第一章¦理想と現実
私はいつも独りでいた。
友達なんて到底いないし、会話だって続かない。話したあとに後悔ばかりしてしまうのなら、最初から誰とも関わらずに一人でいるほうが、何倍もマシなんだ。
──そう思い続けていたのに。
「私、シンデレラになりたいの」
家の近くの公園で、はしゃいでいたあの頃の私に対して少し気の強い君はこう言った。
「私はラプンツェルになりたい!」
家も近く、幼稚園が一緒で、幼い頃はいつも一緒に居た当時の友達が笑ってそう言った───。
「雫音、いつまで寝てるの! 早く着替えて学校行きなさい!」
せっかく夢の中でぐっすり眠っていたというのに、リビングから響くお母さんの怒鳴り声で目が覚めた。
(懐かしい夢を見たな……)
それは、私がまだ幼かった頃の記憶。
五歳の時、当時すごく仲の良かった一人の友達がいた。
けれど、色々あって縁が切れてしまった、あの子───。
「おはよう」
重たい瞼を擦りながら、リビングに向かい、椅子に座った。
「今日は、目玉焼きでいい?」
「食パンも食べたい」
「わかったわ、遅刻するから食べたらさっさと行きなさいね」
「はーい……」
心の中に積もった、ずっしりと重たいおもりを抱えながら、今日も朝食にかぶりつく。
朝食を済ませ、身支度を整えて、玄関へ向かった。
「……行ってきます」
おそらく母には聞こえていないだろう小さな声を残し、自転車に跨った。
外はまだ少し薄暗く、肌寒かった。
いつもの通学路。苦手な人混みを避けるようにして、遠回りの道へと自転車を向ける。
冷たく心地よい風が、私の横を吹き抜けていった。
時計を見るとまだ少し余裕がある。私はこの、有り余った時間を潰すために、川沿いにあるコンビニに寄ることにした。
「いらっしゃいませ」
買うものは最初から決まっていたので真っ先にスイーツコーナーへ向かい、お目当てのフルーツゼリーを手に取る。
レジに行きフルーツゼリーを差し出す。
「八百五十円です」
値札が貼られていなかったので、その金額を耳にした瞬間、私は驚愕した。
『高っ!!』と心の中で叫んだが、それを顔に出すのは失礼だし、何より気まずくなる。私は平静を装ってお会計を済ませた。
人と話すのは苦手だ。けれど、店員さんのような「二度と会わないかもしれない他人」が相手なら、不思議と落ち着いて言葉を交わすことができる。
「ありがとうございました」
形式的な挨拶を背に受けてコンビニを出ると、私は再び自転車に跨った。
鞄にしまう前に財布の中身を確認すると、そこには十円玉が一枚しか残っていなかった。
「なんでこんな高いものを買ってしまったんだろう」
独り言のようにそう呟くと、深い後悔と絶望感が、心の中を占めた。
結局、重い気持ちは消えないまま、それが更に乗しかかった状態で学校に着き、いつものように席に座った。
周りでは「おはよう」という明るい声が飛び交い、眩しいほどの青春ライフを送っている。けれど、私にはそんなものは用意されていない。
羨む気持ちを抱えながら、一人、逃げるように開いた本に目を落とし、寂しさを紛らわしながら時間を潰した。
いつの間にか物語の世界に没頭していたようで、先生が教室に入ってきた音で、私はようやく顔を上げた。
「おはようございます。今日は皆さんにご報告があります」
先生が少し緊張気味にそう告げたので、教室中がざわめき出した。
「え、なんだろう……」
「なになに、めっちゃ気になる」
「はーい、皆さん、静かに」
先生はパンと手を叩いて、生徒たちの注意を引いた。
「今日は、皆さんに以前から言っていた通り、転校生が来ています!」
そう告げ終えた瞬間、またもや教室中が激しくざわめき出した。
「えっ、まじ?!」
「どんな子が来るんだろー」
「女の子かな〜」
え、転校生?
こんな真冬に一体、どんな子が来るんだろう……と、少し興味を持った。
が、私がそんなことを考えたって、今の現状が百八十度変わるはずがない。
一体何を期待してるんだか、と心の中で自分につっこむと、いきなり現実に引き戻された。
「実はもう廊下で待ってくれているので、早速入ってきてもらいましょう。青木さん〜、どうぞ」
先生がそう言い終えると、一人の男の子が教室に入ってきた。
メガネをかけ、少し細身でマッシュヘアのその姿に、周りは先ほどよりもさらにざわつきだした。
(かっこいい……)
思わず、私も夢中になって静かに見とれていた。
当の本人は緊張した様子で、きょろきょろと周りを見渡している。
「では、青木さん。自己紹介をお願いします」
彼は「はい」と小さく返事をし、黒板の前に立った。
「青木 朔玖です。今日からよろしくお願いします」
やや緊張気味に自己紹介を終えると、先生が言葉を引き継いだ。
「はい、ありがとう。青木さんの席は、窓側の一番後ろだから、そこに座ってね〜。ということで、これで朝の会を終わります」
え、それだけ? と思ったが、そんなことよりも自分にとって残酷な現実に気づいた。
ほぼ一目惚れに近い感覚を覚えた朔玖くんと、席が離れてしまっているということだ。
ワンチャン、隣に来るかな……なんて淡い期待を抱いた私だったが、そんな夢は一瞬で消え去った。
まあ、そうだよな。ドラマじゃないんだから、そんな展開、起こるわけがない。
『期待した私が馬鹿だった』と気を取り直して、朝に読んでいた本を手に取り、再び物語の世界へと没頭した。
しかし───。
(はあ、暇だなあ……)
五分ほど経ったところで集中が切れたのか、そんなことを考えていた。
変わらないぼっち生活にも、そろそろ飽きてきた。寂しいというよりは、なんと言うか暇すぎて、どう過ごしたらいいのか分からない。
だからって、自分から誰かに話しかける勇気なんてあるはずもなかった。
過去に色々ありすぎたせいか、私の心は完全に捻くれ、冷たい氷の中に閉ざされていた。




