レイクスとの旅6
城塞の影 ――英雄の墓前
風が吹いていた。
焼けた大地の匂いを洗い流すように、
白い花の丘を撫でて通り抜けていく。
マルターレス騎士団の老兵に導かれ、
三人はゆっくりと丘を登った。
その頂に、一つの黒曜石の碑が立っている。
――誓いの短剣と風花の髪飾り。
その紋章が彫られ、
下には静かに刻まれていた。
『リースバルト・マルターレス アルカディアの解放者』
周囲の花々が風に揺れ、光を受けてきらめく。
まるで、彼の眠る場所が今も“春”を宿しているようだった。
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レイクスは無言でその前に立った。
セバスも後ろで静かに頭を下げる。
クロエは少し離れた場所で膝をつき、
風に揺れる花びらを見つめていた。
「……お久しぶりだな、リースバルト」
レイクスの声は低く、風の音に溶けていった。
「二百年も経ったが、お前の街はまだ立っている。
……あの時、お前が言っていた通りだ」
彼は静かに目を閉じた。
「“誓いは遺すものじゃなく、託すものだ”――
お前の言葉を、今の世に繋いだ。
ヴィーナって娘がいる。
お前に似た、真っ直ぐな目をしてる。
あいつが今の時代の“光”だ」
風が吹き抜け、白い花が揺れた。
それはまるで、“聞いている”ようだった。
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「……旦那様」
セバスがそっと言葉をかける。
「この丘に来られるのは、これで何度目ですか」
「三度目だ」
レイクスは短く答えた。
「一度目は葬儀の夜、
二度目は……約束を誓いに来た日。
そして今は――報告をするためだ」
セバスが穏やかに微笑む。
「リースバルト様なら、きっとお喜びでしょう。
あなたがその約束を、今も守っておられることを」
「守れてるかは分からんさ。
……ただ、今も“誓い”が生きていることだけは確かだ」
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クロエがそっと口を開いた。
「……あの、“誓い”って……
どういう約束だったんですか?」
レイクスは少しだけ振り返り、
彼女を見て微かに笑った。
「“守ること”だ」
「……守る?」
「人も、夢も、未来も。
失うのは一瞬だが、守るのは一生だ。
だから俺たちは、誓ったんだ――
“何があっても、光を絶やさない”ってな」
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風が吹き抜けた。
クロエは思わず、花の一輪を手に取った。
柔らかくて、温かい。
命の名残がまだそこにあるようだった。
(――これが、英雄の“誓い”なんだ)
伝説でも、神話でもない。
ただ、誰かを守ろうとした人たちの願い。
それだけで、世界はこんなにも眩しく見えた。
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レイクスは最後にひとつ頷き、
碑の前に白い花を置いた。
風がやみ、空が静まる。
「……お前の街は、まだ続いてる。
誓いも、人も。
だから――」
彼は小さく息をついて、
ほんの少しだけ笑った。
「――おれ、結婚するよ。
きっと驚くだろうな」
その声は、まるで昔の友に冗談を言うようだった。
風が花びらを運び、碑の前に舞う。
それがどこか、笑っているようにも見えた。
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セバスがそっと肩を並べる。
「報告、完了ですね」
「ああ。長かったけどな」
レイクスは空を見上げる。
雲の切れ間から光が差し、丘の花を照らした。
クロエは静かに呟いた。
「……素敵な報告、ですね」
レイクスは振り返らずに答えた。
「生きてりゃ、報せたいことくらいあるさ」
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丘を下りる頃、風が再び吹き抜けた。
空は少し明るく、白い雲がゆっくり流れていく。
クロエが空を見上げて微笑む。
「……ねえ、きっと喜んでますよ」
「そうだな」
レイクスは短く答えた。
「“お前もやっと落ち着いたか”って、
笑ってそうだ」
その言葉に、セバスも静かに頷いた。
――風が止み、白い花がまた一輪、空へ舞い上がった。




