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第十話 トールハンマーの子供たち



 四人の間に落ちた奇妙な沈黙の中、

 最初に口を開いたのはベルだった。


「あ、ああ、そうなのか。

 それなら歓迎しよう。

 積もる話もあるだろう、

 ゆっくりしていってくれ。

 私たちもこんなところで別れるより、

 安全な街道で別れた方が心配せずに済む」


「そ、そうだよね、うん、

 こんなとこでお別れってのは危ないよね」


 アリスもぎこちなく頷いた。

 二人の答えにロボットは首を傾げ、

 そして微笑む。


「あの、そういうわけではなくて、ですね。

 これからしばらくは、以前のように

 ロデリックと一緒に生活しようかな、

 と思っていまして、

 みなさんのキャラバンと一緒に、

 ロデリックの家までついていければ、と」


 今度こそ二人は絶句した。

 二人はそろって僕を見る。


「ろ、ロッド?」


「ら、ラッカードさん?」


 既に交渉は成立してしまっている。


「以前のように?」


「以前みたく?」


 どんなに険しい道であろうとも、

 乗り越えていくしかなかった。

 猛烈な勢いの問いに、

 僕は少し気圧されながら答えた。


「もう何年も前のことだよ。

 旅先で出会ったそいつは、

 まだ山師としてはひよっこもいいところで、

 見ていてあまりにも危なっかしかったから、

 何ヶ月か一緒に旅をして、

 山師の基本を叩き込んでやったんだ」


 二人は顔を見合わせる。


「そ、そうなのか」


「そうだったんだ」


 ロボットが口を挟む。


「事情を知っているのは、

 両親の他にはロデリックだけなんです。

 気付かれてしまったのは、

 偶然だったんですけれど。

 普段はあまり人のいるところには近づかず、

 辺境を旅しているんです。

 人里だと誰にも気を許せませんし、

 疲れてしまいますから。

 でも、ロデリックは私の秘密を知っても、

 変わらなかったんです」


 ロボットは静かに情感を込めて語る。


「あの頃は楽しかったです。

 今はもう一人でも平気なんですけど、

 でも最近、ちょっと疲れたなって思うんです。

 人恋しくなってきたんでしょうか。

 たまには信頼できる人の傍で、

 安心して暮らしたいな、って。

 そう思っていたら、

 ロデリックに再会したんです」


 ベルとアリスは何も言えなくなっていた。

 それはそうだ。

 こんな薄幸そうな美少女が、

 過去にたった一人気を許した男に偶然再会し、

 今はもう離れたくないと感じている。

 どう考えてもラブロマンスの花咲く展開である。

 絵になりすぎていて、誤解のしようもない。

 ちなみに脚本はロボット少女謹製であった。

 呆然としていたベルの目が、僕の方を向く。


「ロッド、付き合っていないと言ったな。

 あれはどういうことだ」


「付き合ってはいない」


「では、何なんだ?」


「何というか……

 妹みたいなものかな」


「本当に?」


「誓って言うが本当だ」


 それは全くの真実だったから、

 僕は真剣に答えることができた。

 ベルは少し考え込むような様子を見せた後、


「分かった。それでいい。

 こうしてきちんと紹介してくれたし、

 フレアはそんなに悪い子ではないと思うから」


 何か大切なものを諦めたような悲しげな瞳で、

 だが気丈に笑って、頷いた。


「ベル、それでいいの?」


 アリスが心配げに問う。


「問題ない」


 何だか完全に誤解されているようだ。

 それはそれで暗澹たる気分であった。

 だが、これでよかったのだという気もした。

 まだここで立ち止まる訳にはいかない。

 まだ終わりではないのだ。


「そう言えば、フレアちゃんは、

 どれくらい滞在する予定なんだい?」


 そこでアリスが尋ねてくる。

 いいタイミングだった。

 ロボットは答える。


「あまり決めていないんです。

 ロデリックがいいなら、

 しばらく留まろうかなと思っています」


 そしてロボットは俺を見た。

 僕はその視線を受けて、口を開く。


「別にいつまでと期限を区切るつもりはない。

 好きなだけいればいい」


 そして二人に目を向けた。


「なあ、ベル、アリス。

 彼女をうちで雇うことはできないかな」


「それは……」


 ベルの表情が切り替わる。

 一つの商会を預かるリーダーとしての顔だ。

 僅かな逡巡の後、ベルは言った。


「決して不可能ではないだろう。

 単独で辺境を行動できるというのは、

 それだけでも得がたい才能だ。

 しかしうちで働くからには、

 それ以上の能力の証明が必要だ。

 これは縁故での採用となるからな、

 なおさら使える人材であることを、

 明確にしておかなければ、

 あとでみなから文句が出ることになるぞ。

 それをまともに受けるのはお前だ」


「戦いは得意です」


 ロボットは言う。


「傭兵か。それではうちの雇いにはならない」


「手に技術がないと駄目だからね」


 ベルとアリスがぴしゃりと言う。

 ロボットは少し考え込んでいる。

 僕もそうだが、悲観はしていなかった。

 このロボットは、ナノマシンを筆頭に、

 神経系に介入できるほどの力を有している。

 それは今の時代の標準と比べると、

 オーバーテクノロジーそのものだ。

 うまく発揮できる場さえあれば、

 誰もが認める能力と化すだろう。

 その場をいかに整えるか。

 僕が迷ったその時だった。


「お取り込み中、申し訳ありません!

