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「私は人生を道であるとは考えない。人生は物語であると考える。」
なんと冒頭から、いや冒頭を否定されました。
セレナはすごく頭がいい、オモテから来た人です。そのセレナがこう言うのだから、プロローグの「人生は道」論は間違っていた可能性があります。
「そんなヨーコに私が道を示してあげる。これが達成できたとき、人生は物語であると証明され実感できる。」
ヨーコとは僕の名前。由来は僕が狐の妖怪、『妖狐』みたいだから。というより僕は妖狐そのものです。とてもシンプルな名前の由来です。
「ヨーコちゃん、お土産お願いね。」
「わかった。行ってきます!」
「待ちなさい。どこへ行く?」
あれそういえば。ズサァッ。
「どこに、どこに行けば?」
「まったく…。今の行動に現れているように、君の考える『人生は道』論は、我の前に道は無く、歩いた後が道であると。つまり考えるより先に動く、ことであると。もう一度言う、それは間違い。」
「わかりました。じゃあ、どうしたらいいの?」
「切り替えが早くて大変結構。じゃあ、まず人生を物語とした時の仮定を話すわね。」
「かてー……?」
「こうだったらこうなるって事。つまりヨーコの人生が物語だったとしたなら、あなたが主人公であるはず。」
「……。」
「あの、セレナちゃん? ヨーコちゃんもう飽きちゃって、耳のウラ掻きはじめてるけど…。」
僕の耳は狐の耳です。イデアやセレナとは違って、毛に覆われてます。だから時々痒くなります。
「…ヨーコ、長くないからちゃんと聞いて。あなたが主人公なのよ?」
「僕が、しゅじんこう?」
「そう、主人公とは主役のこと。」
「主役…?」
「あなたの人生という物語の主役、ヒーロー。」
「なるほど。ヨーコちゃんの人生の主人公が私だったり、セレナちゃんだったりしないよね。長い年月、自分の寿命を対価に演じてきてまさか脇役なんて、悲しすぎるよ。」
確かに。そういうことなら主役を奪われたくはないです。
「奪うことなんかできるはずが無い。自分の人生は自分が主役。逆に言えば主役以外を演じることはできないの。そして、ここからが大事よ。」
飽きないように、集中しゅうちゅう。
「もしあなたが主人公であったとするならば、主人公補正があるはずなの。わかる?」
「??」
「ヨーコには、ちょっと難しい?」
「セレナちゃん、その、主人公補正? 私にもよくわかんないんだけど…。」
「イデアは脳みそに行く筈の養分がおっぱいに行っちゃってるから仕方ないの。」
「ひどいよ!!」
二人のしんたいてきとくちょーを簡単にいうなら、イデアはきょにゅーでセレナはひん…。
「言わせないわ。主人公補正っていうのは、簡単に言うと主人公だけがもっている力。それを持っていることを実感・証明、もしくは手に入れることができればヨーコは主人公だということで、同時に人生は物語である Q.E.D.」
僕の思考にカットインできるほど、セレナの頭はキレキレなのです。そんなセレナに僕が太刀打ちできようはずがないのです。
「それをヨーコちゃんは探さなくてはならない、と。」
「正確にはそれを認識するということ。逆説的に、人生は物語なんだから主人公はヨーコである。つまり、主人公であるということは当然その補正はすでに済んでいる。だからニンシキする必要があるの。」
「すごく数学的。ヨーコちゃんにできるの?」
「僕にできる?」
数学がなんなのかわかりませんが、でもとても難しいことだってのはなんとなくわかります。
「理解する必要はないの。ただ自分がこうだから主人公なんだってことを見つければいいのよ。例えば、火が出せるとか手を合わせただけでなんでも錬金できるとか。」
「はい! 僕は火が出せます。」
「不正解。例えば、と言ったでしょ? オモテの世界なら火の一つや二つ、親指一本ワンクリック。」
「ライターの話だね、セレナちゃん。」
ライター。ぐぬぬ。
あ、僕は尻尾の先から火が出せます。狐火というらしいです。
「そんなことじゃないのよ。もっと特別な何か。」
「何か、かぁ。何かってなんだろね、ヨーコちゃん。」
「…?」
「それを見つけなさい。」
「いえっさー!」ズビシッ。
手を額にかざします。敬礼といいます。
「あれ? じゃあヨーコちゃんはどこかに出かけるわけじゃないんだね。なんとなくどこかに行く雰囲気だったから、なんとなくお土産頼んじゃったけど。」
「…は? イデア、なにを言っているの?」
「え、だって…。察すると自分の内側の何かを探すってことだよね? じゃあ、出かけなくても、ここにいてもできるのかなぁって…。」
「甘い! パルマーのコーヒーほどに甘いわ。数多の先人たちはもれなく旅立ち、その旅の中で何かを見つけているの。様々な文化に触れ、数多くの人達に出会い、住み慣れた場所を離れることで自分自身を見直すことができるのよ。つまり、ヨーコは旅立たなければならない。」
「そっか。じゃあ、お土産よろしく!」
「らじゃー。」ズバシっ。
グーをつくって親指を空に向かって立てます。これはサムズアップです。逆にしてはいけないと言われました。
「…イデア、脳みそがおっぱいなの? オミヤゲヨロシク、じゃないの。ヨーコがひとり旅立ったら私たちはどうなるの?」
「脳みそがおっぱいじゃないし、そんなに片言じゃないよ!! ヨーコちゃんが旅立ったら…、えと、…寂しい?」
「脂肪吸引してやろうか。あのね、私たちに自分自身を守ることができる? ヨーコがいなくなったら2日ともたず、狼の胃袋の中よ。」
「確かに!!」
僕は二人のボディーガードです。ここでは野生動物の襲撃は日常茶飯事なので、それらを撃退しています。
ちなみに僕は記憶を代償に、セレナやイデアとはかけ離れた身体能力を得ることができました。二人が女の子で僕が男だからというわけではありません。狐の耳や尻尾がある以外は僕の容姿は人間の男子にそっくりなようですが、肉体的ポテンシャルは僕のほうが圧倒的に高いのです。実際に僕は人間の肉眼で捕らえることができないスピードで反復横とびできますし、更に蹴った地面はダイナマイトが爆発したように炸裂します。それ以外にもあります。この現象を錬金術師の人がいうのなら、等価交換というのでしょうか? 記憶を対価に超人的な身体能力を練成しました。
「私達もヨーコの旅に同行する。」
「賛成。私たちの安全はヨーコちゃんが守る!」
「そう、そのとおり。そして、私たちは知識や第三者的視点でヨーコの旅をサポートする。」
「いわばヨーコちゃんの旅の添乗員だね!」
「ズビシッ。」
「痛いッ!」
セレナのチョップがイデアのおでこにヒットしました。上手いことまとめたのが気にくわなかったみたい。
「本来なら、いえオモテの世界ならエスコートするのは男性の役割なのだけれど。仕方ないわ。ここは、(私たちが添乗員として)あなたの旅をエスコートします。あなたは私たちを守りつつ、主人公補正を探しなさい。」
ということで今までと特に何も変わらず、しかしこれからは目的をもって旅をすることになりました。
それでは今日はそろそろ寝ます。おやすみなさい




