古事記の超訳 山幸海幸のお話
下の超訳は、数年前に、古事記の原文から私が訳してブログに紹介したものです。
ブログには、古事記の原文、読み下し文、現代語訳も載せてありますのでご参照下されれば、どのような考え方で、何をどう訳して「超訳」として提示したかわかることでしょう。ご興味のある人は覗いてみてください。
https://kaiunmanzoku.hatenablog.com/entry/2019/01/23/200040
後書きに、このお話に関連する古事記には、どのようなことが書いてあるのかを記しましたので、これも興味と時間のある人は読んでみてください。
その火照命は海佐知毘古として、ヒレの大きな魚やヒレの小さな魚などを獲り、火遠理命は山佐知毘古として、剛毛を持った獣や柔毛の小動物をお獲りになっていました。
ある日のこと、弟の山幸彦は兄の海幸彦に互いに釣り竿と弓矢を取り替えてみようと提案しました。
そして、兄の海幸彦は山へ、
弟の山幸彦は海へ出かけました。
しかし、二人とも獲物をとることはできませんでした。
そこで兄の海幸彦は弟の山幸彦に「やはり本来持つべき物を持って、本来の場所へ出かけないと何も得られないから、道具を返すことにしよう」と言いました。
ところが、弟の山幸彦は魚がとれないばかりか、兄の海幸彦の大切な釣り針を海でなくしてしまっていたのです。
それを聞いた兄の海幸彦は激怒して、「とにかく返せ」と責めてきました。
そこで、弟の山幸彦は、自分の剣(十拳剣:とつかのつるぎと言われる剣)をこわして500本の釣り針を作って弁償しようとしました。
しかし、兄の海幸彦は、これを受け取らず、「なくした釣り針以外はいらない」と言って、弟の山幸彦を許してはくれませんでした。
次に1000本作って持って行っても「あの元の針をかえせ」と言われてしまいました。
山幸彦が、困り果てて泣きながら海岸にたたずんでいると、海の潮の流れをよく知る神様で塩椎神という名前のお爺さんと出会いました。
山幸彦がわけを話すと、お爺さんは竹でかごを編んで小舟を作りました。
そして、「このかごの船に乗って海の国へ行きなさい」と言いました。
「私が小舟を押し流したらそのまま進みなさい。そのうちによい潮にぶつかります。
その流れに乗れば、やがて魚の鱗を並べたように輝く宮殿が見えてきます。
それは綿津見の神という海の神様の宮殿です。
その海の神様の宮殿の門に向かっていくと、そのそばに泉があり、その近くに桂の木があります。
その木に登って、待っていなさい。海の神様の娘があなたを見つけてくれるでしょう」
山幸彦はそのお爺さんに言われた通りにして海に出ていきました。
海の神様の国に着くと、山幸彦は海の神様の宮殿の門の前にある大きな木の上に登りました。そこへ、海の神様の娘、豊玉姫の侍女がやってきて、木の上の山幸彦を見つけました。
山幸彦が「水がほしい」と言うと、侍女は持っていた器に水を入れて差し出したのですが、山幸彦はそれを飲むことなく、首にかけていた玉をとり、口に含んでから器の中に吐き出しました。
すると、この玉は器にくっついてとれなくなり、侍女はこれを豊玉姫に差し出しました。
その玉を見た豊玉姫は
「門の外に誰かいるのですか」
と尋ねると、侍女はありのままを報告しました。
豊玉姫は自分の目で確かめようと思い門の外へ出ると、素晴らしい姿かたちの山幸彦に一目惚れしてしまいました。
宮殿に戻った豊玉姫はそのことを父である海の神様に報告しました。
海の神様は山幸彦が天の神様である天津神の息子であるとわかり、宮殿に招き入れました。
そして、アシカの皮と絹で出来た敷物を何枚も重ねて座を作り、そこに山幸彦を座らせると、たくさんのごちそうやきれいな踊りで歓待しました。
しばらくして、山幸彦は豊玉姫と結婚し、海の神様の国で暮らしました。
わたつみの国で暮らし始めて3年の月日が経ちました。
