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オープン・ワールド  作者: 梯子
ワールド2
19/22

2-7

「セレナ! 弾幕足りない!!」

「分かってる! 黙ってて集中できない!」

「ヨーコ、後ろから行っちゃダメだ!」

 セレナの魔法の詠唱が間に合わない。ヨーコは後ろ足で蹴り飛ばされた。

 くそっ。ボクの魔術じゃ太刀打ちできない。

「お前なのでしょう? この手品を見つけたのは。」

 話しかけるのは、一角の白馬。

 白銀の鬣をなびかせて歩み寄ってくる。一歩一歩。

 標的はボクみたいだ。


「撚りて三つ、重ねて四つ。狐の火遊び(フォックス・バレット)。」

 全部で7つ、ボクが放り投げたウサギの骨を、次々に炎の弾丸が打ち抜く。

「どう?」

「…ファンタジスタ。」

 『魔法』は、イメージ。空想や幻想が大きく影響するとは伝えたけど、昨日の今日でここまでにするのはかなりのファンタジスタ。

「3つが細長い、4つが厚みがある炎っていうのには気付いた?」

「そうなの? いや、全然そこまで見てなかった。短い時間で、こんなに仕上げたことに驚いてた…。」

「そう。『撚りて』はそのまま糸をよるつもりで槍を作る、『重ねて』はミルフィーユのように何重にも重ねる。前者は狙撃用、後者は多段攻撃による破壊を目的にしてイメージしてみた。」

 ぐ、ぐたいてきだ。

 魔法を発動するための言葉を『呪文』とすると。

 セレナの呪文には、昨日ボクが見せた魔法陣よりも多くの情報が含まれていた。

 撚りてと重ねて。これは炎の形状を表す言葉だけど、言葉にすることでイメージの輪郭がよりはっきりさせてるんだな。

 三つと四つ。まんま数のことだけど、一つ目と同じ。

 最後にフォックスバレット。バレットは他の二つの理由と同じ。驚いたのはフォックス。ボクが昨日教えたのは『きつね』だ。セレナはコレを英語に置き換えてる。単純に言語を変換しただけのことなんだけど、実はこういう発想は案外むずかしい。

「そのほうが格好良いもの。」

 セレナは思慮深いと思っていたけど。『考える』より『感じる』ことに重きを置いているのかも知れない。

 魔法一つとっても、性格が見えてくるもんだなぁ。

「言葉をもっと複雑に、長くするともっと大きな魔法になるわ。」

 一日、いや実質半日。それでこの成果。

「実用レベルにあるのかは、敵と味方の性質によるわね。」

「実用、か。想定は、イフリートってやつなのかな?」

「そう、ね。ただ、姿を見たってだけでそれ以上のデータはないに等しいわ。ヨーコの説明じゃ、童話にも劣るし。だから、目標とか、対象とか。」

「一度見てみないといけないんだろうな。」

「生きていられる保障はないけど。」

 千切れた腕を擦りながら言った。

「イフリートじゃなくても、この魔法は十分自衛に役立つわ。狼なんかもいるわけだし。」

 確かに、恐ろしいのは怪物だけじゃない。

「それで、『きつね』以外は見つかった?」

「あ、うん。そのことなんだけど…。」


「くそっ。くそっ!」

 セレナの魔法は昨日とは比べ物にならない。ボクの魔術もしっかり発動している。

 それなのに。

 ひらりひらりと左右に跳んで、揺れる尻尾でボクとセレナの火炎弾をいなす。

 まるで滑るように、ぬるりと軌道が変わる。

「ぶはッ!」ドゥン。

 流れ弾が時々ヨーコに当たってしまう。同じく火の攻撃を得意とするヨーコには大したダメージもないが、攻撃は遮られてしまう。変わる角度も計算済みで、こちらの焦りだけが大きくなる。馬が視野が広いというのは本当らしいな。

「おやおや。コレしかできないのですか。これではやらないほうがましですね。」

 地面を跳ねるだけではない。空中を蹴って上下左右に動き回る。

 手品と言っているのは、恐らくボクが使う魔術やセレナの魔法のことだろう。

 それが気に食わないのだろうか。

「あなたはあの機械を持っていますね? あれは私のなのですが。」

 そうか、取り返しに来たんだ。

「使いこなせていないようですし…。」

「返さないよ!」

 足でドンと地面を叩く。4重に重ねた魔法陣から出現した4つの火炎球が四方から襲い掛かる。

「やれやれ。こう何度も同じことをされては…。」

「それはどうか、なッ!」

 火炎球は白馬を逸れ、右わき腹の近くで破裂する。

 ドォォオオン!

