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レイクス戦記  作者: ゆう
ゴブリンの襲来
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英雄の館

英雄の館


エルディナの街並みを抜けると、黒鉄の門と高い石壁がそびえ立っていた。

門柱には「雷・翼・指輪」の紋章が刻まれ、陽光を浴びて赤金に輝いている。

そこが――ヴァルトニア伯爵邸。人々から「英雄の館」と呼ばれる場所だった。


門前には今日も数十人の見学者が集まっていた。

巡礼者のように祈りを捧げる老女、英雄譚を語る父親と子ども、憧れの眼差しで見上げる若者たち。

彼らは皆、刻まれた紋章に畏敬を込めて見上げている。


「……ここが、お父さんの家……?」

ヴィーナは小さく息をのんだ。

彼女にとってはただの“父の住まい”。けれど人々にとっては、祈りと伝説の象徴だった。


仲間たちも息を詰める。

「すごい……まるで城だね」クロエが耳をぴんと立てる。

「いや、俺たち場違いじゃないか?」ナツキが肩をすくめる。

「ひ、人が多い……視線が怖い……」エリカはフードを握りしめ、レナは盾を抱えて静かに歩みを進めた。

ゼノは一行の後ろに立ち、ただ黙って門を見上げていた。


黒銀の甲冑を纏った門番が一歩進み出る。

「止まれ。ここはヴァルトニア伯爵家――英雄レイクス様の御館。身分と用件を告げよ」


その声に、見学者のざわめきが止み、一斉に視線がヴィーナたちへ集まった。

ヴィーナは答えようと一歩踏み出す――が、その前に門番の目が彼女の姿に釘付けになった。


「……そのローブ……!」

もう一人の門番も目を見開く。

「星と蔦と光……“誓いの短剣”と“風花の髪飾り”を象る隠し紋……!」


「まさか、“誓いの証”……!」

見学者の間にざわめきが広がる。


「その意匠を纏える者は、本来限られているはず……!」

「だがもし偽装なら……大罪だぞ!」

「本物か、それとも不敬な偽者か……!」


剣の柄に手がかかり、場の空気が一気に緊張する。

ナツキが舌打ちして構え、クロエは牙を剥いた。

エリカは怯えて後ずさり、レナは仲間を庇うように盾を掲げる。


「ち、違うの! これは――お父さんからもらった服なんだよ! 旅にちょうどよくて……!」

必死に訴えるヴィーナ。

だがその言葉は、門番や群衆にとっては信じがたい。

「……父から? ならばなおさら、真偽を確かめねばならん」


剣が半ば抜かれた、その時。


「待て」

低く重い声が場を裂いた。ゼノが前に出る。


「その紋様を我らが知らぬはずがない。――それは、リースバルト卿とレイクス殿が交わした誓いの印。

 “誓いの短剣”と“風花の髪飾り”。今は我がマルターレス家の家紋として受け継がれているものだ」


群衆が息を呑む。「マルターレス家……!」


ゼノはさらに言葉を重ねた。

「この娘はすでに我が当主と謁見し、“誓いの短剣”をしかと渡した。その資格を持つ者にのみ、このローブは託される。

 ――この方こそ、レイクス殿の娘、ヴィーナ・ヴァルトニアだ」


その名を告げられ、場の空気が揺れた。

門番は剣を収め、ひざまずく。

「……恐れ入りました。英雄の御血脈に、不敬を働きました……!」

見学者も一斉に頭を垂れた。


だが当のヴィーナは、顔を真っ赤にしてゼノを振り返った。

「ゼノさんっ! なんでフルネームで言うの!?」


小さな拳を握ってプンプン怒る。

「だから嫌なの! “ヴァルトニア”って言うと、みんな変な顔するんだもん……普通に“ヴィーナ”でいいのに!」


一瞬、場の空気が凍りついた――が、仲間たちは耐えきれず吹き出した。

「ははっ、やっぱりヴィーナだな!」ナツキが背中を叩き、クロエも「でも可愛かったよ」と耳を揺らす。

エリカは安堵して笑い、レナは静かに微笑んだ。

「……あなたは思っている以上に、大きな名を背負っているのよ」


英雄の館の前で、娘は頬を膨らませたまま仲間に囲まれていた。

その姿は、畏敬と親しみを同時に呼び起こし、館の前を包む空気を少しだけ柔らかく変えていた。


重厚な門が開かれると、見学者たちは一斉に頭を垂れた。

人々の視線を背に、ヴィーナたちはヴァルトニア伯爵邸――“英雄の館”の中へと足を踏み入れる。


大理石の床に赤い絨毯が敷かれ、天井には巨大なシャンデリアが輝いていた。

壁には大陸の歴史を描いたタペストリー、そして所々に飾られた宝具が淡い光を放っている。

旅暮らしに慣れたヴィーナには、どれもが場違いに見えた。


「……お父さんの家って、こんなに立派だったんだ……」

小声で呟いた彼女の隣で、仲間たちもそれぞれ感嘆を漏らす。


「城そのものだな……」ナツキが肩をすくめる。

「宝物が普通に置いてある……」クロエが耳をぴくつかせ、

「ひ、人が住む場所じゃなくて……美術館みたい……」エリカがフードを握りしめた。

レナはただ静かに頷き、「……やっぱり特別な家なのね」と呟いた。


その時、大広間の奥から灰銀の髪を撫で付けた執事が姿を現した。

――セバス・グレイウィンド。


「……ようこそお戻りくださいました、ヴィーナ様」

彼は深々と一礼した。


「えっ、セバスさん!? なんでそんな他人行儀なの!」

ヴィーナは慌てて手を振る。「この前、セリスさんと一緒にお茶したときは普通に話してくれたのに!」


セバスは微笑みを崩さずに答える。

「ここは伯爵邸。形式を守らねばなりませんので。……どうかご理解を」


「お嬢様なんてやめてってばぁ!」

ヴィーナは頬を膨らませる。仲間たちは苦笑しながら見守った。


すると、セバスの横から巨躯の男が現れた。

黒鋼の竜鱗鎧を纏い、深紅の瞳を輝かせるドラグーン族。

ヴァルトニア騎士団五百を束ねる団長――アルトミュラー・ヴァルハイト。


彼は腕を組んだまま、ずいっと前へ出る。

「おう、初めましてだな! 俺はアルトミュラーだ! ヴァルトニア騎士団を率いてる!

 ……よろしくな!」


あまりにも豪快な声に、大広間の空気がびりっと震えた。


「え、えっと……よ、よろしくお願いします……」

ヴィーナは戸惑いながらもぺこりと頭を下げる。


仲間たちは思わず笑いを漏らした。

「脳筋すぎる……」ナツキが呟き、クロエは「でも分かりやすいね」と肩をすくめる。

エリカは口を開けてぽかんとし、レナは「……誠実な人だわ」と微笑んだ。


アルトミュラーはニカッと笑い、鎧ごと胸を張った。

「難しい礼儀なんざ要らねぇ! 俺は剣で語るだけだ!」


その豪快さに、ヴィーナもつい笑ってしまう。

「……やっぱり、お父さんの知り合いって感じがする」


セバスは控えめに咳払いをし、改まった声を出した。

「――伯爵様は奥にてお待ちです。どうぞこちらへ」


ヴィーナは胸に手を当て、小さく息を吸い込んだ。

「……お父さん……」

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