 ラッカの旦那はいらっしゃいますかな!」


 テントの外から大声が届いた。

 僕たちは顔を見合わせる。


「入ってきていいぞ!」


 テントの幕を上げ入ってきたのは、

 筋肉だるまの黒い巨漢だった。


「どうしたんだ、ジャック?」


 ジャックは汗を首にかけたタオルで拭い、

 それから話し始める。


「発電機の修理ですが、

 わしの手に余る問題が発生しまして、

 正直何がどうなっているのか

 さっぱり分かりません。

 一度旦那に見ていただきたいんです」


 それはかなり異常な事態だった。

 ジャックはこの道三十二年のベテランだ。

 分からないことはまずないと言っていい。

 ベルもそのことを知っている。

 眉をひそめると立ち上がる。


「ラッカード、話は後にするぞ」



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 僕たちはジャックに連れられ、

 発電機が鎮座する場所に急行する。

 辿りついた僕たちは技師たちに囲まれた。

 彼らはみな途方にくれた顔だった。


 発電機は偽竜が一匹入る程度の大きさの、

 黒い一軒家のようなものだ。

 周囲には多くのケーブルが散乱している。


「ジャック、状況を説明してくれないか。

 以前は単純な故障だと言っていたな」


 ジャックは頷く。


「はい。昨日、調査した際に発見したのは、

 朽ちて折れてしまったケーブルでした。

 それが原因と考えていたのですが、

 今日修理してみたものの、再起動せず。

 よく調べてみると、

 そのケーブルが切れても、

 別のケーブルが代役を果たせるような、

 設計となっていました。

 問題は発生していなかったのです。

 その後に他の経年劣化箇所も、

 一つ一つ検査してみたのですが、

 どれも十分に稼動に耐えるレベルでした。

 なぜこれだけ保存状態のよい

 発電機が動かないのか、

 私から見れば、

 今この瞬間に動き出しても

 不思議ではないのですが、

 全く動く気配がないのです」


 それから一つ一つの箇所の説明を聞いた。

 検査の結果は全て納得できるものだった。

 問題は僕にも分からなかった。

 僕は少女を横目に見た。


(何かご用ですか)


 少女はちらりと僕を見る。


(この発電機の故障の原因は分かるか?)


 駄目元だったが返事はすぐに返ってきた。


(もちろんです)


 軽く返ってきた返事に、

 僕は持っていた工具を落とす。


「旦那、大丈夫ですかい?」


「あ、ああ。ちょっと考え事をして、

 手元が留守になっていた」


 僕は笑って、工具を拾う。

 そして問い直した。


(おい、今、何と言った?)


(その発電装置の故障箇所がどこか分かるか、

 という質問に答えただけです)


(それはそうだが分かるのか?)


(もちろんです)


(何が問題なんだ?)


 ロボットは不思議そうに首を傾げた。


(問題は一つ、

 あなたがたの調査方法が

 片手落ちであることです。

 なぜ電力の伝達経路ばかりを見て、

 実際に発電している部分を見ないのですか)


 それを聞いて、僕は最悪の状況を理解した。


(まさかコアブロックが壊れているのか!)


 発電は発電機のコアブロックで行われる。

 電動モーターの逆で、

 ローターが磁界内を回転することにより、

 運動エネルギーが電力に変換されるのだ。

 コアブロックは、現存する技術では、

 完全なブラックボックスだった。

 ベルトのコアブロックのほとんどは、

 非常に高い耐久性を備えており、

 そのほとんどが七百年以上、

 故障することなく稼動を続けていた。

 逆に言うとコアブロックが壊れると、

 発電機自体が死ぬことになる、

 ということでもあった。


(いいえ、壊れてはいません)


 だがロボットは否定した。


(しかし動ける状態ではないのも確かです)


(どういうことだ?)


(まだ分かりませんか。

 この船体の動力機が、

 全て特注なのはなぜですか。

 それはそのシステムが全て、

 トールハンマーの重力操作圏内に

 設置されることを前提として、

 設計されているからです。

 そして断言できますが、

 この機械は壊れてはいません。

 理解できてきたのではありませんか?)


