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今までの僕の開発の成果の中で、いやそんなに多く開発したわけではないしオモテの知識を流用しただけだから開発というより改良(もしくは応用)だと思うし、そんな少ない実績の中でもこれは相当なものだと思う。
なにを。
魔法を見つけました。
何かの比喩とか、冗談でもないです。
正真正銘です。
「魔法?」
「うん、そうみたい。」
「そうみたいって…。あなた、重度のファンタジスタね。」
「ファンタジスタ…?」
ファンタジー好きを拗らせてしまった人のことをそう呼ぶらしい。初耳だけど。時々セレナはこういう自分オリジナルの意味を持つ言葉を使う。
「キテラの機械は、時計とかカレンダーの役割はなかったんだ。しかも、そのままじゃ動いたりするわけじゃなかった。パズル、のようなものだったんだよね。」
「パズル…。」
「地球儀の形の立体パズルってあったじゃん。あれのようなものかな。ただかなり複雑。」
「そう。で、それに記されていたのが魔法?」
「ちょっと見ててよ。」
見たほうが早い。そして納得してくれる。百聞よりも一見のほうが早いとかなんとか。
がりがり。
ぼうっ。
良かった、ちゃんと出てきた火の玉。
「ちょっと…。なに、これ。」
「魔法。っていうか魔術かな。詳しく説明…。」
「当たり前でしょ。」
食いついた。そりゃそうか。
ボクはセレナの目の前で火の玉を出現させて見せた。火種を使わず、燃料も用いず。空中にただ火の玉を出現させた。
いまだにそれは燃えている。
「いまボクは、地面に様々な図形を描いて、これを出現させた。これはキテラの機械的には、いやボクの解釈的には魔術で、つまり魔術は術式を用いて発現、発動する事象のこと、です。」
「続けて。」
「最初に言った魔法って言うのは、言葉の理、法を用いて使うもので…。簡単に言うと、魔術が算数、魔法が国語ってことかな。」
「算数…、国語…。」
「あ、でもその概念が近いってだけで…。」
「わかってるわ。」
「うん。算数や国語と違う所は、これが信仰…的な要素もあるってことかな。」
「信仰…?」
セレナは眉間をしかめて、こめかみを押さえている。
「神様~とかじゃないんだけど、つまり、さっきの図形をセレナに今教えても、セレナは多分出せないと思うんだよね、火の玉。」
「どうして?」
「半信半疑だから。」
はあっ!?って顔をされた。
「魔法も魔術もプロセスがすごく大事みたい。僕はそのプロセスをキテラの機械をいじってる時に通過して、納得した。だから、火の玉が出せる、みたいな。」
「そのプロセスをすっ飛ばして、一朝一夕では…。」
「使えない。」
この意味をセレナは分かってくれただろうか。
いや、セレナが気付かないはずがない。ボクよりずっと頭がキレているから。
これからのことを考えないはずがない。
すこし間があいて。
「私もキテラのパズルを解けば、魔術が使えるようになる?」
「う~ん、っていうことでもないと思う。パズルを解くことで使えるようになるなら、つまり図形を教えるのと変わりないから。魔法なり魔術なりを自分なりに理解して、納得しないとこれを使えるようにならない、と思う。」
「と思う…、が多いわね。」
「まだまだ研究途中だから。感覚でしか伝えられない。でも、その感覚が重要。」
「納得、ね。少なくとも今の説明じゃ無理ね。」
あはは…。
しかし、現に魔法は存在している。ボクが使って見せたのだから。
「私が使えるようになるのか、はひとまず置いておいて。他の魔法はないの?」
「う~ん、他の…というか。」
まだ炎は図形の上に留まっている。その図形に、少し書き足してやる。
炎が数メートル先の木に向かって飛んでいく。
「これ?」
「最初に見せたのは炎を出現させる魔術。で、今書き足したのが、ベクトルを与える…図形?」
「疑問系で言われてもね。」
「なに! なんかあった!? イフリート来た!?」
木々を破壊しながら、文字通り一直線にヨーコが帰ってきた。
「大丈夫!? 怪我はないか!?」
マリもいた。
「大丈夫よ二人とも。ちょっとね、ジジが面白いこと見つけたの。」
セレナはこの二人への態度が、ボクより優しい。
それはこの二人が命を救ってくれたからなのか、詳しく言っても理解してくれるには時間がかかるからなのか、子供っぽいからなのか。
