2-7
「セレナ! 弾幕足りない!!」
「分かってる! 黙ってて集中できない!」
「ヨーコ、後ろから行っちゃダメだ!」
セレナの魔法の詠唱が間に合わない。ヨーコは後ろ足で蹴り飛ばされた。
くそっ。ボクの魔術じゃ太刀打ちできない。
「お前なのでしょう? この手品を見つけたのは。」
話しかけるのは、一角の白馬。
白銀の鬣をなびかせて歩み寄ってくる。一歩一歩。
標的はボクみたいだ。
「撚りて三つ、重ねて四つ。狐の火遊び(フォックス・バレット)。」
全部で7つ、ボクが放り投げたウサギの骨を、次々に炎の弾丸が打ち抜く。
「どう?」
「…ファンタジスタ。」
『魔法』は、イメージ。空想や幻想が大きく影響するとは伝えたけど、昨日の今日でここまでにするのはかなりのファンタジスタ。
「3つが細長い、4つが厚みがある炎っていうのには気付いた?」
「そうなの? いや、全然そこまで見てなかった。短い時間で、こんなに仕上げたことに驚いてた…。」
「そう。『撚りて』はそのまま糸をよるつもりで槍を作る、『重ねて』はミルフィーユのように何重にも重ねる。前者は狙撃用、後者は多段攻撃による破壊を目的にしてイメージしてみた。」
ぐ、ぐたいてきだ。
魔法を発動するための言葉を『呪文』とすると。
セレナの呪文には、昨日ボクが見せた魔法陣よりも多くの情報が含まれていた。
撚りてと重ねて。これは炎の形状を表す言葉だけど、言葉にすることでイメージの輪郭がよりはっきりさせてるんだな。
三つと四つ。まんま数のことだけど、一つ目と同じ。
最後にフォックスバレット。バレットは他の二つの理由と同じ。驚いたのはフォックス。ボクが昨日教えたのは『きつね』だ。セレナはコレを英語に置き換えてる。単純に言語を変換しただけのことなんだけど、実はこういう発想は案外むずかしい。
「そのほうが格好良いもの。」
セレナは思慮深いと思っていたけど。『考える』より『感じる』ことに重きを置いているのかも知れない。
魔法一つとっても、性格が見えてくるもんだなぁ。
「言葉をもっと複雑に、長くするともっと大きな魔法になるわ。」
一日、いや実質半日。それでこの成果。
「実用レベルにあるのかは、敵と味方の性質によるわね。」
「実用、か。想定は、イフリートってやつなのかな?」
「そう、ね。ただ、姿を見たってだけでそれ以上のデータはないに等しいわ。ヨーコの説明じゃ、童話にも劣るし。だから、目標とか、対象とか。」
「一度見てみないといけないんだろうな。」
「生きていられる保障はないけど。」
千切れた腕を擦りながら言った。
「イフリートじゃなくても、この魔法は十分自衛に役立つわ。狼なんかもいるわけだし。」
確かに、恐ろしいのは怪物だけじゃない。
「それで、『きつね』以外は見つかった?」
「あ、うん。そのことなんだけど…。」
「くそっ。くそっ!」
セレナの魔法は昨日とは比べ物にならない。ボクの魔術もしっかり発動している。
それなのに。
ひらりひらりと左右に跳んで、揺れる尻尾でボクとセレナの火炎弾をいなす。
まるで滑るように、ぬるりと軌道が変わる。
「ぶはッ!」ドゥン。
流れ弾が時々ヨーコに当たってしまう。同じく火の攻撃を得意とするヨーコには大したダメージもないが、攻撃は遮られてしまう。変わる角度も計算済みで、こちらの焦りだけが大きくなる。馬が視野が広いというのは本当らしいな。
「おやおや。コレしかできないのですか。これではやらないほうがましですね。」
地面を跳ねるだけではない。空中を蹴って上下左右に動き回る。
手品と言っているのは、恐らくボクが使う魔術やセレナの魔法のことだろう。
それが気に食わないのだろうか。
「あなたはあの機械を持っていますね? あれは私のなのですが。」
そうか、取り返しに来たんだ。
「使いこなせていないようですし…。」
「返さないよ!」
足でドンと地面を叩く。4重に重ねた魔法陣から出現した4つの火炎球が四方から襲い掛かる。
「やれやれ。こう何度も同じことをされては…。」
「それはどうか、なッ!」
火炎球は白馬を逸れ、右わき腹の近くで破裂する。
ドォォオオン!
