 彼らもスワルガに大きな支部を持っている。


 最後の一つの三人組はよく分からない。

 どの男も金のかかった装束を身につけている。

 かなり有力な組織と考えられるが、

 特定できるような特徴がなかった。


 僕とフレアが到着したところで、

 アブラハムの指導者が声を上げた。

 低いがよく通る声だ。


「私はシモン・アブラハム。

 律法の守護者の長である。

 お集まりの三方には、

 急な招待に応じていただき、

 感謝に堪えない思いである」


 そこまで言い、

 そしてにやりと笑った。


「挨拶はここまでで、

 後は商売の話だ。

 どうせ全員、欲しいものは一つだ。

 ざっくばらんに行こうじゃねえか」


 ひげ面の男は手を挙げる。

 すると、物陰から商品が運ばれてくる。

 手持ち可能なケースである。

 三者の中心まで運ばれると、

 用意されたテーブルの上でケースが開かれる。

 中にあったのは、

 直径十センチ、長さ二十センチ程度の円筒だ。

 横には操作レバーがついていた。

 その周囲は金属製の網で保護されていた。


「もう噂は聞いていると思うが、

 こいつは周囲の重力を、

 好きにいじることができる、

 画期的な発掘品だ!

 おい、実演して見せてやれ!」


 その号令と共に、

 まず一抱えもある金属塊が準備された。

 重量は百キロ近いだろう。

 台の上に置かれたそれに向けて、

 円筒が向けられ、操作レバーが引かれる。


 その瞬間、金属の塊は、

 地面へ落ちていくときのように、

 円筒から離れる方向に飛び出し、

 水平に二十メートルほど飛ぶと、

 そこで思い出したように軌道を下げ、

 地面に落ちる。

 だが勢いは止まらず、

 そのまま壁に激突して轟音を立てた。

 集まった各勢力の代表は息を呑む。


「ご覧の通りだ!

 納得できねえなら、

 何度でも見せてやってもいいぜ。

 ただしお触りは勘弁してくれ。

 そいつは買い取ってからのお楽しみだ」


 それから数度実験が行われるのを横目に、

 僕は確認する。


(どうだ? 真偽は確かめられそうか?)


(これは本物です)


 フレアは答えた。


(重力場への干渉が起きていますし、

 それをトールハンマーに要請しているのは、

 あの機械であることは確かです。

 内部も走査してみましたが、

 込み入って無駄の多い構造から推察すると、

 何かの実験用に作ったものが、

 そのまま捨て置かれた。

 それが発見されたというところでしょうか。

 直接触れることができれば、

 もっと詳しく調べられると思いますが、

 今はこれが限界ですね)


(これは他の動力機にも応用できる類のものか)


(不可能でしょう。

 このシステムは設計段階からして、

 動力機とは完全に別物です。

 そして、その違いを理解するには、

 ナノマシンレベルの解析能力が必要でしょう)


 それを聞いて僕は考える。


(それは安心だ。

 すると後はこの一品物の処理か)


「さあ、よくよく確かめてもらったこいつだが」


 数度の実験の後、ひげ面の男は言った。


「最高額をつけた奴にくれてやる。

 出せそうな奴らだけを集めたんだ。

 お前らにも面子ってもんがあるだろ。

 あんまり低い額にするんじゃねえぞ。

 それと事前に伝えたように取引は、

 全部ここで行う。

 後払い、分割払いは通用しねえ!

 一括払いだけだ!

