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「おかえり。」
「おー、帰って来たのか。なんだお前、ボロボロじゃないか。」
「ところどころ焦げてるわね。」
床いっぱいに広げられた、布、布、鍋、布。
「今整理してたの。出しておかないと、かびてしまうから。」
「そうだぞ、さっきだしたらなー、なんかツーんとしてなー、近くの川で洗濯して。外にもいっぱい干してあったろ。」
けらけら。
「ヨーコちゃん。」
僕を呼ぶ声がします。
「イデア! 大丈夫なの? もう痛くないの?」
「まだ、ちょっと痛いかな。ジンジンする。でももうだいじょうぶ。…血を止めてくれたんでしょ、ありがとヨーコちゃん。」
あ、
イ…。
じわっ。
「まぁた。泣かないで~、大丈夫だから。」
「ヨーコ、泣きすぎ。男はそんなに泣かないで。」
「アハハッ。確かにいっつも泣いてんな~。」
「いいんだよね~。ヨーコちゃんは素直ないい子だよ~。よしよし。」
「ヨーコは感情表現がまっすぐすぎるのよ。マリもだけど。」
ぐしぐし。
「ジンジンしてごめんなさい…。」
「ン、なに? あぁ、火傷のことか。…ヨーコちゃん、見てみる?」
「破廉恥禁止。」
「大丈夫だよ。そういうのじゃない。見られて恥ずかしいもの、もうついてないじゃん。」
しゅるしゅると包帯をはずして。
抉られて、傷口がすこし盛り上がった爪痕と。
赤茶色く変色した火傷のあと。
「ほら、もう血出てないでしょ? ヨーコちゃんいなかったら私死んじゃってたよ~。」
頭を撫でてくれる優しい手。
なんか、すっごく懐かしい。
嬉しい。
ホッとする。
よかった、イデア。生きててほんとよかった。ぐすっ。
「ていうかヨーコちゃんも、上半身裸だね。」
「ヨーコ、胸毛あったんだな。」
「フサフサしてる~。茶色くて、ほあ~、さわさわしてるよ~。」
「イデア! えぐれてない方がはみ出そうになってる! 早くしまいなさい。」
「は~い。」
「ヨーコは、どうしようか。着るものないな。寒くない?」
「うん、大丈夫。」
「ここんとこ、焦げてるぞ。」
「そういえば、ヨーコちゃんはどうだったの~?」
「あ、うん。あの…。」
「さらっと聞いたわね。しかも着替えしながら。」
「あれ? きいちゃいけなかった?」
「でも気になるよな! どうだったどうだった?」
全員コッチ見てる。
「えへへ…。負けちゃった…。」
「負けたかー。そっかそっかー。アイツ強そうだったもんな。」
「体格差はすごくあるしね。それ以外もなんかありそうだけど。」
「ヨーコちゃんは特に怪我してないみたいだね。よかったよ~。」
それだけであっさり終わっちゃいました。
もっと、叱られるとか、なんかあると思ってました。
拍子抜けでした。
「おいでヨーコちゃん。」
ふわっ。
頭を抱いてくれた、僕の間近には深い傷跡。
あっ、また泣きそう。
「…ハー。」
ん?
「すーはー、すぅぅはぁぁ。」
「すーはーすーはーすーはーすーはー。」
ひぃっ。
ガバッ。
そうだイデアこういうことするんだった!
