2-8
ともあれボクは生きている。
「わたしはキテラの機械を取り戻しに来たわけでも、ましてやあなた達の命をとりにきたわけでもありません。」
そう。僕たちが一方的に攻撃したのだ。
「なんかすごいのが近づいてる!!」
とヨーコが声を上げ。
「撚りて三つ、重ねて……。」
とセレナが詠唱をはじめ。
「イデアは下がって! 下がれ! ジジ、ぼさっとしない!」
とマリが体制を整えはじめ。
危害を加えなければ穏便に事が進んでいたのだが。いや、あちらは特に何もしていないか。いなす、かわす以外に何もしていない。ヨーコのフードを突き破ったのだって、一番めんどくさそうなやつを無力化しただけだ。ボク達は五体満足だ。
つまり、こちらが騒いでいただけだ。
やんややんや。
しかし、これは仕方のないことだった。
イフリート戦の影響が色濃い。
その『経験』から、問答無用で迎撃を選択。
ボクはというと、マリやセレナの反応を見て、ユニコーンを敵だと思い込んだ。なるほどこれがイフリートの同種だと。
しかも、タイミングが悪いことに、ボクとセレナは戦闘スキルを身につけていた。一夜漬けの付け焼刃だけど。魔法や魔術という今まで見たことのない、ファンタジスタのみが扱えるこそスキルを、今こそと使ってみたかったのだ。
そして、やんややんや。てんやわんや?
「回想はそろそろいいでしょうか。私の話を聞いていただけますか?」
「あ、はい! どうぞ…。」
「その機械は私のです。しかし、あなた達が返したくないというのなら返して頂かなくて結構です。それは差し上げます。」
「あ、どうも。」
「ちょっと待ってください! なぜですか? あなたは、ええと、なんとお呼びすれば。」
「そうですね、申し送れました。私はアエリア。」
「私はセレナ。そして、ヨーコ、マリ、イデア、ジジです。なぜこの機械をくださるのですか? これは貴重なものなのでは?」
「あなたたちにとってはそうなるのですね。ですが、私にとっては何の価値もありません。」
「しかし、これは先ほどのように魔法や魔術といった…。」
「私はあのような手順を踏まなくても、同じようなことができるのです。そう、ヨーコとマリでしたか、あなたは私に近いですね。」
「そう、でしたか。確かに…そうですね。」
「だから私には価値がないのです。というよりも興味がないのです。だから恐らく、今あなたの手の中にあるのでしょう。」
アエリアはボクをまっすぐ見た。
深い紺色、でも透き通った瞳。
「だからそれは差し上げます。もともと大切に保管していたわけではないですから。それはあなた方、ビジターにふさわしいものだと思いますよ。」
「ビジター?」
「はい、そうです。あなた方のように、自分の意思でこの世界を訪れた者を、ビジターと呼びます。ヨーコやマリのように自分の意思とは関係なくこの世界に来たものをゲストと呼びます。」
「ビジター…と、ゲスト。」
「ゲストということは、ホストがいるんですか?」
「あら、まだ会っていないんですか? 大体はすぐに会うことになると思うんですが…。」
「あ…。」
セレナは何かに思い当たったようだ。
「まさか、イフリー……ト?」
ヨーコを見た。
「あ? あ~、なんか言ってたような…。主とか、ケン…なんとかとか。」
「それだ!」「阿呆!」
「ふふふ。そうでしょうね。マリはまだみたいですね。」
頷く。
「そのうち会うことになると思います。会わないほうがよかったという話は良く聞きますが。」
うんうんと頷く。
「アエリアさんは…、誰かのホストなんですか?」
「いえ、私は違います。私にはその力はありません。」
「そうですか…。」
力、か。力とはどういうことだろう。権力とか地位とか、そういうものだろうか。
「ジジ。あなたはキテラの機械をこれからも解いていくのですか?」
「あ、はい。そのつもりですが…。」
「そうですね、それがいいと思います。あなたたちはまだ弱い。私一人、満足に相手できないのですから。」
「そう、ですね…。」
「ただ…、多分キテラのパズルは、きっかけのような物でしょう。今のようにただただ火の玉を出しているだけでは、全然ダメですね。」
「きっかけ、ですか?」
「あなたとセレナの使うものは、ごく初期段階の今であっても、性質が違いますね? 詳しくは言えませんが、そういうものなのです。教えられるものでもないですしね。」
