うさたん団
荘厳な鐘の音が鳴り響く。
その合図と共に、エルディナ王城の大広間の扉がゆっくりと開かれた。
白亜の柱に囲まれた広間には、すでに多くの廷臣と貴族たちが列を成している。
ざわめきは渦のように広がっていた。
「ヴァルトニア伯の養女だと……?」
「まだ若い娘を男爵に叙任するなど前代未聞だ」
「だが、ヴァルトニア家からの要請であれば――女王といえど拒めはせぬ」
ささやきが飛び交う中、玉座の上に女王が姿を現した。
蒼き宝石をあしらった冠を戴き、静かに手を掲げると広間は一斉に静まり返る。
「静粛に――」
澄んだ声が響き渡り、やがて視線は玉座の前へと注がれる。
進み出たのは、白銀のローブを纏った少女。
ヴィーナ・ヴァルトニア。
仲間たちを伴い、真っ直ぐに女王の前へと進み出る。
女王の声が大広間に響いた。
「ヴィーナ・ヴァルトニア。汝を本日より男爵に叙す。
ヴァルトニア分家を立ち上げ、己が旗の下に騎士を束ねよ」
広間に驚きのざわめきが走った。
「本当に……叙任が……!」
「ヴァルトニアの娘が旗を掲げるのか……!」
しかし、そのざわめきすらも女王の一声で鎮まる。
玉座脇の文官が進み出て、白布に描かれた一枚の旗を掲げた。
白地に、跳ねる兎と光を散らす髪飾りの意匠――
それが、ヴィーナの新たな旗印だった。
「……うさぎ?」
「なんとも……愛らしい……」
戸惑いの声が広間に漏れるが、不思議と旗からは目が離せない。
ヴィーナは胸に手を当て、まっすぐに頭を垂れた。
「女王陛下。この旗と共に、必ずや民を守り抜きます。
ヴァルトニアの名に恥じぬよう、この命を賭して戦うことを誓います!」
その澄み渡る声に、広間は静まり返った。
次の瞬間、女王がゆるりと微笑む。
「よく言った。――ならば行け、若き男爵よ。
その旗を掲げ、王国に新たな光をもたらすのだ」
ヴィーナは顔を上げ、仲間たちに目を向けた。
叙任式を終えたその夜、王城の宴の間は燭台の光と音楽に包まれていた。
弦の調べが流れ、煌びやかなドレスに身を包んだ貴族たちがグラスを掲げる。
その中央に立たされているのは、まだ幼さを残す少女――新たに叙任された男爵、ヴィーナであった。
「……こ、こんなに人が……」
視線が突き刺さるようで、思わず肩に力が入る。
「堂々としとけって」
ナツキが横から軽く肘で小突き、茶化すように笑った。
「笑ってりゃ案外なんとかなるもんだ」
クロエはグラスを揺らしながら周囲を一瞥し、低く言った。
「……視線の半分は好奇心、半分は猜疑心だ。気を抜くな」
エリカは緊張で手を震わせ、ヴィーナの袖をぎゅっと握る。
「わ、わたし……怖い……でも、がんばる……」
その時、レナが一歩前に出て、やさしく微笑んだ。
「大丈夫ですよ、ヴィーナ。あなたはもう立派に叙任を受けた男爵です。
胸を張っていればいい。周りのざわめきなんて気にする必要はありません」
落ち着いた年上の声音に、ヴィーナは小さく頷いた。
「……うん、ありがとう、レナ」
そのやりとりを見守りながら、ゼノは人の輪から半歩下がって立ち、黙したまま会場を見渡していた。
――この場で堂々と立つ少女こそ、これから自分が仕える主君なのだ。
胸に灯る誇りが静かに熱を帯びる。
広間の片隅、深紅のマントを纏ったレイクスは杯を傾け、ただ娘を見ていた。
彼がそこにいるだけで、貴族たちの囁きは自然と消える。
「ヴァルトニア伯が後ろにいるからだ……」「逆らえる者などいない……」
そんな小声が散ったが、レイクスは気に留めず、ただ灰色の瞳を細めた。
(……よくやったな、ヴィーナ)
口元に浮かぶのは父としての柔らかな微笑――それを見たのは、ごく近くにいたセバスとゼフィールだけだった。
やがて女王が玉座の席から立ち上がり、杯を掲げる。
「皆よ、祝福を! 新しきヴァルトニアの旗に!」
音楽が一層華やかに鳴り響き、会場に拍手が広がった。
人々の視線を受けながら、ヴィーナは胸いっぱいに息を吸い、笑顔を浮かべる。
「……私、必ずやり遂げる。みんなと一緒に」
その決意の光は、宴の喧騒の中で確かに輝きを放ってた。
叙任式を終えた翌日、ヴィーナと仲間たちはエルディナ郊外にあるヴァルトニア家の別邸へと向かった。
本邸の壮麗さと比べれば小さく簡素だが、白壁と緑豊かな庭に囲まれた館は、どこか温かな雰囲気を湛えていた。
門をくぐると、すでに黒服の男が整然と立っていた。
背筋を真っ直ぐに伸ばし、白髪混じりの短髪、年齢を重ねた皺が刻まれている。
その眼差しは鋭くも穏やかで、重みのある存在感を放っていた。
彼は深々と一礼し、重厚な声を響かせた。
「お待ちしておりました。クラウス=ハーウィンと申します。本日より、この別邸を“分家の館”としてお預かりいたします」
ヴィーナは慌てて姿勢を正し、深く頭を下げる。
「……ヴィーナ・ヴァルトニアです。よろしくお願いします!」
クラウスは表情を崩さぬまま、しかしわずかに目元を和らげた。
「若き主よ、どうかこの老骨をお役立てください。
伯爵様より、あなたを支えることが私の務めと仰せつかっております」
ナツキが小声で「なんか堅いなぁ……」と呟くと、クロエが肘で小突いた。
レナは真剣な眼差しでクラウスを見つめ、「頼りになりそうな方ですね」と呟く。
エリカは不安げにヴィーナの袖を握っていたが、クラウスの落ち着いた声に少し安心したように微笑んだ。
クラウスは館の方を指し示し、案内を始める。
「館は本邸より小規模ですが、庭と訓練場を備えております。
使用人は十数名、皆この館に仕える覚悟を持っております。
どうぞ、ご自身の家としてお迎えください」
ヴィーナは息を呑み、胸に手を当てた。
「……これが……私の家……」
仲間たちもまた、真新しい館を見渡し、それぞれに思いを馳せていた。
ゼノは腕を組んだまま館を見上げ、心の奥で熱を覚える。
――ヴァルトニアの“名”を掲げるこの家。その旗の下で、自分は剣を振るうのだ、と。
クラウスは静かに振り返り、告げる。
「さて、次は騎士団選抜の件にございますな。候補者はすでに集めております」




