静かなる帰還
エデンの丘 夕暮れ
森の上に、橙色の光が落ちていた。
焼けた砦の匂いがまだ風に混じる。
けれどその丘だけは、どこか懐かしい空気に包まれていた。
ラビット族の子どもたちが、丘の斜面に灯をともしている。
ひとつ、またひとつ。
帰還を告げる明かりが、夜を迎えるように広がった。
「……ただいま、戻りました」
ヴィーナが静かに口を開く。
その声に、仲間たちがそれぞれの位置で息をついた。
レナは鎧の留め金を外し、
ゼノは剣を壁に立てかける。
「まるで一週間戦ってたみたいだな。」
「実際そんなものよ。」
レナが答えた。
「戦場にいた時間より、気を張ってた時間のほうが長い。」
ヴィーナは微笑みながら頷く。
「でも、みんな無事でよかったです。
……アルトミュラーさんも、ね。」
そう言って視線を向けた先で――
巨体の竜騎士が、床に正座していた。
⸻
「……お前は、何を考えていた?」
低い声が響く。
目の前に立つのはセバス=グレイウィンド。
ヴァルトニア家の三柱の一人。
灰銀の髪が夜灯の光を受け、冷たく揺れている。
「まさかとは思ったが……単騎で突入とはな。
お前のその判断、誰が許可した?」
「……そ、それは……」
アルトミュラーの声が掠れた。
「ヴィーナ殿の作戦に支障が出ていたのは承知している。
だが、貴様の行動は軍規違反に等しい。」
静寂が広がる。
うさたん団の面々も言葉を失い、ただ息を呑む。
⸻
「……セバス様。私から申し上げても、よろしいですか?」
ヴィーナが一歩前に出た。
「許す。」
彼女は息を整え、言葉を選んだ。
「アルトミュラーさんは……命令を破りました。
でも、その行動がなければ、砦の奪還は間に合わなかったと思います。」
「事実として結果を優先するか?」
「いいえ。
――命令を守ることと、人を守ること。
その両方を選べる人であってほしいと、私は思います。」
静かな声。
だがその響きは、焚き火の光よりも強く暖かかった。
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セバスは目を閉じ、わずかに顎を引いた。
「……なるほど。
言葉だけで戦を鎮めるとは、さすが“彼の娘”だな。」
アルトミュラーが顔を上げる。
「セバス様……」
「お前の武勇は疑わん。だが次からは、主命を優先しろ。
……レイクス様も、怒るより先に呆れるだろう。」
「……はい。」
その返事は小さく、しかし確かなものだった。
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ゼノが腕を組んだまま呟く。
「竜壁も、壁のまま倒れなかっただけ上出来だな。」
「口が悪いぞ、ゼノ。」
セバスが淡々と返す。
「昔からです。」
「知っている。」
二人の間に、わずかな笑いが流れた。
張り詰めていた空気が少し緩む。
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レナがそっと立ち上がり、
肩を並べるようにヴィーナの隣へ来た。
「姫様。」
「はい?」
「あなたの判断は間違ってなかった。
けれど――命令を預かる者として、
次はもう少し、背負う覚悟を持ちなさい。」
ヴィーナは小さく息をのむ。
「……はい。」
レナの視線は厳しかったが、
その奥には確かな信頼があった。
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セバスが全員を見渡した。
「本日の報告は以上とする。
砦は封鎖、周辺の警戒はヴァルトニア本隊が引き継ぐ。
お前たちは三日の休息を取れ。」
「三日……」
アルトミュラーがぽつりと呟く。
「それ以上は与えぬ。」
「……感謝します。」
セバスは踵を返し、夜の中へと消えた。
その背に、ヴィーナは深く頭を下げた。
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静寂のあと、レナがぽつりと呟いた。
「さすがに、あの方を怒らせると怖いわね。」
「うん……雷より怖かった……」
ヴィーナの小さな声に、皆がくすっと笑った。
そして丘の上に、夜風が吹く。
月が昇り、エデンの灯火がまたひとつ増えた。




