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「やっぱり洞窟ね。結構奥が深いみたい。」
「すごいね~! 本物の洞窟って初めて見たよ! おっきー! くら~い!!」
イデアはけらけらと笑って、はしゃいでるみたいです。なるほど、洞窟って言うんだ。でも、こんなのならどこにでもあります。
「そういえば、ヨーコちゃんはどんなとこで寝たりしてたの? もしかしてこんな洞窟?」
そうです、と頷きます。僕の寝床もこういう場所だったのです。だから珍しくもなんともありません。
「やっぱり~! ヨーコちゃんってば、この、野生児! ケラケラ。」
なんでだろ? イデアのテンションは高いままです。
「ばか。笑ってる場合じゃないでしょ。ヨーコ、この洞窟はどう? 何かいる?」
「えっ!? なんかいるの!?」
ふるふる、首を横に振ります。この近くにケモノの気配はありません。
「そう!? そっか! よかったぁ~~。」
「もしいたら、イデア、あなたが真っ先に餌食になっていたわ。無防備すぎ。うるさすぎ。」
それは否定できません。
大きな胸を撫で下ろしたイデアですが、今は苦笑いをしてます。
「じゃあ進んでも大丈夫なのかな?」
うんうん、頷きます。
「中から風が吹いてきてるよ。どこかに繋がってる、のかな?」
「風? 確かに、僅かに感じるわね。何も居ないって言うし、進んでみましょう。」
ということでこの穴に入っていくことになりました。入り口は僕とイデアの身長を足した位あって、…すごく、大きいです…。
中に進むと、当たり前に暗くて、先頭を歩いているイデアが額を頻繁にぶつけているみたいです。
「きゃあ!」
「いたーい!!」
「ぎゃふん…。」
洞窟に入ってからずっと聞こえてます。
「イデア…。(多分)あなたが一番年上なんだから、もっと落ち着いて行動し…。」
「ぎゃあ!!」
「……。」
壁に当たって跳ね返って、また壁に当たるまでまっすぐ進んで。特に慎重になるでも怖がるでもなく、鉄砲玉とはこの事でしょうか? 鉄砲玉ガールです。
僕はというと一番後ろを歩いています。間にセレナを挟んでいるので、イデアの姿が見えません。なので、イデアの奇声が上がる度にビクッとします。
というのも僕は全然暗闇が見えません。キツネなのにね。本物のキツネは夜目がきくそうです、夜行性の生き物らしいです。これがキツネになりきれない僕の限界です。
「私の裾を掴みながらもちゃんとついてくるあたり、人間味もあるのよね。好奇心の影響だと思うわ。」
怖いと思いながらも、危険だと感じながらもそっちに進みたい見てみたいと思う自分も確かにいます。僕はこの辺りの野生動物には戦って負けることはないのですが、あちらから接触してきたことが一度もないのがその証拠です。ボディガードといいながらも、実践でその役目を果たしたことはありません。
「戦わずして勝つ、ということね。だからこそ、ヨーコがいなければ私たちは戦わずして捕食されてる。これからもボディガードよろしく。」
ふん、鼻息が少し荒くなりました。体の中が温かくなっている気がします。
「嬉しいの? 尻尾ぶんぶん振れてるわよ。」
嬉しい? のかもしれません。なぜでしょう。
「今まで褒めたり、頼りにされたり、そういうのなかったのよね。自分ひとりしかいなかったんだもん、当然よね。叱咤激励どころか会話がそもそも発生し得ない。ヨーコがいつから一人か私たちは知らないけど、今は一人じゃない。」
集中して顔が熱くなってきました。目に力を入れてないと何かが零れ落ちそうです。
僕は二人に会うまで、一人でした。それが生まれてからの長い間だったのか、瞬くほどの短い間だったのかは覚えていません。
二人に出会ってから、太陽が昇り沈み、それを十度繰り返したくらいでしょうか。それほど二人とご飯を食べたわけじゃありません。でも、二人と離れて生きたいとは思いません。何も知らない僕ですが、そのくらいのことはわかります。
この二人は譲りたくないです。誰にも。
どん。
