英雄の館2
英雄の館2
重厚な扉がゆっくりと開かれ、執務室の奥に光が射し込む。
そこに立っていたのは――ヴァルトニア伯爵、レイクス。
長いプラチナブロンドの髪が真っ直ぐに流れ、穏やかな薄い灰色の瞳が娘を見つめていた。
普段なら威厳を帯び、誰もが畏れる眼差しも、今はただ柔らかい。
「……よく来たな、ヴィーナ」
「お父さんっ!」
ヴィーナは駆け出し、その胸に飛び込む。
レイクスはしっかりと抱きとめ、大きな手で頭を撫でた。
「……見ない間に大きくなったな。元気そうで安心した」
「も、もう! 人前でそういうこと言わないで!」
「言いたくなるんだ。お前は私の娘だからな」
父と娘の再会に、周囲の空気が一気に和らいだ。
英雄と呼ばれる男が、娘の前ではただの父親――その落差に、セバスもアルトミュラーも言葉を失う。
やがてレイクスは、娘の背後にいる者たちへ視線を移した。
「……その後ろの者たちは?」
「紹介するね!」
ヴィーナは仲間を順に指し示した。
⸻
「まずはレナ! いつも一番前で守ってくれるの!」
レナは堂々と一歩前に出て、胸に拳を当てる。
「レナ・カーディナル。盾を掲げ、仲間を守るのが私の務めです」
「さすがレナ! 真面目でかっこいいでしょ!」
「ヴィーナ……余計なひと言を」
「だって本当だもん!」
レイクスは頷いた。
「頼もしい。ヴィーナを任せる」
「はい」
⸻
「次はナツキ! 剣の人!」
「紹介の仕方が雑だろ!」ナツキが慌てる。
それでも一歩前へ出て、頭を掻きながら。
「ナツキ・アルベイン。未熟ですけど……剣で支えます」
「ほんとはすっごく優しいんだよ!」
「ヴィーナ! それは言うな!」
仲間たちから小さな笑い声が漏れ、緊張がほぐれた。
⸻
「それからクロエ! 器用で、双剣が得意なんだ!」
クロエは犬耳をぴくりと揺らし、双剣の柄に軽く触れて名乗った。
「クロエ・リュシアン。双剣を振るいます。……雑務も任せてください」
「クロエはね、ご飯作るのも上手なんだよ!」
「……そういう紹介は要らない」
クロエは尻尾を押さえ、そっぽを向いた。
「本当のことなのに!」
犬耳が赤く染まり、仲間たちは笑いを堪えた。
⸻
「最後にエリカ! 魔法が得意で、私の友達!」
小柄な少女がもじもじと前に出る。
「……エリカ・フローレンス。火と風の魔法が使えます」
「臆病だけど、すごく頑張り屋なんだよ!」
「ヴィーナぁ……それ言わないで……!」
エリカは顔を赤くして縮こまる。
レナが横で「でもその通り」とフォローし、さらに赤面した。
⸻
レイクスは全員を見渡し、ゆっくりと頷いた。
「……良い仲間に恵まれたな」
「でしょ!」ヴィーナは満面の笑みで胸を張った。
「それと!」ヴィーナが思い出したように声を上げる。
「パーティーじゃないけど、一緒に来てくれたゼノさん!」
ゼノは落ち着いた仕草で前に出て、礼を取った。
「ゼノ。マルターレス家の騎士団で副隊長を務めています。……今回は縁あってヴィーナと共に動いていました」
レイクスは頷き、真剣な眼差しで見やる。
「そうか。マルターレスの副隊長がここに来るとは。……よく来てくれた」
「いえ」ゼノは簡潔に答える。
そのやりとりを聞いたヴィーナが、にやりと笑った。
「お父さん聞いて! ゼノさんね、昔ヴァルトニア騎士団の試験を受けたんだよ!」
「ヴィーナ……!」ゼノは額を押さえた。
セバスが気まずそうに咳払いをして眼鏡を直す。
「……その通りでございます。あの時、私が試験官を務めておりました」
「で、落ちたんだって!」
「……不合格だ」ゼノは観念して吐き捨てる。
室内に小さな笑いが広がる。
レイクスは喉の奥でくつくつと笑った。
「挑んだことに意味がある。未熟でも構わん。今ここにいる――それが答えだ」
ゼノは少し気恥ずかしそうに視線を逸らした。
「……恐縮です」
⸻
父娘のやり取り
「ね、お父さん! ゼノさん今はすごいんだから!」
「……ああ。見れば分かる」
レイクスは娘の頭を撫でながら、穏やかに言った。
「ヴィーナ。お前は本当に良い仲間に恵まれたな」
「うんっ! みんな大好き!」
にこにこ笑う娘を見て、レイクスの目は柔らかく細められる。
「……やはり、お前は私の誇りだ」
「も、もう! またそういうこと言う!」
ヴィーナは顔を真っ赤にして抗議するが、腕の中から離れようとはしなかった。
ナツキは小声で「完全に娘バカだな」と呟き、クロエの耳がぴくりと動く。
レナは苦笑し、エリカは羨ましそうにその光景を見つめていた。
――その和やかな時間を裂くように、扉が荒々しく叩かれた。
「失礼いたします!」
甲冑の音を響かせ、伝令の騎士が駆け込む。
「伯爵様! 北の砦から急報です! ゴブリンの群れが国境を越えました!」
空気が一変する。
甘やかな雰囲気は消え、室内に緊張が走った。
レイクスは一瞬だけ娘の肩を抱きしめ、それから鋭い眼差しで伝令を見据えた。
「……詳しく報告せよ」