確かに。セレナにはほんの少ししか教えてない。当然だ、僕自身分かってないんだから教えられるはずもない。
「では頑張って下さい。イフリートとやらに、せいぜい殺されないように。わたしはこれで失礼します。」
「あ、待ってください! あなたは何をしにボク達のところに来たんですか?」
「様子を見に来ただけです。最近面白い人が来たということを聞いたので。」
「あ、ありが…。行っちゃった」
「で、どうする?」
「今回は運が良かったとしか言えないよね~。」
「そうね。私もジジも、あの程度じゃ全く話にならないわね。」
「あれ? ヨーコちゃんは?」
「もう出て行ったぞ。特訓するらしい。」
「特訓…。」
「とりあえず、問題を整理しましょう。私たちのレベルが低いのは重々承知だけど、何を鍛えるべきか、何をしていくべきか。」
「そうだね。アタシはセレナちゃん達よりもさらに戦闘力ないし…。」
「ジジ。あなたが一番冷静に戦えていたと思うんだけど、どう感じた?」
「うん…。まず、考えなしで突っ込みすぎ、かな。」
「詳しく聞かせて。」
「イフリート、の影響かな? 攻撃に移るまでが早すぎる。多分、前はこちらから何もしなかったのに、攻撃されて…。」
「私は腕を。」
「おっぱいもってかれた~。」
「えと、…うん。一番先にヨーコが反応して、それに呼応してみんなで攻撃した。僕も同じ。先手必勝は間違ってないけど、それは有効な攻撃を仕掛けてはじめてだと思うんだ。」
「つまりどういうこと~?」
「戦闘の役割を決めたほうがいいと思うんだ。考えてみたんだけど、いいかな?」
「どうぞ。」
「もったいぶらずに教えろ。」
「ヨーコはこのまま、今もそうだけど本能で動くから、攻撃役に。セレナは距離をとって遠隔攻撃。ゲームで言ったらヨーコが戦士で、セレナが魔法使い、かな。」
「オレは? ゲームとかわからないんだが。」
「ごめんごめん。マリはヨーコとセレナの攻撃の間を繋いでもらう。特にセレナは攻撃までにかかる時間が長いんだ。今はその割りに攻撃力はないけど、でもこれから魔法の威力が上がってくると思う。」
「ふーん、時間稼ぎだな。お前は何をする?」
「そういうわけでもないんだけど…。ボクはみんなに指示を出す。作戦を立てる。先手必勝のタイミングを見計らう。」
「自分が一番冷静に見れてるって言いたいのよね?」
「誤解しないでほしい。自己主張とかそういうのじゃないんだ。さっきの戦いで、ボク達は一撃も与えられなかった。ただ、相手の体制を崩すことができたものもあった。」
「そうね、マリとヨーコの。」
「でも、あれはジジが何かしそうだったから、乗っかっただけだ。ヨーコも同じだと思うぞ?」
「ジジ君が組み立てたってこと?」
こういうこと言うのは苦手だ。
でも、思ったことを言わず、できることをせずにいたら、また負けてしまう。今度こそ死んでしまう。
ゲームオーバーだ。
「どっちも考えた上で実行した。ボク達の行った攻撃の中で一番効果的だったと思う。」
「……。」
「………。」
それぞれ黙って、考えたり、僕を睨んだりしてる。
負けるな。これは生き残るために必要なことだ。
ここで存在意義を示さなければ、いずれ淘汰されて消えてしまう。一人群れから取り残されるか、または獣たちに食われるか。弱いものを庇う余裕など、ボクを含めてみんなない。
これはボクの考えた群れが行き残る方法だ。ボク達はこんなに弱いのに、まだ個々の力で勝負しようとしている。いつか強くなれるから、そうなるためにがんばろうと悠長なことを言っている。
違う。今もっているカードで勝負するんだ。成長して敵が強大になるのを、この世界のやつらは待ってくれない。
アエリアもそうだ。『面白そうだから』生かしてくれたのだ。つまり、アエリアにとってのメリットがあるからだ。情で見逃してくれたなんてとんでもない。おそらく、アエリアはボクの、キテラの機械を解読できる、ところを買ったのだ。自分でできるならとっくにやってる。価値がないはずがない。だって未知の物の価値は無限大だから。無限大ほど魅力的なものはないのだから。その欲求に耐えられるだろうか? あのパズルはまだ解かれていない。アエリアは解けなかった。そこにそれを解く可能性のあるものが現れた。利用せずにいるだろうか?
