マルターレス
アルカディア城塞都市。
外では遠く戦鼓が鳴り、赤く霞む空に煙が立ち上っていた。
北門と東の防壁は未だ修復が進まず、
城塞全体が、息を潜めたような緊張に包まれている。
そんな中、
瓦礫の街路を抜けて進む三人の影――
レイクス、セバス、クロエ。
彼らは戦乱の中をくぐり抜け、
マルターレス家の本邸、いや、今や臨時の司令館と化した白亜の館へ向かっていた。
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執務室の扉が開く。
机の上には報告書の山。
壁には赤線を引いた戦略地図。
その前に立つ男――
マルターレス家当主、リストール=マルターレス。
五十代半ば、戦場で鍛えた鋼の視線を持つ男だ。
「ヴァルトニア伯……いや、レイクス殿。
この混乱の中をよくお越しくださいました」
彼は深く一礼し、椅子をすすめた。
「――あの娘殿の件でしょうか?」
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「そうだ」
レイクスは淡々と答える。
「ヴィーナの件で、報告と礼を伝えに来た。
お前の騎士たちも、よく支えてくれた」
リストールの表情が少し緩む。
「“娘殿”とは……養女にされたと伺いました。
――あの目は、たしかにあなたに似ておりますな」
「似せたつもりはない」
レイクスはわずかに笑う。
「けれど、あの子は強い。
守る理由を知っている。
……それだけで十分だ」
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セバスが一歩前に出て補足する。
「ヴィーナ様は国境の砦を死守されました。
うさたん団――あの新設部隊が見事に連携し、
五千のゴブリンを撃退。
戦線の南側は安定しております」
クロエが胸を張る。
「ラビット族もよく戦いました。
ミルたちが導いて、砦の人たちを守ったんです」
「……聞いておりますよ」
リストールが机の上の報告書を指で叩く。
「ゼノからの書状にありました。
“ヴィーナ=ヴァルトニア男爵、国境砦防衛成功。
損害軽微。士気高し。”」
彼は小さく頷いた。
「彼女が率いたのは、貴族ではなく“人”の軍でしたね。
あの娘殿には、リースバルト卿と同じ気配を感じます」
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レイクスの瞳が静かに光を宿す。
「リースバルトの“志”を継ぐ者は多くない。
けれど、あの子は見ていないものを信じられる。
……それが、俺の誇りだ」
リストールは深くうなずいた。
「ゼノの件、正式に承認します。
彼は既にあなたの娘殿のもとで働いております。
マルターレスの名に恥じぬ剣として――
どうか、あの娘殿を支えてやってください」
「感謝する」
レイクスは短く答えた。
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その時、扉の外から報告が届く。
「当主! 北門の敵、撤退を開始!」
報告を受けたリストールがほっと息をついた。
「ようやく、一息つけそうですな……」
「落ち着いたら、エデンへ行くといい」
レイクスが言った。
「丘が静かな風を呼ぶ。
……お前たちの心も、少しは休まるだろう」
「ぜひ、そうさせてもらいましょう」
リストールが微笑む。
「あなたの“娘”が築いたその丘。
それこそ、希望の象徴です」
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外ではまだ戦火の煙が上がっていた。
だがこの一室だけは、
久しく失われていた“安堵”が流れていた。
レイクスは静かに席を立ち、
窓の外、霞む街を見下ろす。
「……この街も、まだ生きてる」
その声に、セバスが小さく頷いた。
「ええ。
誓いは、確かに今へと受け継がれている。