山幸彦はある晩大きなため息をつきます。
豊玉姫がそれを見て尋ねました。
「もしかして、あなたは家に帰りたいのではありませんか」
山幸彦も自分の気持ちを語りました。
豊玉姫は父である綿津見の神に山幸彦の思いを話しました。
豊玉姫から話を聞いた綿津見の神は
「なくしたお兄さんの針を見つけてあげましょう」
と言って海の中の全部の魚を集めました。
すると、「鯛が『口が痛い』と言ってここに来ていません」と魚たちが言います。
そこで鯛をよんでのどの奥を見てみると、釣り針が引っかかっていました。
綿津見の神はこれを取り出し、清めて山幸彦に渡しました。
その時、
「この釣り針をお兄さんに返す時、
『この釣り針は、おぼ針、すす針、貧針、うる針』
と唱えながら返しなさい。
そして、後ろ手に渡すのです。
もし、お兄さんが高いところに田を作ったら、あなたは低いところに、
もしお兄さんが低いところに作ったなら、あなたは高いところに田を作りなさい。
水をつかさどっているのは私ですから、お兄さんは3年で貧しくなりましょう。
もしそのことでお兄さんがあなたを恨んで攻めてきたら、
この塩盈玉でおぼれさせ、
もし『許してほしい』と言ってきたら今度は塩乾玉を出して助けてあげなさい。
そうやって、お兄さんを懲らしめるのです」
と言って2つの玉を渡しました。
綿津見の神はワニと呼ばれる丸木舟を操る漕ぎ手たちをすべて招き集めて、尋ねました
「今、天津日高の御子である虚空津日高は山幸彦と名乗っていらっしゃるが、海の国から天津神の子孫が住む隣国、南九州へ旅立とうととしている。誰が、どれほどの日数でお送り申し上げ、帰還の報告ができるものか」
と言った。
そうすると、ワニと呼ばれる船の漕ぎ手たちは舟の大きさに応じて、日を単位して「○○日かかります」と申し上げる中で、一尋和邇という漕ぎ手が
「私なら、日の沈む前には、お送りして戻ってまいりましょう」
と言う。
そこでその一尋和邇に
「それならばあなたがお送り申し上げよ。おまえが海を渡っていくときには、くれぐれも山幸彦である火遠理の命に怖い思いをさせてはならぬぞ」
と忠告し、その丸木舟の舳に火遠理の命を乗せて送り申し上げた。
帰る時、山幸彦は一番早いサメに乗って1日で故郷の海岸にたどり着きました。
サメに礼としてひも付きの小刀を首にかけてやりました。
山幸彦は、兄の海幸彦に釣り針を返す時、綿津見の神に言われたとおりにしました。
すると、兄の海幸彦はだんだん貧しくなり、そのことで弟の山幸彦を恨むようになりました。
そして、ついに弟に攻めかかりました。
弟の山幸彦は、綿津見の神にもらった2つの玉で兄の海幸彦を繰り返し苦しめました。
とうとう降参した兄は弟に謝りました。
兄の海幸彦は弟に「これから先はあなたをお守りする役を勤めましょう」と誓いました。
これがもとで、兄の海幸彦を先祖とする隼人族が朝廷の守護をすることになったのです。
【天孫降臨】
高天原で天照大神が邇邇芸命に「稲の穂と鏡(伊勢神宮御神体)、曲玉、剣(草薙剣:熱田神宮御神体)の3つの神宝を持って葦原の中つ国(地上)に行き、国を治めなさい」と言いました。ニニギノミコトは筑紫の国(九州)の高千穂の峰に降り立ちました。これが天孫降臨です。
高千穂に降り立ったニニギノミコトは、ある時笠沙の岬(かささのみさき:鹿児島県?にあると言われている)でとても美しい女性に出会いました。その女性は木花佐久夜比売と言いました。ヒメと結婚したくなったニニギノミコトはヒメの父親の大山津見神に願い出ました。オオヤマツミノカミは姉の石長比売も一緒に二人のヒメをさしあげました。しかし、姉は醜い女性だったので、ニニギノミコトは姉を家に帰し、妹のコノハナサクヤヒメとだけ夜を供に過ごしました。オオヤマツミノカミはそれを知って大変残念に思いました。イワナガヒメと結ばれれば岩のごとく永遠の命が約束され、コノハナヒメと結ばれることで花が咲くがごとくに栄えるという意味があったからです。しかし、姉を返してしまい、コノハナヒメとだけ結ばれた神の子の命は木の花ように短くなってしまうのです。これが天津神の御子孫の寿命が長く続かない元となりました。