 ここで全額が払えなければどうなるか、

 分かっているな。

 それじゃ早い者勝ちだ!」


 そしてオークションは始まる。

 金額はまだ出ない。

 三者は見合う。



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 オークションで、

 まず考えなければいけないことは何か。

 僕は頭の中で確認する。


 絶対に必要なことは、

 妥当な価値を見積もることだ。


 ものの価格は需要と供給、

 必要とされている量と、

 用意されている量の差で決まる。

 単純に言うと

 必要とされている量が多いほど価値が上がる。

 用意されている量が少ないほど価値が上がる。


 たとえば、水。

 水は必要不可欠で必要量も多いが、

 供給される量も多いので、

 価格はそれほど高くはない。


 たとえば、高品質の半導体。

 必要とされている量は多いが、

 今の技術では製造不能のため、

 発掘してくるしかない。

 発掘品の量などたかが知れている以上、

 その価格は高止まりしている。


 無論、誰かが大量に発掘すれば、

 一時的に安値がつくこともある。

 世の価格はそういう風につけられている。


 だがこれは金をかければ

 幾らでも手に入る程度の、

 ありふれたものにのみ通用する話だ。

 今回のような一点物は話が全く違う。

 では、何が違うのか。


 問題は一つ、

 相場がない、

 そのことに尽きる。

 何かを参考に値をつける、

 ということができないのだ。


 だがどこかで決めなければならない。

 適当にではない。

 はっきりとした根拠を持って、

 決めなければならない。

 それができない者は食われるだけだ。


 では何を根拠とするのか。

 僕はこう考えている。

 利用価値――

 それを手に入れ、利用することで、

 最終的にどの程度の利益が上げられるか。

 それこそが価格となる。


 非常に希少な性能があっても、

 利用できる条件が厳しければ、

 有用とはいえない。

 それだけでは、

 コレクションとしての価値しかない。

 手に入れた者に、

 解析し複製する技術があってやっと、

 それは有用となる。


 逆に機能はありふれていても、

 多様な用途に使えるものならば、

 それは十分に有用だ。


 資金というものは有限だ。

 アルテミシア商会でも、

 あらゆる仕事は全て、

 人に払う金、

 ものに費やす金、

 場所に費やす金、

 情報に費やす金、

 金を消費して動いている。

 この一品を買うということに費やす金を、

 他のことに費やすことで得られるものがある。

 故に限りなく希少であるからと言って、

 どのような品でも幾らでも資金をかけていい、

 などということはない。


 占有し、隠匿し、

 それから得られる利益を独占できたとしても、

 回収できる額には限界がある。

 それさえ含んだ先にある価格。

 それ以上になれば損が出る、

 それ以下となれば利益が出る、

 そんな価格が確かにあるのだ。


 それ以上の価格で、

 それを買ったとしても損になる。


 ほしい、それは確かだ。

 だが損はできない。


 相手はどれだけの価値を見積もっているのか。

 己の見積もった価値はいくらか。

 相手の方が低ければ、金を積んで解決だ。

 注意するのは熱くならないようにクールに。

 ただ、相手に冷静に諦めさせればいい。

 逆なら相手に損をさせてしまえばいい。


 さて、だが、ものごとは損得だけは決まらない。

 競られる品に少なくとも価値があり、

 明らかに有用なものである時、

 複数の者がそれを認め、競り合う時、

 相場は吊り上がっていく。

