三柱会議
「三柱会議 ――めでたき、雷鳴の報せ」
ヴァルトニア本邸・東翼応接室。
磨かれた黒檀の机の上に、蒸気を立てる茶器が三つ。
窓の外では雷雲が渦を巻き、遠くで稲妻が枝のように走っていた。
セバス=グレイウィンドは、香り立つ茶を一口すすり、
静かに言葉を置いた。
「――めでたい話ではありませんか。」
部屋の空気が止まった。
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正面に座るのは、影の頭領ゼフィール=ナイトレイス。
長い銀黒の髪を揺らしながら、冷ややかに笑う。
「……めでたい? 本気でそう思っているのか、セバス殿。」
「ええ、もちろん。
主の婚約を祝わずして、家臣とは言えません。」
「ふむ……だが相手が“あの”セリス=アルフェリア嬢だぞ。
十六歳。主との年齢差、実に二百年近い。
どう考えても雷が地に恋したようなものだ。」
「雷は、いつでも天と地の縁を結ぶものです。」
セバスは穏やかに微笑む。
「婚約もまた、主の歩んだ長い孤独に終止符を打つ“雷光”ですよ。」
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対面の壁際では、
竜鱗鎧を着た巨体――アルトミュラー=ヴァルハイトが、
腕を組んだままうなだれていた。
「……俺、まだ現実を受け止めきれてない……」
「現実逃避するな、竜。」
ゼフィールが淡々と茶を飲む。
「だってよ……セリス嬢って、あのヴィーナ殿と仲が良いじゃないか!?」
「ええ。今後は“母娘関係”になります。」
「……え?」
「つまり、ヴィーナ殿の友人が母になるわけだ。」
アルトミュラーの表情が完全に固まった。
「……処理不能……」
「竜の思考回路にも限界があるか。」
「ゼフィール、黙れぇぇ……!」
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セバスはため息をひとつ吐き、
懐から金縁の手紙を取り出した。
「こちらが正式な通達です。」
差し出された羊皮紙には、雷と翼と指輪の印。
そこに明確に記されていた。
『来年、春の初雷の夜、
レイクス=ヴァルトニアはセリス=アルフェリア嬢と婚姻の儀を挙げる。』
ゼフィールが目を細める。
「正式文書、か……本気だな。」
「当然です。」
セバスの声は柔らかく、それでいて確信に満ちていた。
「――ようやく、あの方も“生きる”という営みに戻られたのです。」
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「生きる……?」
アルトミュラーが眉をひそめる。
「ええ。二百年の間、主は戦いと祈りに費やしてこられた。
笑うことを忘れ、愛されることも拒んで。
……セリス嬢は、その氷を溶かす春の風となった。」
「……詩人みたいな言い方だな。」
「事実ですよ。」
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ゼフィールがカップをくるりと回す。
「だが、家としては波紋も出る。
分家の当主ヴィーナ殿の立場、少々複雑になるな。」
「そこは承知しています。」
セバスは軽く頷く。
「ですが、あの娘ならきっと笑って受け止めるでしょう。
雷の血より、花の心を継ぐ子ですから。」
「……雷と花、ね。」
ゼフィールがくすっと笑った。
「見事な取り合わせだ。」
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アルトミュラーが頭をかきながら、
小声でぼそりと呟く。
「……で、俺たちは何をすればいい?」
「まずは式の準備ですね。」
セバスが即答する。
「特に、護衛の配置と王家への書状確認。」
「また仕事が山積みかぁ……」
「筋肉は動かしてこそ意味があります。」
「俺の筋肉を万能にするな!」
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ゼフィールが窓の外の光を見上げる。
遠くの空で、春雷が鳴った。
「……しかしまあ、主らしいと言えば主らしい。」
「ええ。」
セバスが微笑む。
「雷はどこに落ちるか分からぬもの。
けれど、当たった場所には必ず芽が出るのです。」
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雷鳴が、ゆっくりと空に響く。
セバスは深く息を吐き、静かに言った。
「めでたいことですよ。
まったく……ようやく、あの方も“人の道”を思い出された。」
ゼフィールが苦笑し、
アルトミュラーは頭をかきながら、
「……めでたいけど複雑だな」とぼやいた。
だがその誰もが、
心の底では“ようやく来た春”を感じていた。




