レイクスとの旅1
森の境界
森の奥から、乾いた枝の折れる音がした。
クロエは片膝をつき、息を潜める。
昼だというのに、光が差さない。
木々の間を何かが這う音――低く、湿った息づかい。
「三十……いえ、四十。群れですね」
セバスが短く告げる。
声に焦りはない。ただ、事実を並べている。
「面倒な数だな」
レイクスは小さくため息をつき、周囲の風を読む。
目の奥がわずかに鋭く光った。
「セバス、左を押さえろ。クロエ、右から回り込め。
森の出口に逃がすな」
「了解!」
⸻
地面を蹴ると、枯葉が舞った。
クロエは枝をくぐり、低い姿勢のまま木陰に身を滑り込ませる。
前方で、ゴブリンがこちらを向いた。
黄色い目がぎらつき、刃のような歯を剥く。
(早い……!)
咄嗟に一歩踏み込み、右の剣で弾く。
左の刃で喉を切り上げた。
血が散る。だが止まっている暇はない。
――次が来る。
背後の気配に反応して身をひねる。
二体目の爪が掠め、頬に熱い線が走った。
「くっ……!」
クロエが防御の体勢を取るより早く、
刃の間を吹き抜けるように何かが通り過ぎた。
ゴブリンが沈む。
その背後には、無音で剣を収めたレイクスの姿があった。
「悪くないが、まだ“次”を見てない」
穏やかな声に、冷や汗が滲む。
⸻
一方、左翼。
セバスはゆっくりと指先を動かしていた。
地面が小さくうねり、ゴブリンの足元を絡め取る。
落ちた瞬間、上から倒木が滑り落ちて潰した。
「戦いは力任せでは続きません。
立っていれば勝てるわけではないのですよ」
彼の言葉どおり、動きには無駄がない。
若い外見に似合わぬ落ち着きがそこにあった。
「セバスさん! 油断すると危ないですよ!」
「ご心配なく。こう見えても老練なのです」
「その見た目で“老練”は説得力ないですって!」
「ふふ……では“百年慣れた戦場の空気”とでも言いましょうか」
クロエが返す暇もなく、また敵が迫る。
⸻
戦いは長引いた。
息を切らし、汗を拭うクロエに、レイクスが静かに言う。
「止まれ。もういい」
残った数体のゴブリンが、いつの間にか崩れ落ちていた。
剣を振る音も、魔法の閃光もなかった。
ただ、終わっていた。
「……な、何を……」
「殺し合いに、形は要らない。
“勝ち方”を覚える前に、“死なないこと”を覚えろ」
淡々とした声。
しかしその一言が、クロエの胸に深く沈んだ。
⸻
戦場の跡に、風が吹き抜ける。
焦げた匂いと血の匂いが混じり合い、
森の奥で鳥が一羽だけ鳴いた。
「……あの」
クロエが口を開く。
「レイクス様って、どうしてそんなに静かなんですか」
「静かじゃないと、聞こえないだろ」
「……何が、ですか?」
「生きてる音だよ」
その言葉の意味は、まだ分からなかった。
でも、なぜか胸が熱くなった。
⸻
セバスが地図を広げる。
「この先は峡谷地帯。夜間行動になります」
「夜戦か」
レイクスが軽く頷く。
「クロエ、目を慣らしておけ。
次は“見えない敵”だ」
「はい……!」
三人は静かに歩き出した。
森の向こう、赤い夕日が落ちていく。




