「召喚状 ――父のもとへ」
「召喚状 ――父のもとへ」
戦の余韻が残るエデンの丘。
風が静かに吹き抜け、夜明けの光が木々の間を縫う。
その空気を破るように、一本の封書が届く――
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――エデンの丘 翌朝
霧の薄い朝だった。
戦いの焦げた匂いはまだ風の底に残っていたが、
丘の空は晴れていた。
ヴィーナは執務机に広げられた報告書の束を見つめていた。
アルトミュラーは療養中、ゼノは伝令整理、レナは巡回、
そしてラビット族たちは開拓に取りかかっている。
「……みんな、ちゃんと動いてるなぁ。」
呟きながら、ペンを置く。
そのとき、扉がノックされた。
「失礼いたします、当主殿。」
入ってきたのはクラウスだった。
いつも通りの黒服、だが手に持つ封筒は異様な重みを放っていた。
「本邸より、急報にございます。」
「本邸? ……お父さんのところから?」
クラウスは無言で頷いた。
封蝋には、雷と翼と指輪――ヴァルトニア家の家紋。
ヴィーナの心臓が、ひとつ跳ねた。
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封を切る。
中には、淡い灰色の便箋。
筆跡は、見慣れたもの。
けれど、そこに込められた筆圧が、
いつになく重かった。
「ヴィーナ=ヴァルトニアへ。
本日より三日後、ヴァルトニア本邸に来たれ。
報告および説明を求む。
――レイクス=ヴァルトニア」
その文面に、部屋の空気が止まった。
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「……召喚状、ですね。」
クラウスの声は冷静だが、どこかに緊張が滲んでいる。
「お父さんが……私を呼んでる……」
ヴィーナの手が震えた。
「でも、どうして? 報告書はもう送ったのに……」
「おそらく――砦での戦の件です。」
クラウスは視線を落とす。
「本隊の許可なしに出陣、指揮権を越えた判断。
ヴァルトニアの名を継ぐ者として、問われる可能性があります。」
「……叱られる、ってことだよね。」
ヴィーナは小さく笑おうとしたが、その笑みはすぐ消えた。
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レナが入ってきた。
「今、召喚状の話を聞いたわ。」
「うん……本邸に呼ばれたの。」
「行くしかないわね。」
レナは迷いなく言った。
「けれど、今回は“娘”ではなく、“当主”として行くのよ。」
「当主として……」
「あなたはすでに一つの家を背負ってる。
ヴァルトニア分家の女主人として、どう判断し、どう戦ったのか。
問われるのはそこよ。」
ヴィーナは深く頷いた。
「……わかりました。ちゃんと話します。
私が、どうして戦ったのかを。」
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レナが微笑む。
「大丈夫。あなたなら言葉で戦える。」
ゼノが扉の外から声をかけた。
「姫、準備を。馬車の手配は済ませておく。」
ヴィーナは便箋を丁寧に折り、懐にしまった。
そして静かに言った。
「行こう。……お父さんに、ちゃんと話をしなくちゃ。」
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丘を吹き抜ける風が、髪飾りを揺らした。
遠く、ヴァルトニアの雷雲が光を帯びる。
――娘は、父のもとへ帰る。
英雄の名を背負い、ひとりの領主として。