 ここからが心理の世界だ。


 せっかくならば勝ちたい。


 そして勝利とは、

 幾ら払ってでも物品を得ることだ。

 愚かなことに、そう認識してしまう者がいる。

 いや誰もがそうなのだ。

 その品を獲得するために、

 わざわざこんな僻地まで来たのだ。

 少々己の予測した価値を超えたからと言って、

 そこで諦めては、今までの手間が無駄になる。

 そう考えてしまう。


 そして引き時を誤るのだ。


 また愚か者はこうも考える。

 競争相手がここまで粘るということは、

 自分には分からなくても、

 それだけの価値があるということではないか。

 ならばやはり押してみよう。

 そうして粘り続けてしまうこともある。

 そして泥仕合になる。


 こうなれば得をするのは、

 出品した胴元だけである。

 さて、こういう場合、どうするのか。


 答えは簡単だ。

 オークションにしなければいいのだ。

 交渉する相手を間違えなければいい。

 交渉するべき相手は、

 この品の所有者であるアブラハムではない。

 本当の相手は、同じ品を欲する、

 二つの勢力の代表者なのだから。

 だからこそ僕は彼らをよく観察していた。

 そして付け入る隙は、既にそこにあった。


 ばかげた話だ。

 僕は笑う。

 こんなことをしなければ、

 まともな交渉ができただろうに。

 僕はこの場にいる一人の男と目を合わせる。

 さて彼とは敵同士だが―― どうなるかな。

 そして僕らは金額を吊り上げ始めた。



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 吊り上っていく金額に、

 ひげ面の男の顔がにやけてくる。

 変異持ちの用心棒を連れた男は

 冷静に価格についていく。

 その表情には焦りも困惑もない。

 淡々と吊り上げる、それだけだ。

 僕もそれに従う。

 三人組の代表は少し焦ってきているようだ。

 僅かに表情に、手足の動きに、呼吸に、

 不安の気配が漏れ出ている。

 だが、それでもついてくる。

 ついてくる限り僕らは吊り上げ続ける。


 そして、

 彼らが撤退の決断しようとしたその時、

 僕たちは即座に動きを止めた。


 残ったのは三人組だけだ。

 その表情には驚愕が浮かんでいた。

 アブラハムの指導者が笑いながら言う。


「おいおい、

 こんなところでギブアップか!

 まだまだいけるだろ!

 こんなところで諦めるのかよ?」


 だが、僕らは反応しない。

 そして残った一人を見る。

 そいつは莫大な金額を払うことが確定している。

 沈黙が続く。


「おいおい、本当に後悔しねえんだな?」


 ひげ面の男の声は強気だが、

 どこかに焦りがあった。

 僕は言った。


「ああ、もういい」


「いやはや勝てないねえ」


 酷薄そうな男も言う。

 やはり分かっている。


「プライズはあなたのものだ。

 さて、ただしあなたに払えるのであればね。

 払えないのであればどうなるか」


 そして阿修羅の凶相で笑った。


「分かっているな」



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 しらけた風が流れる。

 凶相の男は言う。


「さ、払いたまえ。どうしたんだい?」


 最高額をつけてしまった男は、

 既に隠しようもないほどに震えている。


「そうか、持ち合わせがないのか。

 それは困ったなあ。

 困ったね、困ったよ」


 分かりやすい話だった。

 この男にそんな持ち合わせはないのだ。

 では、なぜここにいるのか。

 簡単なことだ。

 オークションを泥仕合にし、

 大量の金をせしめるために、

 誰かが送り込んだのだ。

 誰が?

