表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レイクス戦記  作者: ゆう
ゴブリンの襲来
90/99

レイクスとの旅4

 風が焼けた街道を吹き抜けていく。

 焦土の果てに、ようやくそれは見えた。

 灰色の石壁――アルカディアの城塞都市。


「……あれが……」

 クロエが呟いた。

 遠くの空、城壁の外側に立ちこめる黒い煙。

 煙の下で、無数の影が蠢いていた。


「数が……多い」

 セバスが眉を寄せる。

「黒牙氏族の主力……ですね。包囲が完全です」


 街の外壁は炎に舐められ、塔の先端が崩れていく。

 遠くから悲鳴が風に混じった。

 ラビット族の少女――ミナが震える声で言った。

「お父さん……お母さん……あの中に……」


 クロエは拳を握った。

 けれど、何も言えなかった。



「……あれをどうする気ですか」

 クロエの問いに、セバスが視線を上げる。


「攻めるのではありません。突破します」


「まさか、あれを!? 三人で!?」


 セバスは小さく笑った。

「旦那様がいるのです。三人で十分ですよ」


 レイクスは無言で前へ歩き出す。

 風が吹いた。灰が舞い、黒い空が裂けた。

 その瞬間、圧力のようなものが空気に満ちる。


「……空気が……重い……?」

 クロエが思わず喉を押さえる。

 まるで大気そのものが震えているようだった。


 セバスが低く呟く。

「久しぶりですね……“本気”の空気です」



 黒牙の軍勢がこちらを見た。

 咆哮が上がり、波のように押し寄せる。


「……セバス」

 レイクスが呼んだ。

「右を頼む。左は俺がやる」


「了解しました。では――」


 セバスが軽く手を払う。

 その瞬間、大地がざわりと鳴った。

 足元の土が盛り上がり、岩壁のような塊がせり上がる。

 黒牙の群れがぶつかり、砕ける。


「うそ……これが……」

 クロエは声を失った。


 その横で、レイクスが剣を抜いた。

 音もなく、刃が風を裂く。


 雷鳴は――落ちなかった。

 ただ光だけが瞬き、百の影が消えていた。



 クロエは息を呑んだ。

 今まで見たどんな戦いよりも、静かだった。

 叫びも、怒号も、呪文もない。

 ただ、一撃ごとに世界が削られていく。


「……これが、英雄の戦い……」

 その声は震えていた。

 ミナがその手を握る。

「ねぇ……お姉ちゃん。助かるの?」


「――助かるよ」

 クロエは小さく笑った。

「だって、あの人たちは“奇跡を起こす人たち”なんだから」

 黒煙が空を覆い、太陽の光さえ届かない。

 焼けた大地に吹く風は、血と灰の匂いを運んでいた。


 黒牙の軍勢――その数、ゆうに三千。

 槍と棍棒を掲げ、狂気の咆哮をあげながら突き進む。

 それでも、レイクスとセバスは一歩も退かない。



「クロエ。下がっていなさい」

 セバスの声はいつも通り穏やかだった。

 だが、その一言で世界が変わった。


 彼の足元に、風が集まる。

 砂塵が巻き、空気が震える。

 低く、古い言葉が紡がれた。


 ――〈風精霊シルフィア、地母の腕にて導け〉


 瞬間、地が割れた。

 風が形を持ち、巨大な蛇のように蠢く。

 それは黒牙の群れを包み込み、渦を巻き上げる。

 砂嵐が壁となり、敵の前進を止めた。


「……これが、“おじいちゃん”の本気……?」

 クロエが息を呑む。


「おじいちゃんではありません」

 セバスは微笑んだ。

 「“執事”です」



 レイクスが剣を抜いた。

 音はなかった。

 ただ、世界が一瞬――止まった。


 雷鳴もなく、風も止まる。

 次の瞬間、視界の端で光が弾けた。


 十歩先にいた黒牙の巨体が、音もなく崩れる。

 さらにその奥、二十体、三十体。

 誰も見えなかった。

 誰も、動きを捉えられなかった。


「……消えた?」

 クロエの声が震える。


 セバスが淡々と言った。

「速すぎて、雷が追いつかないのですよ」



 地鳴りが走る。

 黒牙たちが再び咆哮をあげる。

 セバスの魔法障壁が軋み、風が悲鳴を上げた。


「数が多すぎる……!」

 クロエが叫ぶ。

「押し返せない――!」


 レイクスが歩み出た。

 その背を見ただけで、空気が変わる。


「セバス、風を上げろ」

「了解」


 次の瞬間、嵐が爆ぜた。

 風の柱が天へ伸び、灰を吹き飛ばす。

 空が割れ、そこに雷光が走る。


 それは雷鳴ではなかった。

 ――光の剣が、空から降り注いだのだ。



 クロエは目を見開いた。

 その光景は、言葉にならなかった。

 嵐と光がひとつになり、戦場を薙ぎ払う。

 黒牙の軍勢が、一瞬で沈黙した。


 光が消えたあと、残ったのは――

 焦げた大地と、ただ静かな風だけ。



「……なんて……」

 クロエの声が震える。

 ミナがその手を握っていた。


「お姉ちゃん……こわいの?」

「……ううん。違うの。

 “すごい”って、こういうことなんだね」


 彼女の目に映るのは、ただ立つ二人の背。

 英雄でも、魔法師でもなく、

 ――世界の重さを支える“存在”。



「終わりましたね」

 セバスが深呼吸しながら言う。

「旦那様、力を使いすぎでは?」

「少しな」

 レイクスは剣を納め、視線を城壁に向けた。


「まだ中に人がいる。行くぞ」


「はい」

 クロエは返事をし、ミナを抱き上げた。

 その手が震えているのに、

 心は、静かに燃えていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