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第十七話 重さと軽さ



 深夜――


「あなたに説明をお任せしたいのです」


 ロボットは宿の部屋で僕にそう言った。


「今の私には彼らの状況が分かりません。

 何を言えば彼らが納得するのか、

 見当もつかないんです。

 彼らを傷つけるつもりはありません。

 ただ彼らの助力に感謝し、

 できれば穏便に別れたい。

 そう思っています」


 慎重かつ穏当な方針だが、

 本心だろうか?

 おそらく別に狙いがある。


 お前は知りたいんだろう?

 あの場で何が起きたのか。


 だから主導権を渡すリスクを負ったうえで、

 僕に説明を任せようとしている。


「あんたはそれでいいのか」


 僕は老人を見る。

 老人は頷く。


「それならいいんだが……」


 鍛冶師の口は確実に封じる必要がある。

 だが余所者の僕が場を動かすには、

 力のある役割が必要になる。

 それを譲ってくれるというのなら、

 ありがたくいただくまでだ。

 だが、どうする?

 僕にも何が起きたのか分からないのに、

 何をどう言えばいいのか。

 道はまだ見えなかった。

 僕はただ答える。





 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



「わかった。その役割、引き受けよう」


 迷いなく返ってきた青年の了承に、

 老人は疑念を深めた。

 青年は奇妙に落ち着き払っている。

 深夜の来訪にも文句一つなく、

 彼女の願いにもすぐに応じた。

 全て分かっていたかのようだった。


「ありがとうございます。

 あなたならそう言ってくれると信じていました」


 彼女は無邪気に笑う。

 青年は低い声で言う。


「しかし自暴自棄になっている人間というのは、

 中途半端に押さえつけようとしても、

 うまくはいかないぞ。

 お前は黙らせておきたいんだろうが、

 力加減をうまく調整できないと、

 欠片でも不満が残れば反発が、

 逆に慢心しても余計なことをしでかすだろう。

 一度の話し合いで全員を思い通りにするのは、

 土台無理な話だ」


 彼女は彼を信頼できるかもしれないと言った。

 身を隠すのを手伝ってくれる予定だとも。

 だが老人は信じていなかった。

 彼女が眠っていた部屋は、

 向かおうと思わなければ、

 辿り着ける場所ではない。

 愚かな祖先たちが魔物たちに追われるまま、

 地底へ、地底へと追い詰められて、

 最後に追い込まれた場所なのだ。

 青年は偶然だと言っていたが、

 偶然のはずがない。

 貴族の指示で動いているのだ。

 その疑いは全く晴れていない。


 思っていた以上に、

 願っていた通りに、

 彼女は女神のような人だった。

 だからこそ、不幸になってほしくない。


「では、どうするのですか?」


 青年は時間を空けて言う。


「書き換えよう。それしかない」


「どういうことですか?」


「黙らせるのが難しいなら、

 彼らの知っていることを、

 洩れていいように変えてしまうんだ。

 誰も信じる気が起きない御伽話にな。

 少し時間をくれ。考えをまとめよう」


「ではその間に移動しておきましょう」


 そして老人たちは塔へ歩き始めた。



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 塔内、大広間にて――


「僕は元々、一人で行動していた山師で、

 魔物の縄張りを避けるのは得意だった」


 青年が鍛冶師たちに話し始めた。

 その作り話を老人は黙って聞く。


 貴族の配下として遺跡鉱山に来た青年は、

 村で聞いた奇妙な魔物の物語に惹かれ、

 空いている時間に一人で抜け駆けをして、

 地下の探索を試みた、というものだった。


「そういう昔話が好物でね」


 冗談のような理由だ。


「貴族の命令じゃないのか」


「貴族も最初から地下を探るつもりだったけど、

 でもこういうのは自分でやるから満足できる。

 そうじゃないかい?」


 鍛冶師はうさんくさそうに青年を見たが、

 それ以上は何も言わなかった。


「という訳で僕は一人で遺跡を見て回ったんだが、

