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レイクス戦記  作者: ゆう
戦乱の幕開け
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ヴァルトニア家の人々

ヴァルトニア家の人々


月光に照らされた丘を駆け上がると、黒銀の門が静かに聳え立っていた。

 門柱に刻まれた紋章――雷に翼と指輪が夜空に冴え、青白く輝きを放つ。


 第一騎士団長フィアナは馬を降り、深く息を整える。

「ここが……ヴァルトニア伯爵家……」


 門前に立つ二名の門番騎士が彼女の姿を認め、槍を交差させて道を塞いだ。

「止まれ。ここはヴァルトニア伯爵家。名を名乗れ」


 フィアナは堂々と一歩進み出る。

「私は第一騎士団長、フィアナ・アルディナ。女王陛下の命を受け、ヴァルトニア卿にお目通りを願う」


 その名を聞いた瞬間、門番の二人は互いに顔を見合わせた。

 やがて槍を引き、深く頭を下げる。

「……しばしお待ちください。執事セバス様に取り次ぎます」


 やがて、門の奥から一人の男が姿を現した。

 灰銀の髪を背に流し、夜の光を受けてもなお落ち着き払った気配を漂わせる――ハーフエルフの執事、セバスである。


 彼は優雅な所作でフィアナの前に立ち、恭しく一礼した。

「第一騎士団長殿、ようこそヴァルトニア館へ。陛下よりの使者をお迎えできるのは、当家にとっても栄誉にございます」


 黒銀の門が音もなく開かれる。

 その内側には、ヴァルトニア騎士団が整列し、剣を胸に掲げて静かに頭を垂れていた。

 荘厳な光景に、幾多の戦場を渡ってきたフィアナですら、背筋が粟立つのを覚えた。


 セバスに導かれ、館の中へと足を踏み入れる。

 重厚な壁には古の武具が飾られ、篝火がそれらに影を落とす。


 歩みの途中、セバスが静かに口を開いた。

「第一騎士団長をこの館に迎えるのは、幾度目になることでしょう。

 王国と共に在った歴史の中で、ヴァルトニア家は常にその歩みを見届けてまいりました」


 淡々と述べられるその声には、誇示も憶測もない。

 二百年を超えて仕えてきた忠臣が、ただ事実を語る響きだけがあった。


 フィアナは無言で頷き、その重みに息を整える。

(……やはり、この館に足を踏み入れること自体が覚悟を求めるのだ)


 その時、廊下の先から小さな影が駆けてきた。

 薄青のワンピースに胸元の香草袋。小さな歩幅で駆けてきた少女が、ぱっと目を見開く。


「あ、こんばんは」

 少女――セリスが小さく頭を下げる。


 セバスが柔らかく口を添える。

「お嬢様、こちらは第一騎士団長フィアナ殿。陛下の御使いにございます」


 セリスは目を丸くし、慌ててスカートの裾をつまんで一礼した。

「すみません……私、まだこの館に来たばかりで……。でも、どうぞよろしくお願いします」


 その素直な挨拶に、フィアナは思わず頬を和ませた。

「こちらこそ。……セリス、と言うのですね」


 セリスはこくりと頷き、再び小走りで廊下の奥へ消えていった。


 その背を見送りながら、フィアナはふと横目でセバスを窺う。

 常に揺るがぬ気配を纏う執事が、今だけは柔らかな微笑を浮かべていた。


(……セバス殿が、あのような顔を? 二百年揺らがぬ忠臣が……。

 あのセリスという娘、一体何者なのだ……?)


