エデンの丘
エデンの丘
地図の上に灰色の石が並び、クラウスが静かに指を走らせていた。
「……南部の砦が完全に沈黙。黒牙の勢いは衰えておりません。」
ゼノが腕を組む。
「援軍を要請するにしても、王都からの返答は――」
ドンッッッッ!!
天幕の扉が外側から吹き飛んだ。
風と共に、黒鋼の影が現れる。
「……誰っ!?」
ヴィーナが驚いて立ち上がる。
「ヴァルトニア第一騎士団、アルトミュラー=ヴァルハイト! 援軍に来た!」
「え? 命令は――」
「受けてない!」
その瞬間、クラウスの額に青筋が浮かび、
ゼノがこめかみを押さえた。
「……三柱の特権ってやつかよ……」
ヴィーナはおそるおそる笑顔を作る。
「え、えっと……来てくださってありがとうございます……?」
「うむ、当然だ! ぴより姫(※ヴィーナ)を守るためにな!」
胸を張るアルトミュラー。
「……誰がぴより姫だ。」
ゼノがぼそりと呟いたが、誰も止められなかった。
⸻
そんな中、レナだけが立ち上がり、無言で彼を見つめていた。
重い鎧の音を響かせ、アルトミュラーが一歩、二歩と近づく。
「……お前、あの試験の盾の女だな。覚えてるぞ。」
「ええ、忘れるわけないでしょ。試験場の地面、半分吹き飛ばした人。」
「戦いとは全力で挑むものだ!」
「試験だったんですけどね?」
「戦場はいつも試験だ!」
「……この人、真顔で言ってる……」
ヴィーナが苦笑し、エリカが小声で「脳筋だ……」と呟いた。
⸻
アルトミュラーはまっすぐレナを見つめ、拳を握る。
「お前の盾、俺の竜槍にも匹敵した。惚れた!」
「え?」
「いや、戦い方にだ! たぶん!」
「……“たぶん”って何よ。」
レナの目が細くなる。
「いや、その……なんか胸が熱くなって……こう、ズドーンと……!」
「語彙力をください。」
天幕の中、ゼノが肩を震わせ、クラウスが溜息をつく。
ヴィーナは頬を押さえながら小声で笑った。
「レナさん、負けないで……」
「ぴより姫も笑ってる!?」
「だって、かわいいんだもん……!」
⸻
アルトミュラーが気を取り直し、地図の上に手を置いた。
「とにかく! 黒牙を叩く! それでよかろう!」
「戦略も確認せずに?」
「考えるのは戦いながらだ!」
「……脳が筋肉でできてるのかしら。」
レナのため息に、ヴィーナが肩を震わせる。
「ふふっ……アルトミュラーさんって、すごく……元気ですね!」
「ほ、褒められた!?」
「ええ、とっても……(扱いやすい)」
その瞬間、ゼノが小声で呟く。
「レナさん……こいつ完全に掌の上ですね。」
「ええ。脳筋は褒めて伸ばす主義なの。」
アルトミュラーの耳まで真っ赤になり、
「な、なにっ……そ、そんなこと言っても、俺は動じんぞ……!」
と言いながら背筋を伸ばす姿は、どう見ても犬だった。
⸻
クラウスが苦笑混じりに締める。
「……では、“問題児の援軍”も加わったということで、軍議を再開しましょう。」
レナがにっこり笑って言った。
「はい、団長。彼、使い道はあると思います。盾代わりに。」
「なっ……俺は槍だぞ!?」
天幕の外、兵たちの笑い声が広がる。
こうして――エデンの丘にまた一人、
新たな“問題児”が加わったのだった。