 最初は行き先の見当もつかなかった」


 青年はそこで見たものを順番に語っていく。

 その説明はあまりに正確で、

 実際にその場で悩み試行錯誤した者にしか、

 話せないものだった。

 鍛冶師たちも、よく知っている場所だからこそ、

 そこに嘘がないことが理解できたはずだ。


 青年は真実を語っているのかもしれない。

 老人もそう思い始めていた。


「手掛かりが何もなくて途方に暮れた時、

 僕はこうすることに決めている」


 青年は鍛冶師たちを見回す。


「最も目立たないところから探る」


「そりゃ一体どういう訳だ?」


 鍛冶師の一人が問う。


「地味だってことは、

 人の手があまり入ってないってことだ。

 掘り出し物がありそうだろ?」


 迷宮に潜る男たちは信心深くなりがちで、

 風変わりなこだわりを持つ者も多い。

 青年が言っているのも、その典型だ。

 それはささやかな験担ぎでしかなかったが、

 だからこそ追及も難しかった。


「そういうものかね」


「割とね」


 青年は軽く答える。


「僕は遺跡の奥の半分隠れた非常扉を開けて、

 そこから階段を降りた」


 その扉も鍛冶師たちのよく知るものだった。

 先がどうなっているのかもよく知っている。


「その先で僕は爆発事故が起きたような、

 徹底的に破壊された場所に辿り着いた」


 そう、そこで行き止まりのはずだ。


「君たちはあれが何なのか知っているのか?」


「五百年前の爺さんたちが入った時には、

 もうそうなっていたらしい。

 それでそこからお前はどうしたんだ?」


 青年は鍛冶師たちの様子を見ながら言う。


「天井近くに壊れた通気口があるだろう?」 


「そんなんあったか? 知らねえぞ!」


 まだ年若い少年が瞬時に叫ぶ。 


「あったような…… なかったような……」


 鍛冶師たちはお互い顔を見合わせる。

 ある者は首を傾げ、ある者は頷いた。

 最後に中年の男が言う。


「確かにあったな、それがどうしたんだ?」


 青年は言う。


「こじ開けて潜り込んだ」


 鍛冶師たちは目を丸くする。


「あんなところにか?」


 青年は笑う。


「誰も入ったことがなさそうだ。

 そう思ったからだよ」


 またそれか。そんな言い訳で納得する者が、

 どこにいるのか。

 青年はしかし、反論を待たず説明を進める。


 配管の先はほとんどが塞がっていたが、

 それでも幾つか開口部があり、

 その先には次の空間があった。

 青年は成り行き任せの探索を、

 一つ一つ淡々と説明していく。


 その詳細さは疑惑を押し流していき、

 最終的に疑いようのない地点に届く。

 男たちの知る通路に辿りついたのだ。


 青年は天井の蓋を破ることで、

 そこに降り立った。


「そこで僕は分厚い扉を目にして、

 その時、奇妙な現象に遭遇した。


 それは光という光が消えた深い闇だ。

 灯りもない地下深くでのことだから、

 最初は電気灯の故障を疑ったが、

 すぐに異常に気付いた。


 ゼンマイは動いていて、

 熱さも感じられるのに、

 光だけが見えないんだ。

 しばらくして光が再び灯った時、僕は確信した。

 これこそが君たちの間に伝わる現象なのだと。

 案内役の少年はこう言っていた。

 昼の最中、突然まるで夜のように光が失われ、

 真っ暗闇になり、それが数十秒続いた後、

 この遺跡に光の柱が立つと、その直後、

 光が戻ってきて、景色も元通りになるのだと。

 確かにその一端を僕は経験した」


 鍛冶師たちはまだ半信半疑だ。

 今回の奇跡を体験した村人は、

 ロウ一人だけだった。


「そんな状況だ。

 引き返そうかと悩んだが、

 せっかくここまで来たのだから、

 その怪しげな扉の向こうに何があるのか、

 確かめてから帰ろうと思った。

 そして僕は銀色の装置と、

 眠る彼女を見つけた訳だ」


「お前がそこに辿り着いた時、

 彼女はまだ眠っていたのか?」


 鍛冶師の問いに青年は頷く。


「あれを眠りというのなら。

 彼女はそこにいたけれど、

 息もしていなかったし、

 鼓動も感じなかった。

 僕は最初、彼女を人形だと思ったよ。

 君たちもそうだったんじゃないか?

