レイクスとの旅5
城塞の影
焦げた風が吹き抜けた。
城塞都市アルカディア――かつて「解放の光」と呼ばれた街は、
焼け焦げた匂いを残しながらも、なお立っていた。
崩れた石壁にかかる一枚の旗。
赤い短剣と、白銀の花飾り。
誓いの短剣と風花の髪飾り。
それは、マルターレス家を象徴する紋章だった。
「……あの紋章……」
クロエが足を止め、見上げる。
「“誓いの短剣”と“風花の髪飾り”……
ヴィーナ様の館でも、似た意匠を見たことがあります」
その言葉に、レイクスがわずかに歩みを止めた。
風が旗を揺らし、赤と白がかすかに光を返す。
しばし沈黙。
そして、低く穏やかな声が落ちた。
「……あれは、俺とリランダが贈ったものだ」
クロエが目を瞬かせる。
「えっ……贈った? どういうことですか?」
レイクスは旗を見上げたまま、言葉を選ぶように口を開いた。
「リースバルトが結婚したとき、祝いの品として贈った。
短剣は“誓い”の象徴、
風花は“彼女が笑っていた季節”の記憶。
――それを合わせて、ひとつの紋にした」
セバスが穏やかに笑う。
「懐かしいですね。
あのときリースバルト様は『飾るには惜しい』とおっしゃって、
そのまま家の旗印になさったのです」
「伝説の紋章って……そういう始まりだったんですね」
クロエが小さく呟く。
「後の人が“神話”にしたけど、
本当は……ただの、友への贈り物だったんだ」
「伝説なんて、後から誰かが作るもんだ」
レイクスは苦く笑う。
「最初はただの“信頼の証”さ。
それが二百年経って、神の名みたいに扱われるとはな」
彼の声には寂しさと誇りが入り混じっていた。
クロエは、旗の赤と白がもう一度揺れるのを黙って見つめた。
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そのとき、通りの奥から鎧の音が響いた。
マルターレス騎士団の兵が数名、
傷ついた鎧のまま駆け寄ってくる。
「――止まれ! 何者だ! ここはマルターレス領内、軍の警戒区域だ!」
先頭に立つ老騎士が、険しい目で三人を見据えた。
レイクスは一歩前へ出て、静かに答える。
「通りすがりだ。だが――リースバルトに会いに来た」
その名が響いた瞬間、空気が変わった。
老騎士の瞳が見開かれ、
若い隊長が息を呑む。
「……リースバルト様、だと……?」
副官の口が震える。
「まさか、貴殿……“雷光の――”」
「その呼び名はやめろ」
レイクスの言葉が鋭く遮る。
「俺はただ、古い友に会いに来ただけだ」
老騎士は沈黙したまま、やがて深く膝をついた。
その動きに、後ろの部下たちも一斉に跪く。
「……我らマルターレスの名を継ぐ者、
リースバルト様の友に膝を折らぬ者はおりません。
――お導きいたします。英雄の丘へ」
その言葉に、レイクスは短く頷いた。
「恩に着る」
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クロエはその光景を見つめながら、
胸の奥が熱くなるのを感じていた。
戦の焦げ跡の中で、
人々がまだ“誓い”という言葉を信じている。
(……英雄って、こんなにも静かな人なんだ……)
風が吹き抜け、灰を散らした。
誓いの短剣と風花の髪飾り。
その旗が、空の光を受けてやわらかく揺れていた。
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