灰燼の空を翔けて
灰燼の空を翔けて
夜明け前の空を、数頭のペガサスが翔けていた。
銀のたてがみを風に流し、白い翼を大きく広げる。
その背に跨る騎士たちは、皆、硬い表情を浮かべていた。
「本隊は二万と聞く……」
「八千が一夜にして消えた今、真実をこの目で確かめるのだ」
冷気を切り裂く蹄音が、空に響いた。
◇
やがて視界の先に、広大な荒野が広がる。
本来なら整然と陣を敷く軍勢の旗が林立しているはずだった。
だが――そこにあったのは、黒く焦げた地表と、まだ燻る煙だけだった。
「な……に、これは……」
「軍はどこへ……?」
騎士の声は震えていた。
整然たる列も、陣幕も、旗もない。
ただ、灰と影だけが風に舞っていた。
◇
「……二万が……影も形もない……」
「こんな……ことが……」
ペガサスの翼がはためくたび、灰が宙に散り、炎の残り香が鼻を刺す。
それは敗北の痕跡ではなかった。
――存在そのものが消し去られた戦場だった。
◇
騎士隊長は震える手で拳を握りしめた。
「……急ぎ、王城へ報告を! この光景を見たこと、そのまま伝えねば……!」
ペガサスたちは再び大きく翼を広げ、夜明けの空を駆けた。
その背にあるのは、恐怖と、理解を超えた畏怖の記憶。
◇
――後に彼らが語ったのはただひとつ。
「戦場には軍などなく、灰燼と炎だけが残っていた」と。
王城の広間に、蹄の音が急ぎ駆け込んだ。
翼を持つ騎獣から飛び降りた騎士たちは、まだ灰をまとい、息を荒げていた。
「報告! レクシア本隊二万――壊滅ッ!」
その声が響いた瞬間、広間の空気が爆ぜた。
「二万が……?」
「そんな馬鹿な!」
「伝令の誤報では……」
重臣たちは互いに声を荒らげ、ざわめきは嵐のように広がる。
◇
ペガサス隊長は膝をつき、絞り出すように続けた。
「確かにこの目で見ました。
陣幕も旗もなく……ただ、灰と炎の跡が残っているだけ。
まるで“軍”というものが存在しなかったかのように」
その言葉に広間が凍りつく。
誰もが信じたくない真実を、確かな証言が突きつけた。
◇
セレーナは玉座の上で静かに瞳を閉じた。
「……やはり、あの方が」
フィアナが息を呑み、女王を見上げる。
だがセレーナは何も続けず、ただ静かに言葉を紡いだ。
「よかろう。全軍に伝えよ――
“この戦は終わった”と」
◇
広間は再びざわめきに包まれる。
しかしそれは動揺ではなく、長い緊張から解き放たれた歓喜と安堵の入り混じった声だった。
だがフィアナだけは、心の奥でひとつの問いを抱えていた。
(……あの人は、いったい……何者なのか)