考えすぎか? いや、それくらい考えておいたほうがいい。考えず、死ぬわけにはいかないから。
だから、相手がまだ生かしてくれているうちに、せめて無傷じゃすまないぞ、くらいのものになっておかないと。
「…攻撃はいいとして、防御はどうするの? あなたが守りも務めるのかしら?」
「防御はしない。あえていうなら個々人が全力でかわす、くらいかな。攻撃は最大の防御って言葉があるよね?」
「いえ、でもそれは…。」
「スポーツの世界でよく言われた言葉だけど。この世界ではみんな必ず武器を持っている。爪であったり牙であったり、角であったり。スポーツの世界に置き換えて、それを受けようとすると、ほぼ無傷じゃいられない。最悪の場合、っていうか結構な確立で死に直結すると思う。マリとかヨーコにしたら、なにを今更って感じかもしれないけど。」
マリが頷く。
「基本的に攻撃以外の選択肢はない。さっきみたいなことに関してはね。だから、攻撃をし続けることだけを考えたんだ。ヨーコとセレナで攻撃する。マリがその間を繋ぐ。ボクが攻撃し続ける策を考える。どうかな?」
もっとも実際はもっと複雑だ。連携の強化、個人の能力の強化、それぞれの攻撃の特性の理解など数をあげたらきりがない。
しかし、やらないという選択肢はないと思う。できないイコール死だ。さっきから死という言葉を何回も使ってるな、でも死なないって事がまず第一。そして、死なないためには相手を倒すしかない。話し合ってという方法もあるが、それはお互いに余裕があるときの話だし。少なくともこっちにはないな。
最近は遠ざかっていたけど、やっぱりサバイバルな世界だなぁ…。負けられない戦いがここにある、なぁ…。
はぁ。
あれ、でもワクワクしてる?
…魔法とか魔術とか、やっぱいいな。あ、そういえばそっちの熟練もがんばらなきゃ。アエリアのいったとおり、火の玉~なんて。もっと其々に合ったものになってくれば、楽しいなぁ。実際火の玉は魔法じゃなくてもヨーコも出せるし。ボクの場合はどうなるのかなやっぱ好きとか興味があるとかそういうことが影響してく……。
「いいわ。ジジ、その方法でいきましょう。時間があるとは言えないし、一人ひとりレベルアップしながら、みんなで戦っていきましょう。」
「あえ!? あ、うん。がんばろう。」
「…。本当に大丈夫? 指揮官さん。要なんでしょ? しっかりして」
「うん。ガンバリマス。」
3人は呆れた顔で、でも少し笑っていた。
第一関門突破って感じかな? これから大変だ。頭痛くなりそう。
ボクは4人と一緒に生き抜いていきたい。ここは正念場だ。
あぁ、織機に頭を悩ませていたころが懐かしいな。




