大聖堂の邂逅
大聖堂の邂逅
大聖堂の奥、聖壇前の広間には、七色の光が差し込み、静謐な空気が漂っていた。
ヴィーナは思わず立ち止まり、息を呑む。
「……本当に、光に包まれてるみたい……」
「ええ……すごい」
隣に立ったのは、一人の少女だった。
淡い金髪が陽光を受けて銀に輝き、蒼に翠を帯びた瞳がまっすぐにヴィーナを見返す。
胸元には小さな香草袋。柔らかな香りがほのかに漂う。
「私はセリス。巫女見習いとして、ここで祈りを学んでいるの」
ヴィーナは思わず微笑んだ。
「私はヴィーナ。……やっぱり、すごいね、この大聖堂」
「うん。ここに立つと、自分が小さく感じる。けど、それが不思議と怖くないの」
セリスの言葉に、ヴィーナは強く頷いた。
「わかる。なんだか守られてるみたいで」
二人は初めて会ったとは思えぬほど自然に、互いに言葉を交わしていた。
◇
その背後に控えていた壮年の男――セバスが、一歩下がって二人を見守っていた。
整った銀髪、深みのある眼差し。
ただ立っているだけで、場の空気を引き締める存在感があった。
ゼノがその姿を目にし、ふっと息を呑む。
「……まさか……」
「ゼノさん?」
クロエが小さく問いかける。
ゼノは目を細め、記憶を探るように呟いた。
「かつて……ヴァルトニア騎士団の入団試験で、試験官を務めていた男がいた。
風と土を操り、杖と剣を併せ持つ者……名は――セバス」
◇
ゼノの言葉に、仲間たちは驚きの視線をセバスへと向ける。
だが当のセバスは眉ひとつ動かさず、静かにセリスの傍らに立っていた。
二人の少女が語らう背後で、ゼノは一歩前へ進み、銀髪の壮年へ視線を向けた。
「……あなたは、もしかして――セバス殿ではありませんか?」
低く抑えた声だったが、その響きには確信があった。
セバスはゆっくりと視線をゼノに移す。
「……」
「私はゼノ。かつてヴァルトニア騎士団の試験を受けた者です。
あなたが試験官を務めておられた姿を、今も覚えております」
◇
仲間たちが驚きの目を向ける。
「えっ……ゼノさんが、受けた?」
ナツキが思わず声を漏らす。
レナも目を見開く。
「じゃあ、セバスさんは本物……」
クロエは静かに頷き、エリカは口を手で押さえた。
◇
セバスは短く息を吐き、わずかに口元をほころばせる。
「……随分と昔の話を覚えているものだ」
その声音は落ち着いていたが、不思議と場の空気を和らげる力を持っていた。
「まさか、ここで再び名を呼ばれるとは思わなかったよ」
◇
ゼノは深く一礼した。
「――やはり、あなたでしたか。かつて憧れた方に、こうして再会できるとは」
七色の光が差し込む大聖堂の広間。
祈りの歌声が遠くで響き、空気は静謐でありながら温かかった。
ヴィーナは改めて周囲を見渡し、ぽつりと呟く。
「……やっぱり、すごい場所だね。
ここに立つと、自分が小さな存在だって思い知らされる」
セリスは隣で頷き、柔らかな笑みを浮かべる。
「うん。でも、それが不思議と怖くないの。
むしろ、大きなものに守られてる気がして……安心できる」
「わかる……」
ヴィーナは瞳を輝かせ、セリスを見つめ返した。
「私も、同じことを思ってた」
◇
エリカが背後で小声を上げる。
「なんか……二人、すごく気が合ってない?」
ナツキは苦笑しながら腕を組む。
「いや、雰囲気が似てるんだろうな。どっちも“光”に溶け込んでるみたいだ」
レナは半眼で呟いた。
「珍しいわね、ヴィーナが自然に笑ってる」
クロエは静かに頷き、ゼノは黙って二人のやりとりを見守っていた。
◇
セリスは香草袋にそっと触れ、ヴィーナへ差し出すように見せた。
「これ、私のお守りなの。自分で縫ったの。……よかったら香りを」
ほのかな草花の匂いが広がる。
ヴィーナは驚いたように目を瞬かせ、思わず胸の奥を押さえた。
「……懐かしい……」
「え?」
セリスが首を傾げる。
ヴィーナは小さく息を吸い、かすかに笑みを浮かべた。
「ううん、なんでもない。……ただ、お父さんが持っていた香りに似てたから」
セリスの瞳がわずかに揺れる。
だが次の瞬間、彼女もまた微笑みを返した。
二人は見つめ合い、また自然に笑った。
まるで――長い時を越えて、再び巡り会ったかのように。
二人の少女が香草袋をきっかけに心を通わせる一方で、
少し離れた柱の影では、ゼノとセバスが向き合っていた。
◇
「やはり、あなたはセバス殿だ」
ゼノは低い声で告げる。
「ヴァルトニア騎士団の試験官として立っていた姿、今でも忘れられません」
セバスはわずかに目を細めた。
「……懐かしい話を持ち出す」
「あなたの眼差しは、剣よりも重かった。
一振りで斬り捨てるのではなく――心の芯を見透かすような……」
ゼノは自嘲気味に笑った。
「その眼差しに、私は耐えきれなかった。未熟ゆえに」
セバスは短く息を吐き、静かに首を振った。
「未熟を見抜くのも務めだった。
だが――お前の剣は、臆せず振るわれていたはずだ」
ゼノは驚いて目を見開いた。
「覚えて……おられるのですか」
セバスは答えず、ふと視線を横に逸らした。
◇
光の中で、楽しげに言葉を交わすヴィーナとセリス。
その姿を目にした瞬間、セバスの瞳がわずかに揺れた。
「この方は……」
声が漏れた。
思わず、といった調子で。
ゼノが身じろぎし、静かに答える。
「……お察しの通りです」
セバスの表情に、深い驚きと、抑えきれぬ畏敬の色が浮かんだ。
だが彼はそれ以上言葉を重ねず、ただ胸に手を当て、静かに頭を垂れた。
◇
「……ならば、道を違えることはあるまい」
セバスは短くそう告げると、再び沈黙を守った。
その横顔は、光と影を併せ呑む者のものだった。




