レイクスとの旅3
焦土の街道 ――生かす剣
森を抜けた途端、空気が変わった。
湿り気を含んでいた風が、一瞬で乾く。
焦げた草の匂いと、金属のような鉄の臭気が鼻を刺した。
「……ここまで焼けてるなんて」
クロエが息を詰めた。
地平まで続く黒い大地。
木々は灰の柱のように立ち尽くし、
遠くでは、焼け落ちた塔の残骸が風に揺れていた。
「数日前まで人がいた形跡があるな」
セバスが足跡を確認しながら言う。
「撤退は早かったようですが……逃げ遅れた者もいるかもしれません」
「探そう」
レイクスの声は短い。
けれど、その一言で二人の動きが止まった。
「……本気で言ってるんですか?」
クロエが小声で尋ねる。
「敵が戻ってきたらどうするんです」
「その時は、その時だ」
レイクスは平然と答えた。
「助けを求める声を聞いて、黙って通り過ぎるほど老けちゃいない」
「そういう意味で“若い”んですね……」
「だろう?」
⸻
焦げた道を進むうち、風に乗って微かな泣き声が聞こえた。
クロエが耳を立てる。
「子ども……? 東の瓦礫からです!」
三人が駆け出す。
崩れた民家の残骸の陰に、小さな影がいた。
ラビット族の少女――耳を折り畳み、震えていた。
「大丈夫だ、もう安全だ」
レイクスがそっと手を伸ばす。
少女は怯えた目で見上げた。
「おじさん……人間……?」
「……そう見えるか?」
レイクスが笑う。
「え、えっと……“ちょっとだけ”?」
少女の声にクロエが噴き出した。
「ちょっとって、どこ見て言ってるのよ!」
セバスが小さく咳払いをした。
「失礼。だがこの子、体温が下がっています。急ぎましょう」
⸻
少女を抱え、崩れた街道を進む。
夜明けの光が差し込み、焼けた土が赤く輝く。
そのとき、クロエの耳がぴくりと動いた。
「足音……十人、いや二十。早い!」
「黒牙の追撃か」
レイクスの表情が僅かに鋭くなる。
「セバス、時間を稼げるか」
「三分。限界です」
「十分だ。クロエ、子どもを連れて下がれ」
「でも――!」
「“誰かを生かす戦い”だ」
その言葉に、クロエの動きが止まった。
――前の夜、聞いた言葉。
それが、今ようやく意味を持つ。
「……はい!」
⸻
セバスが地面に手をかざす。
地鳴りが走り、崩れた瓦礫が浮き上がる。
風が逆流し、砂埃が壁のように巻き上がる。
そこを駆け抜け、レイクスが敵陣へ踏み込んだ。
剣が一閃。
音もなく、三体が倒れる。
「……来い」
その低い声が、敵を刺激した。
黒牙の群れが一斉に襲いかかる。
だが――一歩ごとに、閃光が走った。
斬撃の軌跡だけが残り、闇が裂ける。
セバスが目を細める。
「……あれでも“手加減”なのですよ」
⸻
クロエは丘の下で振り返った。
風に舞う灰の向こう、レイクスの姿が見える。
炎の中で動くその背は、どこまでも静かだった。
「――あの背中を、守れるように」
クロエが呟いた。
腕の中の少女が、小さく頷くように震える。
⸻
戦いが終わる頃、風が止んだ。
焼けた大地に、朝の光が差し始める。
レイクスは剣を収め、灰を踏みしめながら言った。
「これが“守る戦い”だ。
命は、奪うより繋ぐ方が難しい」
クロエは息を呑んだ。
その背に、確かに“騎士”の姿を見た気がした。




