セリスの想い。
ヴァルトニア本邸。
黒鉄の門が静かに開く。
風に揺れる旗は雷と翼の紋。
――けれど、ヴィーナの胸の奥には、別の光景が浮かんでいた。
(帰る場所は、エデン。
ここは“父の居場所”……)
緊張を隠すように小さく息を吐く。
クラウスが先導し、レナが一歩後ろを歩く。
「少し肩に力が入ってるわよ、姫様。」
「だって……お父さん、どんな顔してるのか……」
「怒ってたら、私が盾になるわ。」
「……頼りになります。」
ヴィーナは苦笑しながらも、
指先の震えを隠せなかった。
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雷の間。
高い天井から光が落ち、白い床に静かな影を作っている。
その中央――
レイクス=ヴァルトニアが立っていた。
プラチナブロンドの髪が光を受けて柔らかく輝き、
穏やかな灰の瞳が、まっすぐに娘を迎えた。
「……よく来たな、ヴィーナ。」
「――はい。」
彼女は思わず背筋を伸ばした。
声は落ち着いていたが、胸の奥が熱い。
目の前にいるのは、英雄であり、父。
けれど今の自分は“庇護される娘”ではない。
「報告をさせてください。」
そう告げる声がわずかに震える。
「エデンの開拓は順調です。砦の浄化も完了しました。
今は森の再生と……民の生活の安定を進めています。」
レイクスの口元がわずかに緩む。
「よくやった。」
その短い言葉が、雷鳴よりも胸に響いた。
⸻
扉の奥から、軽い足音。
「レイクス、入ってもいい?」
澄んだ声。
振り向けば、白いドレスの少女――セリスが立っていた。
16歳。
まだ少女のあどけなさを残した笑み。
「セリスさん!」
ヴィーナの顔がぱっと明るくなる。
「来てたんですね!」
「ええ。あなたが帰ってくるって聞いて、どうしても会いたくて。」
セリスは小さく花束を抱え、ヴィーナの手を取った。
その手は温かくて、少し震えていた。
「お疲れさま、ヴィーナちゃん。本当に、よく頑張ったわね。」
「いえ、そんな……。でも、セリスさんがそう言ってくれると安心します。」
「ふふ、よかった。」
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しばしの穏やかな時間。
けれど次の瞬間、セリスは花束を胸の前に抱き直し――
「あのね、ヴィーナちゃん。少し……大事な話があるの。」
「……大事な話?」
レイクスが静かに腕を組む。
その様子が、妙に“待っていた”ように見えて、
ヴィーナは首をかしげた。
「実はね――」
セリスは少しだけ頬を赤くして、
レイクスの隣に並んだ。
「私、この人と……結婚するの。」
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「……………………え?」
頭が真っ白。
世界が数秒、停止した。
「い、いま、なんと……?」
「結婚するの。正式には一年後。式は王都で。」
「え、一年後!? ……え、誰と!?」
「レイクスと。」
「ええええええぇぇぇぇぇぇぇ!?」
ヴィーナの叫びが雷の間に響いた。
レナが小さく頭を押さえ、クラウスが静かに目を伏せる。
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「ちょ、ちょっと待ってください! セリスさん、今十六歳ですよね!?」
「うん。」
「私、十八ですよ!?」
「知ってるわ。」
「年下のお母さんとか、世界の理がおかしいですっ!」
「ふふ……そんなに変かな?」
「変ですぅっ!」
セリスは少し笑い、レイクスを見上げた。
「でも、決めたの。ちゃんと一緒に歩いていこうって。」
「……本気なんですね。」
「うん。たぶん、世界で一番ね。」
ヴィーナは両手で頭を抱えた。
「も、もう、何なんですかこの家はぁぁぁ……!」
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レイクスが小さく咳払いをした。
「――ヴィーナ。」
「はいっ!?」
「驚かせたことは謝る。だが、セリスの意志を尊重した。
お前も、彼女のことを知っているだろう?」
「……ええ。でも……まさか“お母さん”になるとは思ってませんでした。」
セリスが少し照れたように笑った。
「無理にそう呼ばなくていいわよ? “セリスさん”のままで。」
「……助かります。」
「ただ、時々“お義母様”って呼ばれたらうれしいかも。」
「それは無理です!」
⸻
雷の間に小さな笑いが生まれる。
硬かった空気が少しだけ柔らいだ。
レイクスは二人を見て、静かに言った。
「家というものは、血ではなく、縁で繋がる。
――それを私自身が証明したいのかもしれん。」
その言葉に、ヴィーナはハッと顔を上げる。
「……お父さん。」
「お前も、この家の“未来”を背負う一人だ。
この先、私がいなくとも、支え合って歩め。」
「……はい。」
ヴィーナはゆっくりと頭を下げ、
そして照れくさそうに微笑んだ。
「……一年後、ちゃんとお祝いしますね。お父さん、セリスさん。」
セリスの頬が柔らかく緩む。
「ありがとう、ヴィーナちゃん。」
⸻
窓の外で雷光が一閃し、
ステンドグラスを白く染めた。
その光の中で、三人の影が静かに並ぶ。
――英雄と、少女と、その娘。
新しい“家族”の形が、
ヴァルトニアの館に生まれようとしていた。