 人というには姿も整いすぎていた。

 あれは生き物ではなかった。

 僕はそう感じた」


「それで、お前は何をしたんだ?」


 鍛冶師たちは固唾を呑んで、

 彼の次の言葉を待っている。

 そこにあるのは期待、嫉妬、

 その両方だった。


「正体を確かめようと思った。

 その祭壇というのだったか、

 その中に入って彼女に触れた。

 指先で頬に。誓ってそれだけだ。

 その直後に彼女は動き出して、

 僕に殴りかかってきたんだ」


「殴りかかってきただって?」


 鍛冶師たちが呆然と呟く。


「ああ」


 青年は頷く。


「獣のように襲いかかってきやがった」


「本当なんですか?」


 鍛冶師たちは半信半疑で少女を見る。

 小さな姿と彼の言葉が、

 結びつかないのだろう。


「彼は銃を構えていました」


 少女は青年の言葉を否定せず、

 状況説明を付け加えた。

 鍛冶師たちが彼を見る。


「人形が勝手に動き出したんだ。

 警戒ぐらいしてもいいだろう」


「やっぱり向けてたのかよ」


「最初はな。だがすぐに下ろして、

 穏便に話をしようとした。そしたら、

 こいつがいきなりとびかかって来た」


 青年の言い訳に少女が口を挟む。


「油断し、狙いが外れたところで、

 反撃しただけです」


 鍛冶師たちは顔を見合わせた。

 混乱しているようだ。

 その様子に二人も目を合わせ、

 笑みを浮かべて、声を揃える。


「まあ、誤解だった」


「確かにそうでした」 


 その通じ合っている雰囲気に、

 鍛冶師たちは苛立ちつつ、

 話の続きを求めた。 


「とにかく初撃を凌ぎきった後、

 僕たちはお互いのことを話し、

 彼女の正体も少しだが知って、

 味方をしようと決めたんだ」


 青年は一息つく。 


「僕は貴族に滅ぼされた都市の生まれだ」


「貴族に……? どこの話だよ?」


「ミレニアムだ」


 鍛冶師たちが息を呑む。


「僧の生まれか?」


 青年は肩をすくめる。


「生憎と崩壊以前の記憶はないんだ。

 僕は滅んだ都市の瓦礫の裏で、

 盗人として育ち、一度死にかけて、

 それから山師稼業に入った。

 気楽なところもない訳じゃないが、

 生死の境を日々漂う仕事だ。

 アルテミスに拾われたことには感謝している。

 だが貴族の全てを認めた訳じゃない。

 その陰で威張り散らす僧院の連中も。

 だが、あいつらは正しい。

 だから何も言えなかった。

 だがもしその全てが偽りだったとしたらどうだ?