「あ~ん、もうちょっと。もうちょっとだけ…。」
イフリートのときよりも強い危機感を覚えています。
「それで?」
「?」
「結果は分かった。楽しかった?」
イデアとマリもにやにやしてる。
「いいな~、ヨーコちゃん。アタシにもそういう耳とかあったら戦ってみたいのに…。」
「耳だけついてても意味ない。」
「そうだけどさ~、あ、マリちゃんは? マリちゃんもいけちゃうんじゃない?」
「どうだろ? オレはヨーコに負けてるからな。」
「準備をちゃんとしていかないとね。で、どうだった?」
どうだったかと言われると。
「楽しかったんでしょ? 男の子だもんね~。僕より強い奴に会いに行かないとね~。」
「今度の時の為にも準備しなくちゃな。今度はオレも行ってみたいし。」
「…! うん! あのね、アイツはイフリートって言って…。」
楽しかったです。
改めて振り返ってみても、やっぱり楽しかった。
途中から、いやもしかすると最初から、敵討ちとかそういうの考えていなかった気する。
最初から最後まで。
偶然カゲロウが出来たし、それを簡単に超えられて、でもやっぱり文字通り燃えたし。
カゲロウを実際にやって見せたり、でもうちの中でやるなってセレナに怒られたり、それを二人に笑われたり、僕も笑ったり。
でも、勝ちたいなぁ。
いつかちゃんと勝ちたい。
「ちゃんと補正も見つかったし、ひとまず今回の旅は終わりかな。」
セレナが言い出しました。
「え、補正? そんな、ぜんぜん見つけてないよ! 僕負けて帰ってきちゃったし…。」
「勝ち負けはどうでもいいの。負けてばっかりの主人公はたくさんいるもの。」
「そう? あ~、確かにそうか。」
「そうなのか? じゃあヨーコの補正ってなんなんだ? あ、負けることか。」
「ひどいよ!」
マリは僕に負けたくせに。
「泣くこと? ほんとヨーコちゃん一番泣いてるよね~。にやにや。」
「も、もう泣かないもん!」
「今も泣きそうだよ~。ほらおいで~。イイコイイコしてあげよう。」
「うぅ…。イデアのバカ! カタチチ!」
「カッ、チチッ!?」
「話進めていい? さっきのヨーコの話聞いててやっぱそれしかないって思った。話を聞く分には、私とイデアが受けたものより相当激しい攻撃を食らってる。」
うんうん。
「でも毛がすこし焦げただけで、五体満足で帰ってきてる。ヨーコの主人公としての補正は『死なない』こと。」
「うん、え!?」
「あ~、そっか。そうなんだね~。」
「なるほどな。いっちゃあなんだけど、イデアとかセレナは何回か死んでるな。」
「そうだと思う。ヨーコの話が大げさだったとしても、やっぱり私たちは生きてないし、イフリートの腹の中だと思う。身体的な能力はヨーコのほうが私たちより優れてるけど、特別丈夫ってことはないみたいだし。何回か、…不本意ながら裸を見たり触ったりしてるけど、硬いとか逆にゴムみたいに柔らかいとか感じなかった。」
「でもヨーコちゃんも固くなる部分が…。」
「黙れ変態。」
「ひぅん。」
セレナの腕を触ってみた。お腹と足も。それで、自分のと比べてみた。う~ん、ちょっと僕のが固い気がするけど、確かにそんなに大きな違いはないのかも。
「い、今のは仕方ない許すわ。でも次からセクハラは容赦しないから。」
「ヨーコちゃん、わたしのも、さわる?」
「いや、いいや。」
「なんで!?」
くすくす、うほん。
「ということで、ヨーコの主人公補正が無事見つかりました。この度の目的は達成されました。ミッションコンプリート。」
おー、パチパチ。
「あの、ありがと? ございます…。でもあの。」
「異論はないわね。じゃあ、マリとヨーコはなんか捕ってきて。ついでにヨーコを洗ってきて。」
「あ、じゃあアタシも。」
「イデアはまだ動けないでしょ? まだ安静にしてる。」
「え~!?」
「ほら、二人はさっさと行ってきて。ヨーコが着れるの何か探しておくから。」
「行くぞヨーコ。もたもたすんな。」
これからマリとウサギ狩り。
その後は、気が進まない水浴び。
そして、ウサギを焼いて。
こうして僕の始めての冒険は終わりました。