「面白いこと?」
さっきまで警戒色を前面に押し出していたのが、今は黄色い好奇心の塊だ。
目なんか宝石みたいにきらきらさせてる。
ボクはさっきと同じことを、もう一度やってみせた。
「おーーーーーーーーーーー!!!!!」「ぎゃああああああああ!!!!!!!」
二人とも驚いてくれたようだ。
ヨーコは日ごろから火を出しているのだから、そんなに驚かなくてもと思うけど。
でも、その反応はなんだか嬉しい。
「どうやったの? おしえておしえて!」「オレもオレも! 教えろ教えろ!!」
マリもセレナと比べたら、ずっと子供っぽいな。
「いいよ。じゃあ、よく見てて。」
図形の形を教える。発動の合図も。
こうやってると、お絵かきの時間みたいだ。
大きな子供。
「できた。」「オレもできたぞ。」
「うん、そしたらこうやって地面を2回、とんとんって足で叩いて。」
どんどん。とんとん。
二つの火の玉が飛んでいった。
興奮した二人はやいのやいのして、何度かまた火の玉を出して、そして森の中へ消えていった。
「…ねぇ、あなた一朝一夕じゃできないって言わなかった? 五分も経たずできちゃってるじゃない。」
「あはは…。」
「私はできなかったわ。」
セレナの足元にはいくつもの不発した魔法陣が描かれていた。
「やっぱりね。あの二人は単純だからな~。」
「説明して。」
「うん。マリとヨーコにとって、ボクの真似をして描くのがプロセスだったんだよ。二人は魔術を使えるってことを最初から疑ってなかったから。だからあんなに早くできちゃったんだろうな。」
「なに? じゃあ、才能があの二人にはあるって事なの?」
「う~ん。」
そういうことじゃないだろうなぁ。
「習得するまでは、あの二人みたいに何の疑いも持たないほうが早いと思う。でも、それが才能ってことではないと思う。」
「私のほうが才能があると?」
「というか、習得したら同じ魔術を使ったときの威力は、多分格段にセレナのほうが大きいと思う。」
ボクと、二人の魔法が燃やした痕跡を指差した。
ボクのは木を一本焦がしているのに、二人のは人差し指程度しか痕がついてない。
「多分理解度の違いだと思う。二人はなんとなくやったのに対して、僕はある程度考えながら陣を描いた。もっと理解すれば更に大きくなる。で、これはより悩んだほうが威力は大きくなる傾向があると思う。誰かから教えてもらったのより、自分なりに考えて答えを出したほうが強い。しかも応用が利く。」
セレナは自分の魔法陣を見ていた。
「ここまで話しておいてアレなんだけど、魔術はセレナに向いてない。向いてるのは多分魔法だと思う。」
「魔法…。」
「セレナは算数よりも国語のほうが得意だと思う。つまり魔法。火を思い描いて? それは狐の得意とするところ。狐は火のシンボル。どう?」
「いいわ。」
「掌を空に向けて、僕の言葉を復唱して。『きつね』」
「きつね。」
思ったとおり。
セレナの掌の上にこぶし大の火の玉が出現した。
「これって…。」
「魔術は理解度、魔法はイメージ。意外とセレナは文系だったってことなんだよ。」
「そう…。」
しばらく掌の炎を見つめて、それをぶん投げた。それはなにかにぶつかる前に空中で霧散してしまった。
「なるほど。確かにすごい発見だわ。これを身につけることができれば、私もイデアもただ守られているだけじゃなくなる。」
「そうだね。マリとヨーコはこの類には向いてない。っていうか飽きちゃうと思うし、これがなくても…、ヨーコは火を吐けるし。」
二人にとっては必要ない。
「ボクはこのまま、他の魔法もないキテラのパズルをいじってみるよ。」
「わかった。このことをイデアにも教えないとね。」
「そうだね。夕ご飯おわったらでも。」
夕飯を食べながら、魔法の発見をイデアにも伝え。反応は少し薄かった。
それよりもコレ見てよ、と新しい服のスケッチを目の前にどっさりと置かれた。
「どれがいい? 魔法使いになったなら~、こういうマントもいいかな~? 半ズボンとマント! きゃーーー!」
イデアはブレない。魔法よりも趣味優先。結構な発見のはずなんだけどな。
マリとヨーコは覚えたての魔術で、片っ端から肉を焼いてる。誰がこんなに食べるのだろう。
セレナは、あれからぶつぶつと、宙をみつめ、思いついたことを書き留めている。
さて、じゃあボクはパズル遊びでもしようかな。