 あいつらの題目が嘘っぱちだと証明できるなら、

 命を賭けてもいいと思えた。

 だから僕は、目覚めた彼女を匿い、

 ベルトでの案内人になろうと決めたんだ」


 そうして青年は語り終えた。

 嘘は言っていない。

 そう見えた。そう聞こえた。

 だが鍛冶師たちはどう受け取っただろう、

 己らより険しい道を辿ってきたという彼の話を。


 老人は彼らの心中を思う。


 そこには少なくとも嫉妬があるはずだ。

 彼女の隣に立っているのがなぜ、

 彼でなければならなかったのか。

 それは色恋沙汰にも似ているけれど、

 それだけのものではない。

 彼女に尽くしてきた集団の裔として、

 終わり方に納得がいかないのだ。


 見返りが欲しかった訳ではない。


 彼女の目覚めは待ち望んでいたものだ。

 だが思い描いていたその瞬間は、

 このような形ではなかった。

 もっと劇的で、感動的で、

 報われるものであってほしかったのだ。


 青年の語った僅かな情景は、

 この長い物語の結末として、

 その重みに対して、

 あっけなさすぎた。

 それでもこれが結末なのだ。

 老人は溜息をつく。


「お前のことは分かった!」


 最初に声を上げたのは、

 やはり一人の男だった。

 険しい表情のままだが、

 ためらうことなく言う。


「俺は信じるぞ!」


 力強い一声が上がると、

 他の者も賛同していく。

 同意の声が収まった後、

 その男が言った。


「だが後一つ教えてくれ」


「何だ?」


「彼女は何だったんだ?」


 予期していた問いだった。

 青年は予定通りに答える。


「それは僕よりも彼女に直接聞けばいい。

 そこにいる訳だしな」


「あ、ああ…… そう、だな。それは、そうだ」


 青年の言葉に、男は勢いを鈍らせた。

 その気持ちは痛いほど分かる。


 青年の答えは道理に適っている。

 だが、怖いのだ。恐ろしいのだ。


 青年の説明は詳細で信頼に足るものだったが、

 だからこそ何も知らないことが、

 はっきりと分かった。

 かゆいところに手が届かない。

 そんな感覚だった。


「長老…… あんたはもう知ってるのか?」


 男は老人をすがるように見つめてきた。


「お前たちと共に知ろう。そう決めていた」


「何も聞いてないのかよ……」


 鍛冶師たちは呻くと少女をちらりと見る。

 少女は何も言わず、彼らを見つめ、

 彼らの言葉を待っている。

 己には答える資格がない。

 彼らが答えねばならない。

 老人も耐えて口をつぐむ。


 しばしの沈黙の後、

 その男は言った。


「俺は、聞かねえよ」


 その答えにあっけにとられた。

 男たちも同じだった。

 思いもしなかった回答だった。

 だが不思議と反発は感じない。

 それは夜が明けるかのような、

 闇の中に隠れていた宝物が、

 光の下に姿を現したかのような感覚だった。

 己の内にあったごちゃごちゃとした感情が、

 腑に落ちたのを感じた。

 それもまた答えだった。


 それでもいいのだ。


 男は大きく息を吐いた。


「あんたが何であろうと関係ねえ。

 ご先祖様なら興味があったかもしれねえが、

 この俺にはどうでもいいことだ。

 俺はただあんたが好きだ。

 笑うだろうが一目惚れだ。

 どんな人かも知らないで、

 ただかわいいから惚れた。

 だから鍛冶師を続ける気になった。

 悪いか、くそ、悪いかよ。

 でも嬉しいのさ。

 祝わせてほしい。

 今夜だけでいい。

 あんたの声をもっと俺に聞かせてくれ。

 ついでに明るく笑ってみせてくれたら、

 俺はもうそれだけで満足だ」


 男はどこかすっきりとした顔で笑った。

 その言葉の中には、偉大なる中興の祖、

 長老グレゴリーの声が鳴り響いている。

 それは今の彼の思いであり、

 祖先たちの思いでもあった。


 あの青年もあっけにとられた顔で、

 男たちの様子を眺めている。

 だがそこにあるのは不信だ。

 彼には分からないのだ。


「みなさんはそれでいいのですか?」


 少女が静かに問う。

 鍛冶師たちは顔を見合わせて、

 それから口々に意見を言った。


「ああ、聞かなくてもいいかな」


「考えてみればそうだ」


「関係ねえよな!」


「宴会しようぜ!」


 男の言葉に賛同した者は多い。

 だが、そうではない者もいた。


「別に無理に聞き出そうとは思わないけど、

 口にしていいのなら聞かせてほしい」


「あんたがかわいいのはそりゃそうだけど、

 特別な人だと思ったから守り続けた。

 それも本当のことだ」


「何の役にも立ちゃしなかったのかもしれねえが、

 それでも、ずっとやってきたことだしな」


「やっぱ悔しいぜ。何なんだろうな、これ。

 別に何ができた訳じゃねえけどさあ」


 強い光は影を濃くする。

 溢れ出した昏い感情が、

 言葉に凝縮されていく。


「おい、わしらはそんなにダメだったのか?