【海幸彦と山幸彦の誕生】
やがて、コノハナサクヤヒメが身ごもりました。そのことをニニギノミコトに報告しました。しかし、ニニギノミコトは喜びませんでした。結婚してすぐにできた子なので、自分の子ではないと疑ったためです。その様子を見て、コノハナサクヤヒメは悲しみのあまり「この子があなたの本当の子なら生き残るでしょう。」と言って、大きな産屋に入ると入り口をふさぎ、中に火をつけてしまいました。燃えさかる火の中で出産し、最初に火照命=ホデリノミコト、2人目は火須勢理命=ホスセリノミコト、そして3人目は火遠理命=ホオリノミコト、別名は天津日高日子穂穂手見命=アマツヒダカヒコホホデミノミコトが生まれました。
3人のうち、火が照り輝く時に生まれたホデリノミコトは海で漁をして暮らしていたので「海幸彦」と呼ばれるようになりました。火が弱まったきた時に生まれた弟のホオリノミコトは山で狩りをして暮らしていたので「山幸彦」呼ばれました。
【道具の交換】
ある日のこと、弟の山幸彦=火遠理命=ホオリノミコトは兄の海幸彦=火照命=ホデリノミコトには互いに釣り竿と弓矢を取り替えてみようと提案しました。そして、兄の海幸彦は山へ、弟の山幸彦は海へ出かけました。しかし、二人とも獲物をとることはできませんでした。そこで兄は弟に「やはり本来持つべき物を持って、本来の場所へ出かけないと何も得られないから、道具を返すことにしよう」と言いました。ところが、弟の山幸彦は魚がとれないばかりか、兄の海幸彦の大切な釣り針を海でなくしてしまっていたのです。それを聞いた兄の海幸彦は激怒して、とにかく返せと責めてきました。そこで、自分の剣(十拳剣:とつかのつるぎと言われる剣)をこわして500本の釣り針を作って弁償しましたのに受け取らず、「なくした釣り針以外はいらない」と言って許してはくれませんでした。次に1000本作って持って行いっても「あの元の針をかえせ」と言われてしまいました。
【わたつみの国】
山幸彦=火遠理命=ホオリノミコトが、困り果てて泣きながら海岸にたたずんでいると、潮路の神で塩椎神=シオツチノカミという老人と出会いました。山幸彦がわけを話すと、老人は竹で編んだ籠を作って小舟とし、「この船に乗って海の国へ行きなさい」と言いました。「私が小舟を押し流したらそのまま進みなさい。そのうちよい潮にぶつかるので、その流れに乗れば魚の鱗のように並ぶ宮が見えてきます。そこは綿津見の神(ワタツミノカミ=海神)の宮殿ですから、門まで行ったら、傍らにある泉のほとりの桂の木がありますから、その木の上で待っていなさい。ワタツミノカミの娘があなたを見つけて取りはからってくれるでしょう」ホオリノミコトはその老人に言われるままに海に出ていきました。
海神の国に着くと、山幸彦=火遠理命=ホオリノミコトは海神の家の前にある大きな木の上に登りました。そこへ、海神の娘、豊玉比売=トヨタマヒメの侍女がやってきて、木の上のホオリノミコトを見つけました。ミコトが「水がほしい」と言うと、侍女は持っていた器に水を入れて差し出したのですが、ミコトはそれを飲むことなく、首にかけていた玉をとり、口に含んでから器の中に吐き出しました。すると、この玉は器にくっついてとれなくなり、侍女はこれをトヨタマヒメに差し出しました。その玉を見たトヨタマヒメは門の外に誰かいるのかと尋ねると、侍女はありのままを報告しました。トヨタマヒメは自分の目で確かめようと門の外へ出ると、素晴らしい容姿のホオリノミコトに一目惚れしてしまいました。宮殿に戻ったトヨタマヒメはそのことを父のワタツミノカミに報告しました。ワタツミノカミはホオリノミコトが天津神の子とわかり、宮殿に招き入れました。そして、アシカの皮と絹で出来た敷物を何枚も重ねて座を作り、そこにホオリノミコトを座らせると、たくさんのごちそうやきれいな踊りで歓待しました。しばらくして、ホオリノミコトはトヨタマヒメと結婚し、ワタツミノカミの国で暮らしました。
