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レイクス戦記  作者: ゆう
戦乱の幕開け
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聖戦の影

迫る聖戦の影


エルムガルド歴873年。

レクシア神聖国が「聖戦」を掲げ、隣国エルディナ聖王国への侵攻を開始する――その噂は、南の街道を通じてアルディア王国の王都オルデアに届いた。


「エルディナの村が焼かれた」

「女神に祈っただけで捕まるらしい」

「次は国そのものが落ちる……」


市場の広場はざわめきで満ち、人々の顔には恐怖が色濃く浮かんでいた。



「……本当なのかな」

エリカが立ち止まり、不安そうに声を漏らす。


「聖戦って言ったって、ただの侵略だろ」

ナツキは苦々しい顔をする。


クロエは腕を組み、冷ややかに言った。

「難民も増えているし、王都の空気はもう戦を意識してる。時間の問題ね」


レナは小さく頷いた。

「……マルターレス騎士団も援軍の準備に入ったらしい。数日中に出立するはずよ」



その言葉に、ヴィーナの胸が大きく揺れた。

(……お父さん。エルディナへ行ったまま、戻ってない……)


戦火の中にいるのなら――。

考えるだけで胸が締めつけられ、広場のざわめきが遠のいていく。


気づけば、ヴィーナは仲間に向き直っていた。

「……わたし、マルターレス騎士団にお願いする。同行させてほしいって」


「えっ、同行!?」

ナツキが声を裏返す。


「理由は?」

クロエが鋭い目を向ける。


ヴィーナは小さく唇を噛み、正直に答えた。

「……お父さんが心配だから」


その一言に、仲間たちは言葉を失った。

エリカがそっと頷き、レナは「……そう来ると思ったわ」と静かに呟く。



石畳を踏みしめ進むマルターレス騎士団の列が広場を横切る。

翻る旗、重なる甲冑の音。

その光景を見つめながら、ヴィーナは胸の奥で強く願った。


(どうか――お父さんへ繋がる道になりますように)