 この犬野郎には一瞬でできたことが、

 なんでできなかったんだ?」


「結局、私たちは、あんたのために、

 何もできなかったんだな」


 遠く彼方を見つめて呟かれる嘆きは、

 どこまでも暗く湿っていて、

 老人まで滅入るほどの自己否定を含んでいたが、

 それは彼らの底に確かにあるものだ。


 鍛冶師たちは俯きがちになっていき、

 押し殺した嗚咽がもれる。

 悲嘆は次第に周囲へと感染していき、

 最初の男が作った明るさを呑み込む。


 少女は全てを見届け、

 それから口を開いた。


「私は本来、五百年前には、

 物資不足で滅びていたはずでした」


 鬱々とした雰囲気を破ったのは、

 穏やかな声音だった。


「眠る前に用意できた物資は数十年分で、

 どう節約しても百年が限界。

 あなたがたが私を見つけた時、

 私はおそらく滅ぶ寸前だったはずです」


 鍛冶師の一人が言う。


「あなたが眠り続ける間、

 次第に資材が減っていくのを見て、

 その意味も分からないまま、

 減った分を補充していた、

 それだけのことです。

 昔は仕組みを探ろうとしていたようですが、

 最近はもう、受け継いだ手順を、

 繰り返すだけになってしまっていました」


 そんな鍛冶師たちに少女は微笑んだ。


「それがあったから、

 私は今まで存在することができたのです。

 私を起こしたのは彼かもしれませんが、

 辿り着かせてくれたのはあなたがたです」


 そしてゆっくりと告げる。


「心よりの感謝を――

 おかげで私はもう一度、

 立つことができました」


 それはおそらく代々の鍛冶師たちが、

 聞きたいと願った言葉だ。


「あなたがたのために、

 何か私にできることはありませんか?」


 鍛冶師たちも老人もその言葉に酔う。

 それは一つの結末だった。

 全てが望んだ形ではない。

 だが確かに意味があった。

 そう感じることができた。


 その誇らしい満足の中で、


「そりゃあ、おっぱ……」


 一人の少年が何かを揉む仕草をしながら、

 恥ずべきことを言おうとしたが、

 言いきる前に黙らされる。


「ふむ、ではおっぱ……」


 一人の青年が隠しきれない卑しい笑みで、

 卑しいことを言おうとしたが、

 彼も口を塞がれる。

 その後も何人かが似たことを言おうとし、

 堅物たちに制裁されていく。


 老人は様子をただ見守った。

 万が一にもあわよくば……

 そんな気持ちもない訳ではないだろうが、

 そこまで本気なのではなく、

 どこか浮かれた空気の中で、

 戸惑いを冗談に変えようと、

 道化を演じてくれたのでもあるのだろう。

 優しく敏い子供たちだ。

 とはいえそれはどうだろうか。

 彼女のそれはまだ小さい。

 それを揉みたいというのでは、

 少々真実味に欠けるのではないだろうか。

 ではどこに目をつけるのかといわれても、

 困るのだが……

 愚かなことを考えていると、

 自分でも分かっていたが、

 勝手に浮かんでくるのだから仕方がない。

 鍛冶という男しかいない職場で、

 尻やそれについての冗談は、

 会話を回す潤滑油であり、

 もはや不可欠な思考の一部となっていた。

 それがただただ呪わしい。


「どうかされましたか?」


 少女は彼らが何を要求しようとしたのか、

 気付かなかった様子で微笑んだ。

 彼女には誰かから望まれたなら、

 どのような要求にも応えてしまいそうな、

 そんな危うい性質があるように見えた。

 その無垢な性に男たちはいつしか気付き、

 保護欲を刺激され始めていた。

 堅物の男たちは胸をなでおろす。


「あ、握手してください!」


 そこで最も年若い少年が叫んだ。

 己のかわいらしさを自覚するクソガキだが、

 止めるほどではない要求だった。

 男たちは少女の反応を待つ。


「はい、喜んで」


 少女は微笑むと手を差し出す。

 老人は既に知っている。

 眠っていた頃とはどこか違う、

 血の通う温かく柔らかい手だ。


「うわ、わ、わ、わ~~」


 少年は頬を紅潮させた。

 あざとさを狙ったのが、

 素になってしまったか、

 少年は何も言えずに固まってしまう。

 その様子に男たちもすかさず乗った。


「じ、自分もお願いします!」


「並べ、並べ! 一人一回、順番だ!」


 老いも若きも行列をつくり、

 少女は彼らと握手していく。


 それから二十分――


 最後の握手が終わった後、

 参加しなかった者たちに、

 少女は向きなおった。


「お待たせしました。

 あなたがたは知ることが望みなのでしたね」


 男たちは頷く。

 代表者が問う。


「見返りなど何も要りません。

 私はただ知りたいのです。

 あなたは何だったのですか」


 その拳は緊張に震えている。

 答えを聞くのが怖いのだ。

 信じていたことの何もかもが、

 覆されるかもしれないのだ。

 さんざん迷ったことだろう。

 だがそれ以上に知りたいのだ。


 五百年間を生きた不老不死の超越者――

 彼女は祖先と同じ名もなき犠牲者なのか。

 それとも貴族すら危険視する邪悪なのか。


 自分たちは何ができたのか。

 何に加担してしまったのか。

 

 彼女は指で天をただ示した。


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