レイクスとの旅2
峡谷の夜戦 ――見えぬ敵
夜の峡谷は、闇というより深い空洞のようだった。
風が岩肌を這い、遠くで砂を巻き上げる。
月は厚い雲に隠れ、星さえ見えない。
「……ここ、ほんとに道なんですか?」
クロエが足元を照らしながら言った。
「どう見ても崖ですけど……」
「崖でも進めるなら、それは道だ」
レイクスは平然とした声で答える。
「正気ですか……」
「たぶん、半分くらいは」
セバスが苦笑しながら後ろからつぶやく。
「旦那様は昔からこうなのですよ。道がなければ、歩いて作るお方です」
「……そんな話、笑えませんよ!」
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「敵影、南西。二十……いや、三十ほど。夜行種ですね」
セバスが目を細めた。
「黒牙の残党です。音と匂いで獲物を追います」
「夜に狩るタイプか……厄介ね」
クロエは剣を構えた。
「クロエ」
レイクスが静かに言う。
「見えない時は、目を使うな」
「……はい?」
「風を聞け。砂の動き、呼吸、鼓動。全部が“生きてる音”だ」
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クロエは息を整えた。
闇の奥から、かすかに“ざり”という音。
下から。
瞬間、双剣が走る。
肉を裂く音と同時に、悲鳴が夜に消えた。
「……やった……!」
「声を上げると、次が寄ってきますよ」
「す、すみませんっ!」
その声と同時に、背後の闇が動いた。
ゴブリンの腕が振り下ろされるより早く、レイクスの剣が閃いた。
風が鳴り、敵は崩れ落ちた。
「油断しすぎだ」
「……はい」
その声には怒りはなく、ただ静かな響きだけが残った。
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左側ではセバスが短く詠唱していた。
岩の陰に潜んでいた数体が、突如、土ごと崩れて落ちる。
「戦いは力で押すものではありません。
生きるための“理”を掴むのです」
「……ほんとに20代に見えるんですよね? セバスさん……」
「ええ。中身は百歳を越えておりますが」
「怖いこと言わないでください!」
わずかな冗談が、張り詰めた空気を少し和らげた。
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「敵、下層に移動中」
セバスが指を鳴らす。
「谷の中央に誘い込みましょう。音で惑わせます」
「囮役はクロエだな」
「またですか!?」
「派手に動けるのは君だけだ」
「ひどい! けど……了解!」
クロエは走った。
岩肌を蹴り、刃をあえて石に当てる。
甲高い金属音が闇に響く。
すぐに群れが反応した。
だが、クロエの姿はそこにはない。
音だけが走り、影が翻る。
逆方向から、双剣の光が閃いた。
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数分ののち、谷は静まり返った。
風が通り抜ける音だけが残る。
クロエは剣を下ろし、膝に手をついて息を整えた。
「……これで、終わり……ですか」
「終わりじゃない」
レイクスが淡々と答える。
「生き延びたなら、次は“誰かを生かす”戦いを覚えろ」
「……生かす戦い……」
クロエは小さく呟いた。
その言葉の意味はまだわからなかったが、
なぜか胸が熱くなった。
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夜が明けかけていた。
霧の向こうに淡い光が滲み始める。
セバスがマントを整えながら言う。
「少し休みましょう。
夜の空気を吸いすぎると、風邪をひきますよ」
「……え、戦場でそれ言うんですか」
「健康第一です」
レイクスが笑い、軽く頷いた。
「行こう。朝になる前に森を抜ける」
三人の足音が、白い霧の中へと消えていった。




