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「ここに居るんだったら、きりきり働いてもらわないと。働かざるもの食うべからず。弱肉強食と言い換えてもいい。」
じゃくにく…。
「直接的に食うことはなくても、こちらから積極的に餌を与えることは基本的にないわ。そうね、あと二日はお客様としてご飯を出してあげる。でも、それ以上寄生しようというのなら、出て行ってもらうことになる。」
厳しい…。
いやこれが当たり前か。群れの中に不利益を生むものがいたら、それは群れそのものの存続が危なくなる。殺されても文句は言えない。そう考えれば二日間も貰えるのだ。寛大すぎる采配だ。この二日間は眠る暇はなさそうだ。
そういえば、昨日の夜は別の意味で眠れなかった。テーソーの危機。夜は注意しないと。本当に注意しないと!
とにかく、要約すると「自分が出来ることをしろ」っていうことだと思う。迷惑をかける以外のことで。
「ねぇ、ジジも一緒に探検行く? 楽しいよ!」
「あ、うーん…。」
「やめておきなさい。森の中に取り残されるわ。」
「うん、そうだね。やめておくよ。」
「そっかー。じゃあ、今度ね!」
「ヨーコ、今日はどこに行く? 湖の方か?」
「え…。湖はちょっと…。」
マリとヨーコは朝早くから出かけていった。この二人の仕事は食料の確保と、周囲の探索だろう。そして、この二人がいることで縄張り、つまり僕たちが安全に行動できる範囲が広まる。特にヨーコの功績は大きいのだという。
「彼は文字通り開拓者ね。マリは今のところその補佐かしら。ともかく二人は必要不可欠。」
多分、ヨーコの大きすぎる好奇心をマリが上手く導いているのだと思う。二人を見てそう感じた。
「じゃあ、アタシも行ってくるね~。また美味しい野草採ってくるから期待してて(ウィンク)」
イデアも出て行った。大きな頭陀袋を背負って。彼女は野草、野菜などを採集してくる。初めのころは量も採れなかったし、毒のある草を食べて生死をさまよったこともあるという。そのことを彼女は「そんなこともあった」と笑い飛ばし、今日も元気に山菜を捕る。
「私も食中毒の被害にあったけど、この時に比べたらなんてことはなかったわ。意識が朦朧としただけだもの。」
マリとヨーコだけでは肉オンリーの食事になってしまうところを、彼女が上手くおぎなってくれているらしい。そういえば昨日もたくさんの野草が並んだ。メインを食うくらい。
「私は三人が持ち帰ったものを料理したり、書にまとめたり…。あと、主にマリとヨーコが見てきたことを聞いて、明日の行き先の提案をしたりしているわ。カタチチなくても支障はないけど、カタウデないとどうしても前線には、ね。」
総指揮セレナということだ。彼女がタクトを振って、他の三人が動く。しかし決してセレナがボスということはなく、つまるところ自分ができることをして、それぞれに補っている。
四人は、それぞれがそれぞれに適度に寄りかかって、それを支えている。今まで色々な経験や思いを積み重ねて、この関係を気付いたんだ。
それを美しいと感じた。これだと思った。おれもココに加わりたい。
自分の価値を示さなくては。
「焦らないで。今までと同じように考えていては、あなたはココに来た意味がなくなるんじゃないかしら。」
ぎくり。
「それではどこかでガタが来るし、ここにいられなくなる日が来る。出て行くのか、死んでしまうのか。それ以外か。」
「や、でも。」
「時間は短い。タイムリミットを伸ばすつもりもない。でも、それはこちらの事情。あなたはあなたの事情で動くべき。」
確かに。
自分以外が決めたルールにはいそうですかと従っていては、もちろん変な争いを起こす気はないけれど、結局オモテにいた時と何も変わらず、また逃げなくてはいけなくなってしまう。
しかし、それをセレナに、条件をつきつけた本人に言われるとは。
「わかった。色々探してみるよ。」
とはいったものの。
事情、か。
「ちょっと外出てくるよ。」
「くれぐれも気をつけて。できればイデアと一緒に行動してくれる? 迷子防止のためにも。」
探すまでもなく、イデアはまだツリーハウスのまわりをウロウロしていた。
「あれ? ジジ君どしたの~?」
「一緒に行こうと思って。…まだこんなとこにいたんだね。」
「歩くのが遅いわけじゃないよ~。色々ね、考えてたの~。」
考えるのは遅そうな口調だけど。
でも、この人もセレナと同じ間、この世界を生き抜いてきた。洋服を着ているから勿論見えないけど、乳房を抉られた傷跡が生々しく残っているんだろうな。
「…そういうのは暗くなってから、ね?」
「ふぇ?」
「それとも、あ~そういうのが目的か~。二人で、ね~。」ころころ。
「あ、え!? 違うよ!!」
「一緒にイきたいんだよね~?」ころころころ。
「カタカナにすんな! 違う! 違うからな!!」
「はいはい~。」
「頭なでんな!」
スーパーマイペースな人だな。
そんなやり取りをしながら、木の多く茂ったほうへ入っていく。キノコを採ろうとすると、「それはダメ」とか「それはマダ」とか、ダメを出される。イデアは野草を摘んでは、頭陀袋にいれ、どんどん奥へと進む。今日はキノコの日じゃないのか。
時折、木の皮や食べられそうもない植物を手に取り、う~んと考えを廻らせている。どうしようとしてるんだ?
