2-10
朝起きる。頭を掻く。
伸びをして、立ち上がり、ドアを開け、近くの小川に行く。
言ってはいなかったっけ? ボクの最近の日課。
顔を洗う。2回か3回。
水面が静かに、静かといっても流れているし、つまり波が立っていなくて、空が移る状態。
覗きこんだボクが映る状態。
銀髪。ところどころ白髪。
目は藍色。暗く黒い藍色。
その色はまるで…。
「ジジッ!」
がさがさ…。
「ジジ! しっかりしろ! ジジ!!」
「一人で向かってきて、私の角を折ってしまうとは、人間にしては大した者ですね。」
カコッ、カコッ…。
「お前ッ! くそッ、ジジ! ジジが! ジジがぁ…。」
「イタチの娘。この人間が死んでしまうと悲しいのですか?」
「うるせえ! ちくしょお、まだ死ぬなよ! ジジ! いま、セレナ達呼んでくるからッ!」
「その必要はありません。」
「あ!? …お前、まさかッ!?」
「勘違いしないでください。殺しはしません。むしろ生かそうというのです。」
ぶるるっ。
「角が折れたところから血が出ているでしょう? それを飲ませなさい。傷が癒えるはずです。」
「あ!? 本当なのか? 嘘じゃねぇだろうな?」
「あなたは単純ですね。いえ、理解が早いというべきでしょうか。ともかく飲ませなさい。私の傷が治ってしまいます。そうなってしまったら、…またわざわざ血を流すほど私はお人よしではありませんよ。」
「嘘だったらタダじゃおかねぇぞ! ほら、ジジ! コイツを飲め!」
「あなたに私をどうこうできるとは思いませんが。そして、死んでしまったとしてももともと放って置いたらそうなるのです。やってみる価値はあるでしょう?」
ごく…、ごく…。
という敬意を経て、ボクは銀髪、藍眼のアエリアの眷属にクラスチェンジした。
とはいっても、記憶も全部はっきり覚えているし。容姿以外は今のところ特に変わったところもない。
「まだ慣れないなぁ、この髪…。」
「ジジきゅぅうん。今日も銀髪すてきだねぇ~ん。おねえさんに、もふもふさせてみ? もふもふ!」
「やめてよ! いっつもそれじゃん!」
「え~? いいだろ~、減るもんじゃなし!」
もう一月以上経つ。
あれから、イフリートもおとなしく、アエリアも姿を現さない。
「今日もそれ削るの~? たまには遊ぼうよ~?」
アエリアから唯一自分の力で手に入れた。いわば戦利品の角。目的のブツ。
この前まで、イデアも色々と洋服を作っていたのに…。
「銀髪になっちゃったら今までの服着れないじゃん!」
って言って、今はスランプらしい。アイデアが固まるまで遊ぶのだという。
いや、着れない事は全然ないと思うよ?
「でも、それ硬いんでしょ~? すごくきれいで、ガラスみたいに脆そうなのにね~?」
そう。アエリアの角はすごく硬い。一ヶ月ずっと削ってもまだ終わっていない。
しかし。
「今日完成するよ。」
「ほんと? じゃあさ、じゃあさ! 名前はなんにするの?」
セレナといい、イデアといい…。そうしてこういう思考なのか。そりゃ日本刀とかなら銘があるものも多いけど、しかし木刀に「エクスカリバー」と言って振り回すものじゃないか。恥ずかしい!
いや、考えてるけどね! 名前!
「え~、なんにする~? ユニコーンのつのだから~、ユニコフとか? どう?」
「ヒエリア! ヒエリアって言うの!」
そう、彼女の名前はヒエリア。
その夜、完成したヒエリアのお披露目となった。
真っ暗、といっても無数の星が輝いているけど、でもやはり暗い夜の闇。
その中でぼんやりと発行する、元ユニコーンの角。
ボクは、その名を呼ぶ。
「ご挨拶して? ヒエリア。」
ぼんやりとした光がすこし強くなって、その中から飛び出すもう一つの光。
目を凝らしてみると、背中の羽を一生懸命に動かす金髪の少女。
彼女が、彼女とこの角から作られたダガーが、ヒエリア。
「うそっ!? なにこの子!? ジジ君の隠し子?」
「バカ! 何言ってんの! ジジ君は人間じゃない! この子、羽生えて…。あれ、でもジジは今人間じゃないんだっけ??」
「うお! なんだコイツ! ちっちぇ~!」
「ジジ、この子どうしたの? 光ってる! すごい!」
驚いたり、混乱したり、珍しがったり。
無理もない。
「この子は、この剣の、精霊というか、守り神というか…。」
光をこぼしながら、くるくるとボクの周りを回ってみせる。挨拶のつもりのようだ。
「ボクも驚いたんだけど、考えても良くわかんなかった。だから、これからヒエリアをよろしく。」
また2度3度、くるくると回って見せた。
ヨーコたちは、ヒエリアを指に止まらせてみたり、一緒に駆け回ったり。とにかくなかよくしてくれそうだ。
「今更だけど、でもやっぱり、帰ってきて本当に良かった。」
「そうだぞ~、さすがに銀髪はびっくりしたけどね~! かっこよくなった~。」
「でも、これからは、無理をしないで。あんなこともうしないで。」
「そうだよ~? ジジ君が死んじゃったら、みんな悲しいんだよ~? マリちゃんはすっごい泣いてたんだから~。」
「おい、イデア! 余計なこと言ってんじゃねえ!」
「あ、ごめ~ん。でも、ほんとのことじゃ~ん。」
「うっせえ! 殴るぞ!」
とにもかくにも、ボクはまたここに帰ってくることができた。
ちょっとした変化があったけど、些細なことだ。
生きてるだけ、儲けものなのだ。
ここにはボクのために泣いてくれる人も、ボクを笑ってくれる人もいる。
オモテの人達は、まだボクを覚えているのだろうか。
ボクはこの場所を、この人達を大切にしたいと思う。




