砦の門前
砦の門前
夕暮れ。
赤い光に照らされながら、馬車は前線の砦に到着した。
壁上から矢が構えられ、門前の兵士たちが槍を突き出す。
その緊張は息苦しいほどに張りつめていた。
「止まれ!」
だがその声を切り裂くように、ゼノが一歩前へ出る。
「この方々はマルターレス家の客人。私が護衛を務めている。通せ」
その一言で槍は収められ、砦に流れる空気が変わった。
◇
「すごい……」
ナツキが小声で呟く。
「ゼノさんの声だけで場が落ち着くなんてな」
「……でも落ち着いてない人、いるわよ」
クロエが顎をしゃくる。
視線の先――ローブを整えたヴィーナが門の前に立っていた。
夕陽を浴びた金の髪が光を散らし、その瞳にはまっすぐな強さが宿っている。
兵士たちが思わず息を呑む。
「……あの娘は……?」
「マルターレス家の客人らしいが……ただ者じゃないな」
◇
「ほら、やっぱり見られてる」
レナがわざとらしく囁く。
「ヴィーナってば、オーラ出ちゃってるんだよ!」
エリカがにこにこと背中を押す。
「ちょっ……ちょっと待って! な、何でそんなこと言うの!?」
ヴィーナは真っ赤になって慌てふためき、ローブの裾をぎゅっと握った。
その姿に、兵士たちが逆に表情を和らげてしまう。
「……かわいい……」
「いや、守りたくなる……」
◇
ゼノは小さく咳払いし、場を締めた。
「――道を開けろ」
鉄門が重々しく開いていく。
ヴィーナはなおも顔を赤くしたまま、仲間たちに押されるように砦へと足を踏み入れた。
その背を見送る兵たちは、思わず槍を立て、無言で敬礼していた。
砦の内部は、外よりさらに緊迫していた。
伝令が駆け抜け、兵が武具を磨き、弓兵が塔に上がっていく。
夜を迎える前にできる準備はすべてしておく――そんな必死さが漂っていた。
◇
「……ここが最前線……」
エリカが思わず声をひそめる。
「本当に戦の空気だな」
ナツキは槍を持つ兵を見て、ごくりと唾を飲む。
レナは冷静に周囲を観察しながら、兵の配置を目で数えていた。
「守りは厚いけれど……士気が重いわね」
クロエは静かに頷いた。
「負け戦を覚悟してる顔、だな」
◇
その時、通りすがりの兵士の声が耳に入った。
「聞いたか? 昨夜のことだ」
「まさかヴァルトニア騎士団が出たなんてな……」
ヴィーナは思わず足を止めた。
「え……?」
◇
近くにいた若い兵に、ゼノが声をかける。
「詳しく話せ」
兵は驚いて姿勢を正し、声を低めた。
「はっ……昨夜、敵の先発八千が……跡形もなく消えました。
炎と灰だけが残り、生き残りは確認されず……」
「……やはり」
ゼノが眉を寄せる。
クロエが静かに問う。
「それを成したのが――ヴァルトニア騎士団だと?」
兵はうなずき、さらに声を潜める。
「はい。姿を見た者はほとんどいません。
ただ、“旗印”を見たと……指輪と、揺れる香草袋の意匠を」
◇
「……指輪と……香草袋……」
ヴィーナは小さくつぶやいた。
胸の奥にざわめきが広がる。
――父の名と、彼が身に着けていたもの。
偶然とは思えない符号。
エリカが不安げに隣をのぞきこむ。
「ヴィーナ……大丈夫?」
「……うん」
ヴィーナはぎこちなく笑ってみせた。
けれど胸の奥で鳴る鼓動は、嘘のように大きかった。




