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レイクス戦記  作者: ゆう
ゴブリンの襲来
93/99

マルターレス

 アルカディア城塞都市。

 外では遠く戦鼓が鳴り、赤く霞む空に煙が立ち上っていた。

 北門と東の防壁は未だ修復が進まず、

 城塞全体が、息を潜めたような緊張に包まれている。


 そんな中、

 瓦礫の街路を抜けて進む三人の影――

 レイクス、セバス、クロエ。


 彼らは戦乱の中をくぐり抜け、

 マルターレス家の本邸、いや、今や臨時の司令館と化した白亜の館へ向かっていた。



 執務室の扉が開く。

 机の上には報告書の山。

 壁には赤線を引いた戦略地図。


 その前に立つ男――

 マルターレス家当主、リストール=マルターレス。

 五十代半ば、戦場で鍛えた鋼の視線を持つ男だ。


「ヴァルトニア伯……いや、レイクス殿。

 この混乱の中をよくお越しくださいました」


 彼は深く一礼し、椅子をすすめた。

「――あの娘殿の件でしょうか?」



「そうだ」

 レイクスは淡々と答える。

「ヴィーナの件で、報告と礼を伝えに来た。

 お前の騎士たちも、よく支えてくれた」


 リストールの表情が少し緩む。

「“娘殿”とは……養女にされたと伺いました。

 ――あの目は、たしかにあなたに似ておりますな」


「似せたつもりはない」

 レイクスはわずかに笑う。

「けれど、あの子は強い。

 守る理由を知っている。

 ……それだけで十分だ」



 セバスが一歩前に出て補足する。

「ヴィーナ様は国境の砦を死守されました。

 うさたん団――あの新設部隊が見事に連携し、

 五千のゴブリンを撃退。

 戦線の南側は安定しております」


 クロエが胸を張る。

「ラビット族もよく戦いました。

 ミルたちが導いて、砦の人たちを守ったんです」


「……聞いておりますよ」

 リストールが机の上の報告書を指で叩く。

「ゼノからの書状にありました。

 “ヴィーナ=ヴァルトニア男爵、国境砦防衛成功。

 損害軽微。士気高し。”」


 彼は小さく頷いた。

「彼女が率いたのは、貴族ではなく“人”の軍でしたね。

 あの娘殿には、リースバルト卿と同じ気配を感じます」



 レイクスの瞳が静かに光を宿す。

「リースバルトの“志”を継ぐ者は多くない。

 けれど、あの子は見ていないものを信じられる。

 ……それが、俺の誇りだ」


 リストールは深くうなずいた。

「ゼノの件、正式に承認します。

 彼は既にあなたの娘殿のもとで働いております。

 マルターレスの名に恥じぬ剣として――

 どうか、あの娘殿を支えてやってください」


「感謝する」

 レイクスは短く答えた。



 その時、扉の外から報告が届く。

「当主! 北門の敵、撤退を開始!」


 報告を受けたリストールがほっと息をついた。

「ようやく、一息つけそうですな……」


「落ち着いたら、エデンへ行くといい」

 レイクスが言った。

「丘が静かな風を呼ぶ。

 ……お前たちの心も、少しは休まるだろう」


「ぜひ、そうさせてもらいましょう」

 リストールが微笑む。

「あなたの“娘”が築いたその丘。

 それこそ、希望の象徴です」



 外ではまだ戦火の煙が上がっていた。

 だがこの一室だけは、

 久しく失われていた“安堵”が流れていた。


 レイクスは静かに席を立ち、

 窓の外、霞む街を見下ろす。


「……この街も、まだ生きてる」


 その声に、セバスが小さく頷いた。

「ええ。

 誓いは、確かに今へと受け継がれている。

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