 考えるまでもない。

 その下手人、

 アブラハムの指導者を僕と彼は睨む。


「ねえ、そこの偉い人、

 主としては責任をとらなくちゃねえ?」


 ひげ面の男は黙り込んだ後、言った。


「やれ」


 十数発の銃声が重なって響く。

 護衛たちの銃の引き金が全て引かれたのだ。

 その迅速な判断は評価したい。


 三人組はあえなく散る。

 彼らに身を守る術はなかった。


 だが僕には一発もあたらなかった。

 フレアが守ってくれたのだ。

 彼女は素早い動きで銃弾を払っている。

 変異生物としての限界は越えていない。

 こちらに来た弾数は多くはなかった。

 だからできたことだ。

 三分の二以上はもう一人の男に向けられていた。

 だが彼も無事だった。

 護衛である変異持ちが全てを受け止めたからだ。

 鎧を着込んでいるようだが、

 それで全て防げる訳ではない。

 身体の強度そのものが桁違いなのだ。

 男は、絶体絶命の状況で笑う。


「これは困ったねえ。

 せっかくこちらはあなたたちを尊重して、

 適正な売買をしようと、

 わざわざ二時間をかけて来てやったのに、

 こんな腐った茶番で迎えてくれるとはねえ」


 男は護衛に目を向ける。


「やれ」


 その瞬間、

 まるで雷光のように護衛は奔っていた。

 外套はその場に残し、

 彼は一歩で距離を詰めている。

 その姿はまるで二本足で立つ竜だ。


 ひげ面の首が飛んだ。

 右腕の爪が横に一閃されたのだ。


 そのまま勢いに乗って竜は踊る。

 銃を持つ護衛たちの間に、

 旋風のように飛び込み、

 嵐のように蹂躙した。

 一瞬で十七人は死んだ。

 肉片は血の海に沈んでいた。


「ははは、馬鹿め。私を嵌めるには百年早いぞ」


 酷薄そうな男は満足げに頷き、

 そして僕を見た。


 殺してしまったか。

 仕方のないことだが、僕は嘆息する。

 この町の支配層の一つが空白となったのだ。

 以後の混乱が想像できる。

 だが、彼がやらなければ、僕がやっていた。

 だから大筋で問題はない。

 今はこの危険な男への対応が最優先だった。

 さあ、最後の交渉を始めようか。


「アルテミシアの青年、

 死ぬか、戦うか、好きな方を選んでいいぞ」


 男は言った。

 その瞳は興奮に濡れ、

 話が通じる様子ではない。

 無論、話し合いなど不要である。

 この場にあった問いは最初からただ一つだ。


 どちらが手に入れるのか。


 それだけだったのだ。

 だがこのままでは勝ち目は薄い。

 だから僕は言う。


「持ち主は死んだ。

 今や、この品に所有権はない。

 だから拾った者が新たな所有者となる。

 そういう考えでいくのか?」


 男は目を細めた。

 そして僕とフレアを見る。

 こちらの戦力を値踏みしているのだ。

 笑みが漏れる。勝てると踏んだのだ。


「だが」


 と僕は言う。


「血みどろの殺し合いは優雅ではない。

 そうは思わないか」


「では、どうする?

 チェスで決めるかね」


 男は勝者として振舞う。

 僕は敗者としては振舞わない。


「それじゃそちらも納得できないだろう。

 どうにもあなたは、

 その護衛の戦力に随分と自信があるようだ。

 彼に僕と彼女をまとめて始末させれば、

 それで万事うまくいく、と。

 そう考えているのが見えている」


「ほう」


 男は僅かに表情を改める。


「確かに認めよう。

 この用心棒は強い。

 あなたたちをまとめて始末できる、

 そう思っているよ」


 男の答えに僕は返した。


「だが、考えてみてほしい。

 僕らが二人がかりで、

 自分の身も省みず、

 あなただけを殺しに行った場合、

 あなたが死ぬ可能性はどの程度あるかな。

 あなたが死んだ後で、

 護衛が僕ら二人を殺したとして、

 あなたに利益はあるかな?」


 僕は男の目を見た。

 男は僕を睨み返す。

 視線だけで人を殺せそうな凶相である。

 だが僕はひるまない。


「……何を考えている」


 先に折れたのは男だった。

 僕は笑った。


「こんな趣向はいかがかな。

 護衛同士で戦い、

 勝った方が拾う。

 どうだい?

 これで少なくとも僕たちは傷つかずに済む。

 護衛の方も、自分の力に自信があれば、

 どうということはないだろうね。

 勝てばいいだけなのだから。

 勝敗も自動的に決する。

 護衛を失った方に勝ち目などない。

 無事に逃げられたら、ましな方だ」


 僕の言葉に、


「は、は」


 男は笑った。


「勝てると思っているのか。

 彼が誰だか分かって言っているのか。

 竜人ドラゴンレイスの名を知らないのかい!」


「知らないね。

 それに彼が何であろうと、

 僕の答えは変わらない。

 僕は最も大きな利益の残りそうな選択を、

 しているだけだからだ」


 その答えに男は感に堪えぬと、大笑いした。


「ははは!

 いいねえ! 乗ってやろうじゃないか!」


 僕はゆっくりと後ろに下がりながら言う。


「見学者が巻き込まれた場合は、

 自己責任としよう。否やはないだろうな」


「くく、面白い男だねえ」


 男も素直に下がる。

 僕は待機しているフレアに目を向ける。


(フレア、いけるな。

 力を常人並みに制限する必要はない。

 変異持ちとして力を使っていい。

 それで勝てないようなら、

 全力を出しても構わない。

 ただしその場合は、

 もう一人も始末する必要があるから、

 先に言ってくれ)


 フレアは力強く前に出る。


(あなたは本当にろくでもない人間ですね)


 彼女はそう漏らして、

 いつもの訓練の構えを取った。

 そして僕は静観している男から目を離さず、

 いつでも銃を抜ける体勢をとった。


 男も銃を所持している。

 動きに注意しておく必要があった。

 だが僕の様子に男は両手を広げる。


「はは、抜かないよ!

 こんな楽しい見世物はなかなかないからねえ!」


 その酷薄な瞳は流れる血を期待しているように、

 濡れそぼっていた。


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