「ジジ君。織機とか作れない?」
「織機?」
「うん、簡単なやつでいいんだけど。」
「多分できるけど、布織るの?」
「服を作りたいんだ~。」
またウットリと手に取った植物を見る。
「あたしもセレナちゃんも、ほらちょっと特殊な体型でしょ~? だから、不便なとことか、デザイン的に微妙なとことかあるんだよ~。」
ふむふむ。確かに、二人のような体型を想定したデザイナーはいないだろうな。少なくとも費用対効果、リスクリターンを先ず考えていたオモテの世界じゃ。
「それにね~、マリちゃんとヨーコちゃん。あの服私たちと会った時からず~~~~~~っと、着てるんだよ? 下着ふんどしだし。」
ふんどし。
「ふんどしはいいんだけどね、やっぱ衛生的にもね~。勿論洗濯はしてるんだけど、その間マリちゃん裸だし。そのうちにヨーコちゃんが発情しちゃったらどうしよ~。」
どうしよ~って目を潤ませられてもな。
「マリちゃんスタイルいいんだよ~。姉御肌だし。もてると思うんだ~。ここには、ジジ君いなかった時は、ヨーコちゃんしか男の子いなかったし。冷や冷やだよ~。」
「それが理由で服作りたいの?」
自分の感情にストレートすぎる動機だ。
「それもあるし、おしゃれもしたい! いつかは必要になってくるし、今既に必要だし!」
破れたり、擦り切れたりするだろうしな。
「うん、織機、やってみる。問題は材料なんだけど…。木材、…は何とかなるとして、釘とかー。」
接合部や可動部に、それらの金属部品を使うのが普通のはずだ。
「ないよ~。」
「…まぁそうだろうけど。」
「なんとかして。」
「…うん。」
まじか。
え~と、主な材料となる木材は、調達と加工をヨーコにお願いして…。
いや、マリのがいいかな。
そしたら、ヨーコに材木の切り出しをしてもらって、マリに加工をお願いしよう。でも、どんな木がいいかとかはヨーコには多分任せられないな。選別はおれがしよう。
選別・ジジ 切り出し・ヨーコ 加工・マリ と。
いや……、材料の前に設計か。出来るまでの過程そのままで考えてたら段取り悪いな。
先ずは設計だ。設計は得意だから問題ないな。
シャーッ、シャッシャ。
え~と、ここの加工はここの工務店が得意だから、…いやいや。ここはウラの世界だ。加工はマリだ。うんとここは精度が欲しいから1/50で精度出してもらって…。ってスケールも水平機もない。って待てよ。マリって、当然こんなことやったことないよな。ってことはそういうのもおれが教えるのか! うわ!
うん? あれ、設計ってある程度マテリアルがあるからこそ、想像できるからこそ計り設けることができるんじゃないか。ってことは先ずは材料から?
でも材料はどんなの作るか決めないと選別できないし…。
え~、わかんない。わかんないわかんない。
「煮詰まってるね~。」
コトッ。
「なにこれ?」
「お茶? もどき。えへへ。大丈夫だよ美味しいよ~。どう? 出来そう?」
ズズッ。
あ、ほんとだ。お茶。がかすかにフルーティな感じがする。おいしい。
「わかんない。進んだり戻ったり、戻ったり戻ったり。」
「なにそれマイナスじゃん~。」
「だって…。」
「大変そうね。」
パジャマ姿のセレナ。ボンボンつきの帽子もしっかりと装備。
「大変、かな。ここまでやるの初めてだから。」
ははは…。
「あなたも晴れてここの一員というわけね。明日からはきりきり働いてもらうから。」
「織機楽しみだよ~。」
……。
…一員、それじゃあ。
「セレナ、あの!」
「但し、条件があるわ。一人称を変えなさい。」
「…。へ?」
「あなたに「おれ」は似合わない。あなたの名前はジジでしょう、子猫ちゃん。だいたい「俺」なのか「おれ」なのかもはっきりしてないのに、あなたにはおれは務まらない。」
「おれ」って使用する許可が必要だったのか…。知らなかった…。
「これから一人称を、そうね「ボク」にしなさい。「僕」はダメよ。ヨーコのだから。」
ヨーコの…。「ボク」…。
「確かにジジ君のキャラじゃないよね~。もしかして、デビューしたかったの? いひひ。」
「じゃあ、そういうわけでよろしく。」
「今夜は寝かさないぜ~、子猫ちゃん(はぁと)」
「あなたは寝るのよ、発情猫。」
「え~!」
「寝不足でお肌が荒れたら、子猫ちゃんに相手にされなくなるわね。」
「おやすみなさい!!」
「……。じゃあ、がんばって。私も楽しみにしてるから。」
子猫…。
ボク…。