よし! 爆風が地面に叩き付けた!
「ヨーコ!」
聞くより早く殴り掛っていた!
しかし。
ズブリ。
「…うそ、だろ…。」
ヨーコのパーカのフードを青白い角が突き破っていた。
「ヨーコ!!!」
白馬はヨーコをブンと投げて返した。
「!! ヨーコ!!」
貫かれていたのはフードだけだった。良かった…。
「ふぁ…。ふえぇ……。」
呆然としている。ダメだ、今はヨーコはもう戦えない。
「油断しました。少しは考えてるんですね。それはそうですよね、あのパズルを一つとはいえ解いたのですから。」
またゆっくりと近寄ってくる。
ボク達は重圧に圧されて、じりじりと後退するしかない。
セレナの魔法はことごとく失敗している。魔法は魔術と違って、精神面の影響をもろに受ける。しかも、詠唱すら今は満足にできていない。
ダメだ。もう打つ手がない。
さっきみたいな奇襲は一回きり。しかもあれは相手が油断していたからこそだ。こんない堂々と、しかも目の前に立って仕掛けるものじゃない。
火の玉は効かない。しかし、それしか使える魔術はない。
…。
……。
手詰まりだ。
…。
投了したら許してもらえるだろうか。
…。……。
腰に手を回すと、オモテから持ってきた脇差がかちゃかちゃと揺れる。
小指を落として差し出そうか、それとも腹を切って詫びるべきか。
………炎が………。
…ヨー………。
……ぐる………。
……………向性………。
重ねて…。
まだだ。
まだできることがあった。
まだカードは切れる。駒はある。
なら最後まで。
投了なんかしてやるか!
ズサァッ。
一歩大きく後ろに跳んで、間隔をとる。距離は歩幅にして五歩。
しゃがんで着地。同時に左手で脇差を鞘ごと引き抜く。右手で魔法陣を書く。
小さく早く。
「喰らえ一枚目!!」
空振りをして遠心力で鞘を飛ばす。左手の勢いはそのまま、右の地面にまた魔法陣を描く。これも小さく早く。
「二枚目ェ!!!」
左足で地面を蹴って突進する。同時にそれが魔術発動の合図になって火炎球が発動。
鞘を顎で弾いた白馬の目の前で火炎球が弾ける。
視野を煙が覆い隠し、その隙に懐に滑り込む。
「最後四枚目ェ!!!」
右足で踏み切り、全体重を乗せてぶつかる。
「残念ですね。何も刺さっていませんよ。」
そう、ささっていない。
これから刺すのだ。
「知ってる? 左手で描いた魔法陣は左足で、右手で描いたのは右足で発動するんだよ?」
うっすら漂う煙を切り裂いて、脇差が首を貫く。
…かと思われた。
「ふふ。惜しかったですね。今のは少し驚きました。」
「四枚目だって言ったじゃん。」
そう、カードはもう一枚ある。最後のカードにして、最後の駒。
「貰ったァアアアア!!」
これで詰みだ。
逸れていった脇差を逆手に構えて、マリが飛び込んでくる。
「ふんッ!!」
ギキィイン!
それは勝利のファンファーレには程遠かった。
落下のエネルギーも乗せて振り下ろした脇差は、首の動脈を抉ることはできず。またもあの青白い角に阻まれた。
「ッッ!!」
生暖かい、衝撃のような波を感じ、巻き戻っていくようにマリは弾き飛ばされた。
「なるほど。よく考えたものです。確かにあなたなら、うむ。あのパズルを解くのも納得ですね。」
ああ…。
局面をひっくり返すことはできなかった…。
最後の一枚まで、切り札をきってしまった。手元にはもうなにもない。
そうか…。
この世界での負けはこういうことなのだ。
なるほど、厳しい世界だ。
ああ……。
ボクはこの、輝く白い毛並みのユニコーンに。
『負けました。』




