誓いの風
誓いの風
夕暮れの光が、エルディナ西訓練場を黄金色に染めていた。
熱気を残した砂の上に、白布の旗がはためく。
旗の中央に描かれた“うさぎと髪飾り”が、夕陽を反射して柔らかく光っていた。
観客席にはざわめき。
戦いを終えた志願者たち、町の人々、騎士団の関係者――
誰もが息を潜め、この瞬間を待っていた。
中央の壇上に、ひとりの少女が立つ。
風に揺れる淡金の髪。
ヴァルトニア分家当主、ヴィーナ=ヴァルトニア。
彼女は胸に手を当て、まっすぐに立っていた。
その背には、ゼノ、レナ、ナツキ、エリカ、クロエ。
信頼と誓いを共にする仲間たち。
⸻
「――これより、“うさたん団”の正式合格者を発表します」
ヴィーナの声が、静かに訓練場に響いた。
昼間の緊張がまだ残る砂の上、
志願者たちの視線が彼女に集まる。
そのとき、場の端で扉が静かに開いた。
白金の外套を翻す男と、灰銀の執事。
ヴァルトニア伯爵 レイクス=ヴァルトニア、
そして執事長 セバス=グレイウィンド。
誰も予想していなかった二人の姿に、
観客が息を呑んだ。
しかしレイクスはただ軽く頷き、
ヴィーナに穏やかな視線を送った。
(……お父さん。見ていてくれるんだ)
胸の奥に灯る誇りと緊張を抱え、
ヴィーナは深呼吸し、言葉を紡いだ。
⸻
「第一合格者――
イザベル=クロイツァー隊の試験で、折れぬ意思を示した者。
リオ=グランツ。」
青年が前へ進み出る。
剣を抱え、真っ直ぐに頭を下げた。
「……俺の夢は、ヴァルトニア騎士団に入ることでした。
その旗の下に立てて、誇りです!」
ヴィーナは頷き、微笑む。
「夢は“誓い”に変えるもの。
これからは私たちと、同じ夢を見ましょう」
リオは深く頭を下げた。
「はいっ!」
⸻
「第二合格者――
レオニス=フレイヴァン隊の試験で、均衡の盾を示した者。
カイル=レンドルフ。」
折れた盾を手に、青年が進み出る。
静かな誇りの表情を浮かべながら、胸に拳を当てる。
ヴィーナは彼を見て言った。
「あなたの盾は、私たちの背を守るためにある。
どうか、仲間を信じて、共に立ってください」
「必ず……守り抜きます。当主殿の旗のもとで!」
⸻
「第三合格者――
サイラス=エルグレイン隊の試験で、理を越える心を示した者。
ラビット族の剣士、ミル=ホワイトウィンド。」
ミルがぴょんと跳ねるように壇上に上がり、
耳を揺らして笑顔を見せる。
「えへへ、跳ねちゃだめ?」
ヴィーナはくすりと笑い、手を差し伸べた。
「むしろ大歓迎。うさぎの跳躍は、うさたん団の象徴だもの」
会場から笑いと拍手が起こる。
⸻
ヴィーナは三人の前に立ち、
声を張り上げた。
「――以上の三名を、ヴァルトニア分家“うさたん団”の正式合格者とします!」
砂を震わせるような拍手。
旗が風に踊り、夕陽が白布を照らした。
その光の中で、レイクスとセバスが互いに視線を交わす。
セバスが小声で呟いた。
「立派に当主としての役目を果たされましたな」
レイクスはわずかに笑う。
「……ああ。これなら“あの企み”も悪くない」
セバスの瞳が細く光る。
「ええ、旦那様。夜が、楽しみでございます」
誰もその会話を知らないまま、
訓練場に歓声が響き渡った。
ヴィーナは風に髪をなびかせ、
胸の奥に静かな誓いを刻んだ。
「――ここからが始まり。
ヴァルトニアの名に、恥じない家を築いてみせる」
風が止んだ。
夜の闘技場に、月光が銀の道を描く。
レイクスが壇上に立ち、低く告げた。
「――ヴァルトニアの名を掲げる者すべてに。
今宵、“誓い”を見せよう」
静寂。
その中を、灰銀の影が歩き出す。
燕尾の裾が砂をかすめる。
執事長――セバス=グレイウィンド。
その瞬間、観客の息が止まった。
⸻
三柱の部隊長が前へ進む。
イザベル、レオニス、サイラス。
彼らの間に火花が散る。
ヴィーナが呟いた。
「お父さんの……サプライズって……これのこと……?」
ゼノが息を詰める。
「ヴァルトニアの頂を……“実演”する気だ」
レイクスがゆっくりと手を上げた。
「――始めろ」
⸻
爆音。
世界が裂けた。
イザベルの剣が光を刻み、
レオニスの竜力が空を揺らし、
サイラスの魔法陣が七重に展開される。
夜が昼に変わるほどの閃光。
熱と衝撃と雷鳴――
すべてが一点に集中する。
だが、そこに立つ男は動かない。
⸻
セバスは、わずかに目を閉じた。
風が逆流する。
炎が凍り、雷が消え、氷が霧に変わった。
衝撃が音を失い、光が静まる。
彼が一歩踏み出しただけで、
世界そのものが礼をするように沈んだ。
砂が舞い上がり、三人の背を撃つ。
「……な……!?」
「私の剣が……届かない!?」
「魔力が……止まるだと!?」
⸻
セバスの声が響く。
「力は心を磨かねば狂う。
誓いを忘れた刃は、ただの暴風です」
掌がひと振りされる。
その瞬間、三人の体が弾かれ、
砂煙が闇に散った。
観客が立ち上がり、
その異次元の光景をただ見つめるしかなかった。
⸻
やがて、風が止む。
三隊長は膝をつき、息を荒げる。
セバスの服には、塵ひとつついていなかった。
「……これが、ヴァルトニアの“誓い”」
彼は静かに呟き、胸に手を当てた。
「――だが」
その目が、夜空の月を映す。
「上には、まだ上がございます。
頂は、これでは終わらない。
旦那様には、剣でも魔法でも、私はまだ届かない。」
⸻
場が凍る。
イザベルが唇を震わせる。
「……この力で……届かない、だと……?」
レオニスが低く呟く。
「まるで神話だ……」
サイラスの瞳に震えが走る。
「理を超えた上に、さらに上が……」
観客の誰もが、言葉を失っていた。
⸻
レイクスが静かに壇上から降りる。
「見ただろう。
ヴァルトニアの頂とは、“誓いを生きる者”の証。
剣でも魔法でも届かぬ高み――
それを追うことこそ、我らの務めだ」
セバスが片膝をつき、
深く頭を垂れる。
「この命、誓いと共に」
⸻
その言葉を聞き、
ヴィーナは旗を握りしめた。
「……うさたん団は、必ず追いつきます。
たとえ百年かかっても――
私たちは、ヴァルトニアの誓いに届いてみせます!」
ゼノが笑う。
「上を見上げて進むのが、俺たちの誓いだ」
レナが頷く。
「そう。誓いは、止まらない」
風が吹いた。
旗がはためき、白布に描かれた“うさぎと髪飾り”が月光を反射する。
その光が、闘技場の誰の目にも届いていた。
⸻
レイクスが空を見上げ、静かに呟く。
「――誓いの風は、次の世代へ渡ったな」
セバスが微笑む。
「ええ。ですが……旦那様。
頂は、まだ貴方のものです」
レイクスは小さく笑い、
夜空を見上げた。
月が照らすその光景は、
まるで“誓い”そのものが形を取ったように、美しかった。




