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レイクス戦記  作者: ゆう
戦乱の幕開け
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王城の門を越えて

第13話 王城の門を越えて


エルディナ王城。

広間も回廊も、戦支度に追われる兵と役人でごった返していた。

甲冑の音、怒号、命令の声。

誰もが「レクシア本隊が迫っている」と信じ、王都防衛の準備に必死だった。



「そこの荷を急げ!」

「弓兵は北塔に配置しろ!」

「伝令はまだ戻らぬのか!」


慌ただしい叫びが飛び交う中、ひとりの青年が門をくぐった。

外套を羽織り、腰にはただの剣。

その外套には――指輪と雷と翼の意匠が、銀糸の光を返していた。


青年は城内を見渡し、肩をすくめる。

「……昔と変わらんな。城というのはいつもさわがしい」


「止まれ!」

槍を構えた兵が、彼の前に立ちはだかる。

「ここは王城だ。身分と用向きを示せ!」


青年は歩みを止めず、ちらりと兵を見やった。

「……通してくれ。セレーナに用がある」


その眼差しに、兵の背筋が凍りつく。

次の瞬間には、槍を握る手が自ら力を失い、道が開いていた。



「静まれ!」


その場を鎮めたのはフィアナだった。

鎧をまとい、腰の剣に手をかけながら広間へ姿を現す。

「ここは王城。乱れた声は敵に背を見せるのと同じこと。恥を知れ!」


兵たちは一斉に背筋を伸ばし、場の空気が締まる。


「……やはり、あなたでしたか。一昨日の謁見以来ですね」

フィアナは短く吐息を漏らし、青年――レイクスをまっすぐ見据え、深く礼を取った。


レイクスは軽く片手を上げて応じる。

「久しいな、フィアナ。今日はセレーナに会いに来た」


その声音はまるで狩り帰りの談笑のようにさらりとしていた。

だが、フィアナの瞳が一瞬だけ大きく揺れる。


「……この状況で……ですか」

彼女は小さく息を整え、再び冷静さを取り戻した。

「……よろしいでしょう。案内いたします」



外套の紋様が翻るたび、広間の慌ただしい気配は自然と薄れ、代わりに張り詰めた緊張が広がっていく。

だが誰も立ち止まることはできなかった。

戦の準備に追われながら、ただ青年の歩みに道を譲る。


――その時、まだ誰も知らない。

レクシアの大軍は、すでに一夜にして灰燼と化していることを。


玉座の間には、緊張した空気が満ちていた。

地図を広げた重臣たちが声を張り上げ、兵士たちが命令を運んでいる。


王座に腰掛けるセレーナは、凛とした姿勢を崩さずにそのすべてを見ていた。

若き女王の瞳は疲労を隠せぬほど曇っていたが、それでも揺るぎない威厳を放っていた。



「陛下、敵軍はすでに国境を越えております!」

「伝令によれば、本隊は二万。砦が落ちれば直ちにこちらへ――」


言葉を遮るように、重い扉が開いた。

広間の空気が凍りつく。


外套を翻し、ひとりの青年が入ってきた。

銀糸の紋様――指輪と雷と翼――が、月光のようにきらめく。


「無礼者! ここがどこだと思っている!」

重臣が叫ぶが、青年は気にも留めず歩を進めた。



セレーナの瞳がわずかに揺れる。

(……やはり……)