【帰国】
それから3年の月日が経ちました。山幸彦=火遠理命=ホオリノミコトはある晩大きなため息をつきます。トヨタマヒメがそれを見て尋ねました。「もしかして、あなたは家に帰りたいのではありませんか」ホオリノミコトも自分の気持ちを語りました。トヨタマヒメは父にホオリノミコトの思いを話しました。ヒメから話を聞いたワタツミノカミは「なくしたお兄さんの針を見つけてあげましょう」と言って海の中の全部の魚を集めました。すると、「鯛が『口が痛い』と言ってここに来ていません」と魚たちが言います。そこで鯛をよんでのどの奥を見てみると、釣り針が引っかかっていました。ワタツミノカミはこれを取り出し、清めてホオリノミコトに渡しました。
その時、「この釣り針をお兄さんに返す時、『この釣り針は、おぼ針、すす針、貧針、うる針』と唱えながら返しなさい。そして、後ろ手に渡すのです。もし、お兄さんが高いところに田を作ったら、あなたは低いところに、もしお兄さんが低いところに作ったなら、あなたは高いところに田を作りなさい。水をつかさどっているのは私ですから、お兄さんは3年は貧しくなりましょう。もしそのことでお兄さんがあなたを恨んで攻めてきたら、この塩盈玉でおぼれさせ、もし『許してほしい』と言ってきたら今度は塩乾玉を出して助けてあげなさい。そうやって、お兄さんを懲らしめるのです」と言って2つの玉を渡しました。帰る時、ホオリノミコトは一番早いサメに乗って1日で元の海岸にたどり着きました。サメに礼としてひも付きの小刀を首にかけてやりました。
【兄の海幸彦=火照命=ホデリノミコトの服従】
山幸彦=火遠理命=ホオリノミコトは、兄の海幸彦=火照命=ホデリノミコトに釣り針を返す時、ワタツミノカミに言われたとおりにしました。すると、兄のホデリノミコトはだんだん貧しくなり、そのことで弟を恨むようになりました。そして、ついに弟に攻めかかりました。弟は2つの玉で兄のホデリノミコトを繰り返し苦しめました。すると、降参した兄は弟に謝りました。兄は弟に「これから先はあなたをお守りする役を勤めましょう」と誓いました。これがもとで、兄のホデリノミコトを先祖とする隼人族が朝廷の守護をすることになったのです。
【鵜葺草萱不合命の誕生】
しばらくして、トヨタマヒメが山幸彦=火遠理命=ホオリノミコトを訪ねてきました。トヨタマヒメは身ごもっていて出産することを伝えたのです。そして、海岸に鵜の羽根で屋根を作り、産屋を建て始めました。しかし、まだ完成しないうちに生まれそうになりました。そこで、トヨタマヒメはホオリノミコトに「私は今から出産しますが、それを見ないで下さい」と言い産屋に入っていきました。ホオリノミコトはこの言葉が気になり、中をのぞいてしまいました。すると、八尋の鰐(大きなわに?)がのたうち回っていたので、恐ろしくなって逃げてしまいました。
トヨタマヒメはこれを知って恥ずかしくなり、生んだ子を置いたまま海の国へ帰っていきました。そして、地上の国と海神の国との境をふさいでしまいました。
この時生まれた子は天津日高日子波限建鵜葺草萱不合命=アマツヒコヒコナギサタケウガヤフキアエズノミコトと言います。
後に、トヨタマヒメは生んだ子の養育係として、妹の玉依比売=タマヨリヒメをつかわしました。
ウガヤフキアエズノミコトは、後にタマヨリヒメと結婚します。
そして、4人の子を生みました。4人目の子の名を神倭伊波礼比古=カムヤマトイワレビコといい、初代天皇の神武天皇となられる方です。