 よし! 爆風が地面に叩き付けた!

「ヨーコ!」

 聞くより早く殴り掛っていた! 

 しかし。

 ズブリ。

「…うそ、だろ…。」

 ヨーコのパーカのフードを青白い角が突き破っていた。

「ヨーコ!!!」

 白馬はヨーコをブンと投げて返した。

「!! ヨーコ!!」

 貫かれていたのはフードだけだった。良かった…。

「ふぁ…。ふえぇ……。」

 呆然としている。ダメだ、今はヨーコはもう戦えない。

「油断しました。少しは考えてるんですね。それはそうですよね、あのパズルを一つとはいえ解いたのですから。」

 またゆっくりと近寄ってくる。

 ボク達は重圧に圧されて、じりじりと後退するしかない。

 セレナの魔法はことごとく失敗している。魔法は魔術と違って、精神面の影響をもろに受ける。しかも、詠唱すら今は満足にできていない。

 ダメだ。もう打つ手がない。

 さっきみたいな奇襲は一回きり。しかもあれは相手が油断していたからこそだ。こんない堂々と、しかも目の前に立って仕掛けるものじゃない。

 火の玉は効かない。しかし、それしか使える魔術はない。

 …。

 ……。

 手詰まりだ。

 …。

 投了したら許してもらえるだろうか。

 …。……。

 腰に手を回すと、オモテから持ってきた脇差がかちゃかちゃと揺れる。

 小指を落として差し出そうか、それとも腹を切って詫びるべきか。












 ………炎が………。

 …ヨー………。

 ……ぐる………。

 ……………向性………。

 重ねて…。



  

 まだだ。

まだできることがあった。

 まだカードは切れる。駒はある。

 なら最後まで。

 投了なんかしてやるか!

 

 ズサァッ。

 一歩大きく後ろに跳んで、間隔をとる。距離は歩幅にして五歩。

 しゃがんで着地。同時に左手で脇差を鞘ごと引き抜く。右手で魔法陣を書く。

 小さく早く。

「喰らえ一枚目!!」

 空振りをして遠心力で鞘を飛ばす。左手の勢いはそのまま、右の地面にまた魔法陣を描く。これも小さく早く。

「二枚目ェ!!!」

 左足で地面を蹴って突進する。同時にそれが魔術発動の合図になって火炎球が発動。

 鞘を顎で弾いた白馬の目の前で火炎球が弾ける。

 視野を煙が覆い隠し、その隙に懐に滑り込む。

「最後四枚目ェ!!!」

 右足で踏み切り、全体重を乗せてぶつかる。

「残念ですね。何も刺さっていませんよ。」

 そう、ささっていない。

 これから刺すのだ。

「知ってる? 左手で描いた魔法陣は左足で、右手で描いたのは右足で発動するんだよ?」

 うっすら漂う煙を切り裂いて、脇差が首を貫く。

 …かと思われた。

「ふふ。惜しかったですね。今のは少し驚きました。」

「四枚目だって言ったじゃん。」

 そう、カードはもう一枚ある。最後のカードにして、最後の駒。

「貰ったァアアアア!!」

 これで詰みだ。

 逸れていった脇差を逆手に構えて、マリが飛び込んでくる。

「ふんッ!!」

 ギキィイン!

それは勝利のファンファーレには程遠かった。

落下のエネルギーも乗せて振り下ろした脇差は、首の動脈を抉ることはできず。またもあの青白い角に阻まれた。

「ッッ!!」

 生暖かい、衝撃のような波を感じ、巻き戻っていくようにマリは弾き飛ばされた。

「なるほど。よく考えたものです。確かにあなたなら、うむ。あのパズルを解くのも納得ですね。」

 ああ…。

 局面をひっくり返すことはできなかった…。

 最後の一枚まで、切り札をきってしまった。手元にはもうなにもない。

 そうか…。

 この世界での負けはこういうことなのだ。

 なるほど、厳しい世界だ。

 


 ああ……。

 ボクはこの、輝く白い毛並みのユニコーンに。


 

 『負けました。』

 


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