こうして少女の決意は、思いもよらぬ運命の渦を呼び寄せていくのだった。


マルターレス騎士団本部の門前。

鎧の音と怒声が響き、遠征準備に忙殺される空気が広がっていた。


ヴィーナは衛兵の前に進み出て、はっきりと言った。

「……お願いがあります。今回の遠征に、私も同行させてください」


衛兵たちは一瞬言葉を失い、やがて冷ややかな視線を向ける。

「……娘、何を言っている。ここは遊び場ではない」

「出立は国の一大事だ。軽々しく口にするな」


周囲の騎士たちも足を止め、ざわめきが広がる。

「ただの少女が……」

「不敬ではないか……?」


兵士の手が柄にかかり、緊張が走った瞬間――


「――その方に手を触れるな」


重い声が響いた。

群衆が割れ、銀黒の鎧に身を包んだ壮年の騎士、ゼノが姿を現した。


「ゼ、ゼノ隊長……!」

兵たちは慌てて直立する。


ゼノはゆるやかに歩み寄り、ヴィーナの前で深く頭を垂れた。

「……お待たせいたしました。――ヴィーナ様」


その一言で、空気が凍りついた。

「ヴィーナ……様……?」

ざわめきは恐怖に変わり、兵士たちは慌てて武器を下ろす。



仲間たちはその光景を静かに受け止めた。

ナツキが「やっぱり“様”呼びは堅苦しいな」とぼやき、クロエが「仕方ない。ここでは当然」と応じる。

エリカは「でも誇らしいよね」と笑みを浮かべ、レナは「名を呼ばずとも、立場は揺るがない」と言った。



ゼノは静かに問う。

「ご用件は、遠征への同行――でよろしいのですね」


ヴィーナは緊張しながらも頷いた。

「……はい。お父さんが、エルディナに行ったまま戻っていないのです。

 だから……確かめたい」


ゼノは短く息を吐いた。

「……承知しました。ただし遠征は戦場。危険は避けられません。

 ――ゆえに、私が護衛を務めましょう」


兵たちは目を丸くし、ざわめきが広がった。

「ゼノ隊長が直々に……!」


ゼノは背筋を正し、低く告げた。

「これは騎士団の決定ではない。私個人の責務だ」


その瞬間、ヴィーナの遠征への道は固く結ばれた。


ゼノに導かれ、騎士団本部の石造りの廊下を進む。

人目のない回廊に差しかかると、ゼノはふと足を止めた。


「……ひとつ、申し上げておきたいことがあります」


振り返ったゼノの眼差しは鋭くも誠実だった。


「今回の出征――王命に従ったものではありません。

 マルターレス家は国の命を受けていない。これは、我らの独断による援軍です」


「じゃあ……勝手に?」

ナツキが驚きに眉をひそめる。


ゼノは静かに首を振った。

「勝手ではありません。我らにとって必然。

 ――ヴァルトニア家に対する大恩を、果たすための出征です」


その名が出た瞬間、空気が張り詰めた。

仲間たちが互いに顔を見合わせ、エリカはヴィーナを見つめる。


ゼノは深く頭を下げた。

「このことは団長、リストール様から直接お話があるでしょう。

 ただ一つ確かなのは――貴女は、我らが剣を振るう理由そのものだということです」


広間の前に立ち、ゼノは告げる。

「リストール団長がお待ちです」


ヴィーナは懐から小さな短剣を取り出した。

「……これを、団長に見せなきゃ」


その刃は静かに光を反射していた。


広間に入ると、銀の髪を束ねた威厳ある男が立っていた。

マルターレス家当主にして騎士団団長、リストール。


「よく来られたな。……ヴィーナ様」



リストールはゼノから事情を聞き、ヴィーナに向き直った。

「遠征に同行したいと」


ヴィーナは強く頷く。

「……はい。お父さんが、エルディナに行ったまま戻っていないんです。

 だから……少しでも近づきたい」


リストールの視線が鋭く光った。

「これは国命ではない。我らの剣は、ヴァルトニア家への恩義に応えるために振るわれる」



ヴィーナは懐から短剣を取り出す。

「……これを、渡さなきゃと思っていました」


その瞬間、リストールの瞳が見開かれる。

「……リースバルトの血に連なる者へ返すべきもののはず……。

 なぜ、あなたが……」


「……お父さんに、託されたんです。リースバルトの一族に返してほしいって」


リストールの声が震えた。

「……ヴァルトニアの娘は本物だった。一族の念願が叶った……」


「あなたは紛れもない、ヴァルトニアの姫君」



ヴィーナは首を横に振る。

「……わたしは、ただのヴィーナです。お父さんの娘で……それ以上でも、それ以下でもない」


言葉は震えていたが、瞳は揺らがなかった。


リストールは深く頷いた。

「……よかろう。同行を許す。ヴァルトニア家の恩義に報いるための遠征。好きにするがよい」


それは――ヴィーナが父を知るための、新たな扉が開かれる音のようだった。


本部を後にし、石畳の道を歩く。

夕暮れの光の中、前を行くヴィーナの背は小さくも大きく見えた。

短剣を託し、遠征同行を許された彼女は、もう以前の旅人ではない。



「……ほんとに行くことになっちゃったんだね」

エリカの声には不安と誇らしさが混じっていた。


「まさか許可されるとは思わなかったぜ。ゼノ隊長が護衛まで引き受けるなんてよ」

ナツキは苦笑しつつも驚きを隠せない。


クロエは淡々と答える。

「大物じゃない。“特別”なの。最初から分かってたことよ」


レナは小さく頷く。

「リストール様が認めた以上、ただの旅人でいられるわけがない」



「でもよ……戦場に行くんだぜ。命がけだ」

ナツキは顔をしかめる。


「分かってる。でも放っておけない」

エリカは真剣な眼差しで言った。

「ヴィーナは私たちの仲間だから」


クロエは肩を竦める。

「命を賭ける覚悟がなきゃ隣には立てない。……でも、もう決めたんでしょ」


レナは静かに結ぶ。

「――結局のところ、私たちは“巻き込まれる側”じゃない。彼女と共に歩む者として選ばれたのよ」



前を歩くヴィーナが振り返る。

「……みんな?」


仲間たちは慌てて笑って取り繕った。

「な、なんでもねぇって!」

「うん、気にしないで!」


ヴィーナは首を傾げ、すぐに柔らかく微笑み、再び歩き出した。


その背を見守りながら、仲間たちは胸の奥でそれぞれの決意を固めていた。


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