 僕にもやっと意味が分かりかけてきた。

 当たり前すぎて、気付けなかったのだ。


(まさか重力場の問題なのか)


 全ての発電機はローターを回転させる力を、

 トールハンマーに頼っている。

 もう少し分かりやすく言うと、

 ローターが回り続けるような重力の状態を、

 トールハンマーが維持し続けているのだ。

 それはどのようにしてか。

 ロボットは微笑んだ。


(そういうことです。

 重力操作を利用する全てのシステムには、

 発信装置が備わっています。

 発電機の位置情報と必要な力場の構成を、

 トールハンマーに伝えるためのものです。

 今、発生している問題とは、

 その発信装置が記憶していた座標情報に、

 ぶれが生じていることです)


 ロボットは軽く上を見る。


(あなたには観測できないと思いますが、

 今、発電機の内部に発生すべき重力場は、

 あの発電機の上方、

 高さ五メートルの位置に移動しています。

 あれを元の位置に戻すことができたなら、

 発電機は再び動き始めることでしょう)


(なぜそんなことが?

 そんな話、聞いたこともない)


 ロボットは僅かにためらう。


(原因自体は私にも特定できませんが、

 もしかすると、地下にいた私が、

 無意識に干渉した可能性はあります)


 その言葉が示唆する事実に僕は戦慄した。


(……お前は戻せるのか)


(あの装置に直接触れさせてもらえるなら、

 調整はできるでしょう)


 やはりそうか。

 だが今はこの場を収束させることだけ考えよう。

 やることは一つだが、どういう理屈をつけるか。


(それ以外にどこか、故障箇所は残っているか?

 致命的なものである必要はないが、

 まだ僕たちが気付いておらず、

 検査もしていないものだ)


(幾つかありますね)


 ロボットは頼もしく言う。

 答えを聞いて僕は決める。


(では僕はこれから、お前が一人で、

 その機械に触れられるようにする。

 お前は故障箇所を修理するふりをしながら、

 その発信装置の調整をしてほしい)


(どういうことですか)


(お前が発見した原因は高度すぎ、

 どうやって発見できたのか、

 説明することもできないからだ。

 だから表向きの原因が必要になる)


(分かりました)


 ロボットの同意をとった僕は、

 横で検査を見ていたベルに話しかける。


「ベル、一つ試したいことがある」


「何だ?」


 ベルは今も問題がないか、

 一つ一つ見直していた。

 その手を止め、僕を見る。


「僕たちはまだ原因をつきとめられていない。

 検査でも問題は出ていない。そうだろう?

 ではもしここで一人の山師が

 この難題を解決できるとしたらどうだ。

 そいつに任せてみるというのも、

 一つの選択だとは思わないか?」


 僕は少女に目をやった。


「彼女にやらせるというのか。

 それほど優秀なのか?」


「あいつの腕は僕よりも上だ」


 僕は断言する。ベルは僅かに息を呑んだ。


「そこまで言うのなら、やらせてもいいが……」


「無事に修理できたなら、

 あいつを雇うことを認めてほしい」


「それが狙いという訳か」


 ベルは沈黙する。


「いいだろう。

 ただし一切の助言はなしだ。

 彼女が自分の力だけで問題を発見し、

 解決することができたなら、

 その時は認めよう」


「十分だ」


 僕はロボットに言う。


「今からこの発電機をお前に任せる。

 見事修理できたなら、

 お前を雇っていいというお達しだ」


 ロボットは微笑んで答えた。


「任せてください」


 僕は技師たちを下がらせて場所を空ける。

 少女は幾つかの工具を借り受けると、

 分解検査を始めた。


 その迷いのない手さばきだけで、

 技師たちにはその技量が理解できただろう。


 技師たちが想像もしなかった箇所を分解し、

 少女は内部をチェックしていく。

 その姿を見て、技師たちは沸く。


 ああ、そこが問題だったのか。

 自分たちはなぜ最初にそこを調べなかったのか。


 その手順からは明確な分析的思考が垣間見え、

 その指先には素材への深い理解が満ちていた。

 手に取りやすい工具の配置は全ての工程を

 あらかじめ知っているかのようだった。

 そして、ある箇所に手を伸ばしたところで、

 少女は指を止めた。


 目を閉じ動きを止める。

 それは友と話すように。

 まるで箱の中の誰かに、

 語りかけているようだった。


 十秒ほど停まった後、少女は動き出した。

 既に修理は終わっている。

 分解された部品が再度組み込まれていき、

 最後に発電機は、最初の姿を取り戻した。

 スイッチを入れると

 発電機は当たり前のように稼動し始める。


 誰も何も言えない。


 一人がぱたりと手を鳴らした。

 それは徐々に全体へと感染し、

 最後には万雷の歓声と化した。

 少女は浮かれ騒ぐ人垣を見て、

 立ち上がると小さな会釈を返す。


(終わったのか)


 ロボットは満足げに微笑む。


(万事滞りなく終わりました。

 この発電機はこれからも、

 己の役割を果たし続けるでしょう。

 それは素晴らしいことです。

 彼の仕事の手助けができたことを、

 私は誇りに思います)


 その姿は僕の知らない彼女の別の側面だ。

 こういう感情を何というのだろうか。

 浮かんだものを理解することを諦め、

 僕はベルに目を向ける。

 視線に気付いたベルは微笑み頷いた。


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