フィアナが一歩進み出て、膝をつく。

「陛下。この方は――レイクス様です」


広間にざわめきが走った。

だがセレーナは静かに片手を上げ、場を鎮める。


「……何の用で、ここへ?」


青年――レイクスは軽く笑んだ。

「戦の報せではなく、君に会いに来た」


広間の重臣たちは息を呑む。

だがセレーナは視線を逸らさず、真っ直ぐ彼を見返した。


「……この国に二万の軍が迫っていることを、ご存じで?」


レイクスは軽く肩をすくめた。

「心配はいらん。すでに灰になっている」



「馬鹿なことを……!」

「そんな証拠がどこに――」


重臣たちが口々に反論した、その時だった。


扉が再び開き、泥にまみれた伝令兵が駆け込んだ。

「報告! 先発隊八千――全滅ッ! 敵陣は炎に包まれ、残兵は確認できず!」


広間に驚愕の声が渦巻いた。

「ば、馬鹿な……!」

「一夜にして八千が……?」


セレーナは小さく息を呑み、レイクスを見た。

その瞳には驚愕と、そしてわずかな確信が宿っていた。


レイクスは片目を細め、からかうように笑った。

「そうだ。――ああ、それと」


広間にいる誰もが耳を澄ませた。


「セリスに群がっていた虫どもは、もう排除しておいた。

 工作員だよ。放っておけば災いになる。だから消した。……次はない」


その声音には冗談の響きなど一片もなかった。


フィアナの眉がわずかに動く。

セレーナもまた表情を崩さなかったが、その指先が肘掛けを強く握った。


「……感謝します」


女王の静かな言葉が、重く玉座の間に響いた。



王城を満たす空気は一変していた。

先ほどまでの慌ただしい戦支度は、ただ一人の来訪者によって、言葉にできぬ緊張へと塗り替えられていた。


レイクスが玉座の間を去ったあとも、広間には重苦しい空気が残っていた。

伝令が告げた「八千の全滅」という報せが、まだ誰の胸にも信じきれずに響いていたのだ。


「本当に……?」

「一夜にして八千が消えるなど……」

「では、本体二万はどうなる……?」


重臣たちは顔を見合わせ、ざわめきは収まらない。



セレーナは静かに立ち上がり、周囲を見渡した。

「ペガサス隊を飛ばせ」


その一言に、広間がぴたりと止まる。


「敵本隊を偵察させよ。……真実を確かめるのだ」


命を受けた将校たちは慌ただしく動き、すぐに伝令が走った。

空を翔ける翼だけが、この混迷を打ち破る証になると信じて。



一方その頃。

レイクスは、まるで何事もなかったかのように王城を後にし、夜の街道を歩いていた。


冷たい風が外套を揺らし、銀糸の紋様が月光を返す。

その足取りは戦場を駆け抜けた者のものではなく、狩りを終えた者のように軽やかだった。



屋敷の扉を開けると、灯りのともる部屋から清らかな声が迎えた。


「おかえりなさい、レイクス」


そこにいたのはセリスだった。

淡い金髪が炎の灯に揺れ、翠を帯びた蒼の瞳が彼を見つめる。

胸元には、小さな香草袋――彼女が自ら縫ったものが下がっていた。


レイクスはわずかに目を細める。

その香りは、かつてのセラを思い出させるものだった。


「……ただいま」


戦の緊迫を背負ってきたはずなのに、その言葉は驚くほど穏やかにこぼれた。


「外が騒がしかったようですが……何かあったのですか?」

セリスが首をかしげて問う。


レイクスは苦笑し、椅子に腰を下ろした。

「虫が少し飛んでいただけだ。……もう片付いた」


「また、そうやってはぐらかすんですね」

セリスは小さくため息をついたが、その瞳には安堵の色が広がっていた。

「でも……あなたが無事なら、それでいいです」


レイクスは一瞬だけ視線を落とし、そして彼女を見返した。

その瞳には、かつて失ったはずの人影が重なっていた。


(……セラ……)


言葉にはせず、ただそっと笑みを返す。

その笑みだけが、ふたりの胸の奥にある想いを確かめる答えとなった。



その夜、王城ではペガサス隊が空へ舞い、緊迫が続いていた。

だが一方で、静かな屋敷には戦とは無縁の灯火がともり、

レイクスとセリスの穏やかな語らいが続いていた。


まるで――時を越えて結ばれる運命を確かめるように。





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