「なに怖い顔してるの。考え事しながら歩いていたら、イデアみたいにガンガンぶつかって危ないわ。」
セレナにぶつかりました。立ち止まってこちらを振り返っていたようです。
緩い上り坂だったようで、身長がぼくとあまり変わらないはずのセレナの胸に顔から飛び込んでしまいました。勢いを吸収するものは特になく、ダイレクトに衝撃が伝わって来ました。
「貧乳ですが、なにか?(怒)」
ガツン!! 脳天に鈍い痛みが走ります。
「暗くても、普通ならそんな激しくぶつからないでしょ? ぼおっとしない。私も痛かった。」
「イタタ…。ごめんなさい。」
ふぅと、セレナがため息。
「あれ、おかしいわ。」
「なに? まだ僕変なとこある?」
「あなたじゃなくて…、イデア。さっきから声が聞こえない。」
「そういえば、そうだね。」
「出口が見つかった…わけないわね。あの子ならさっきまで以上に騒ぐか、そうじゃなくても声は上げるはず。」
急に寒気のような、嫌な感じがしました。
「ヨーコ! イデアは今どこにいる? 全神経研ぎ澄まして!!」
手を地面につけ、四つん這いで耳を、鼻を、神経を澄ませます。
最初に反応したのは鼻でした。
「イデア、さっき僕たちの横をすり抜けて出て行った! ほんのついさっき!」
「多分ぶつかったときね! 今はどう?」
今度は耳が捉えます。
「すごい速さで遠ざかってる! イデアの足の速さじゃないよ!」
「追いかけて!!」
「ラジャー!!!」
尻尾が半円を描いて翻ります。でも、
「私は大丈夫! 当分この辺りにはほかの獣は寄り付かない! ヨーコの匂いがあるから!」
「でも…。」
「行け!! 手遅れになるとイデアが死んじゃう!」
「!!!」
壁に飛びつき、筋肉を収縮させ、地面を爆発させて洞窟を飛び出します。巻き上げた壁の破片がセレナに当たってませんように。
ヤバイヤバイヤバイ!
ぐんぐんイデアとの距離が近くなります。
イデアをさらった奴にはすぐに追い付ける。だってイデアが(文字通り)お荷物だから。
大丈夫。すぐに追い付ける。そこは大丈夫、だけど…。
抱えていて、引き摺っていて。
噛み付かないでいて!!
僕たちが噛み付くところは喉しかない!
だから!
いた!!
イデアを肩に担いで逃げている。よく見るとイデアは手足を動かして足掻いたり、大声を出そうとしているみたいです。
よかった。生きてる。
「イデア!!」
イデアが顔を上げると、担いでいる奴も振り返る。
敵は逃げるのを諦めて、僕と戦おうとしている。
イデアを下ろし始めた、動きが止まっている。
チャンス! 再び視線が僕を捉える前に…。
体当たり!
飛ばして向こうの木に激突させました。
「イデア! 大丈夫!? 怪我してない?」」
「ヨーコ、ちゃん…。うん、だいじょぶ。どこも怪我してないよ…。」
「よ、よかったぁ。」
「ヨーコちゃん、聞いて。あの子ね…。」
イデアを攫ってどうするつもりだったんだろう。
「……と同じみたいで…。」
殺すつもり? いや、食べる?
「…………で、……おちつい……。」
どうして? いやどうしてもないのか。食べるために襲ったんだ。僕たちも食べるためにケモノを殺してる。それと同じ。
アイツは僕と同じみたいだ。ケモノでも人でもない。でも、僕とは違う?
ケモノにも混じれなかったはず。だって、今、一人じゃないか。臭いだって中途半端、僕と同じじゃないか。
でも、話しかけもしなかった。話しかけさえすれば仲良くなれたのに。仲良くなりたくなかったの? 一人でずっと生きていくつもりなの?
わかんなくはない。でも僕たちを巻き込むな。僕たちは…、僕は一人で生きていきたくない。
わかんない。なんで僕たちを壊そうとするの?
わかんない。わかんない。わかんない。わかんない。
あ、でも分かってることがひとつ。
僕たちを襲って、イデアをひったくった。
自分が満足するために、こっちの事情は関係ないんだ。
じゃあ、僕も関係ないよね。僕は僕の事情で行動します。
イデアを攫おうとしたな。イデアを奪おうとしたな。イデアを盗もうとしたな。
イデアを、殺そうとしたな。
後悔させてやる。