 セバスが立ち止まり、重厚な扉の前で静かに告げる。

「――伯爵様がお待ちです」


 その扉の先に、雷光の伝説を背負う男が立っている。

 フィアナは深く息を吸い、覚悟を胸に刻んだ。


セバスが両手で静かに扉を押し開けると、重厚な音が廊下に響いた。


 広間の中央に、一人の男が静かに佇んでいた。

 背はすらりと高く、影のように動かぬその姿は、ただそこに立つだけで空気を支配していた。

 黒の瞳が光を受け、深い静謐を宿している。


 ――レイクス=ヴァルトニア。


 伝説として聞かされてきた名が、今ここに現実として立っていた。


 フィアナは膝をつき、騎士の礼を尽くした。

「第一騎士団長、フィアナ・アルディナ。女王陛下の命を受け、この館に参上いたしました」


 広間に沈黙が満ちる。

 やがて、レイクスの声が低く響いた。


「……女王は、何を求めている」


 短い言葉。しかしその一音一音が胸に重く刻まれる。


 フィアナは顔を上げ、真っ直ぐに答えた。

「陛下は、あなたを敬意をもって迎えたいと。

 そして、ヴァルトニア卿がこの国の未来にどのような意志を抱かれているのかを知りたいと仰せです」


 レイクスは瞳を細め、視線を逸らさぬまま彼女を見つめ続けた。


 そして、背後に控えるセバスを呼んだ。

「……セバス」


 執事は一歩前に進み、深く一礼する。

「は」


「現状を、ここで説明せよ」


「御意にございます」


 セバスの声が広間に響き渡り、戦乱間近の情勢を静かに語り始めた。


「国境の街ベルディアには、すでに第二騎士団が集結し籠城の構えを整えております。

 しかし敵軍は三倍の兵力を有し、持ち堪えられるのは長くて一日。援軍がなければ陥落は必至と見られます」


 フィアナが表情を引き締める。その横で、レイクスは黙したまま耳を傾けていた。


「女王陛下は第一騎士団を北部戦線へ派遣、またペガサス騎士団を遊撃として編成。敵の補給線を断つよう命じられました。

 諸侯の領軍にも招集が下されておりますが、到着には数日を要する見込みでございます」


 セバスの声は揺れない。

 二百年仕えてきた忠臣として、戦の逼迫もまた淡々と伝える。


「補給につきましては、交易路を通じてイシュタリアより糧を得る方針。

 ただし商人らは戦を恐れ、王家の保証を条件としております。

 また兵の士気維持のため、聖泉より巫女を派遣し祈りを届ける手筈も整えられております」


 言葉が一区切りついたところで、セバスは深く一礼した。

「以上が、現状にございます」


 フィアナは思わず息を呑んだ。

(……どうして……これほどまでに正確に? 王城ですら掴み切れていなかったはずの情報まで……)


 セバスの報告は、ただの従者のものではない。

 二百年この家に仕え、歴代の戦場を見届けてきた者だからこそ成せる重みがあった。

 セバスの報告が終わると、広間に沈黙が落ちた。

 フィアナは胸の内に戦慄を覚えていた。


(……王城での軍議よりも正確で、しかも詳細……。この館は、ただの貴族の屋敷ではない。まるで参謀府そのもの……!)


 レイクスは眉一つ動かさず、低く名を呼んだ。

「……アルトミュラー」


 その声に応じ、扉の影から現れたのはドラグーンの騎士団長、アルトミュラーだった。

 銀槍を佩き、堂々と広間の中央へ進み出ると、片膝をつき頭を垂れる。


「ここに」


「国境の軍備について、そなたの見立てを聞かせろ」


「御意」


 アルトミュラーの声は冷徹で、しかし迷いがなかった。


「国境の街ベルディア。敵軍は三万、主力は聖職者を伴う弓騎兵。

 第二騎士団の持久は一日。援軍がなければ陥落は避けられません」


 その言葉はセバスの報告を裏付けるように正確で、さらに戦術面に踏み込んでいた。


「敵の補給線は長く脆弱。断てば三日のうちに瓦解するでしょう。

 だが、敵の第一陣を単独で壊滅するとなれば条件が要ります」


 フィアナの喉が鳴る。レイクスの黒い瞳が彼を見据え、短く問うた。

「……我が騎士団は、明日までに敵の第一陣を単独で壊滅できるか?」


 広間の空気が凍りつく。フィアナは鼓動が耳に届くほどの緊張に包まれた。


 アルトミュラーは一拍置き、低く答えた。

「可能にございます。ただし条件は四つ」


 指を折りながら淡々と告げる。


「一、夜明け前に奇襲をかけること。敵が陣形を整える前に叩く。

 二、側面を突く部隊を用意し、歩兵と騎兵を連携させ殲滅の口を作ること。

 三、補給線を断ち、敵の動揺を誘うこと。

 四、全力を投入し、退路を顧みぬ覚悟で挑むこと」


「犠牲はどの程度だ」


「……三、四割の戦力を失うでしょう。成功すれば敵は壊滅しますが、失敗すればこちらも致命的となります。成功率は六〜七割と見ます」


 フィアナの胸が強く締めつけられる。

(……こんな冷徹な計算を、ためらいなく……!)


 だがレイクスは一瞬も表情を変えず、静かに言葉を落とした。


「……アルトミュラー。烈火竜の剣を持て。あの刃で、明日の第一陣を殲滅せよ」


 その命が下された瞬間、広間の空気が変わった。

 伝説の剣の名が呼ばれたことで、炎のような熱が影の中に潜む。


 アルトミュラーは深く頭を垂れ、声を震わせることなく応じた。

「御命、承りました。烈火竜の剣をもって、必ずや敵を焼き尽くしてまいります」


 セバスが奥の間へと視線を送り、そこから赤い光を帯びた箱が運び込まれる。

 アルトミュラーが両手でそれを開き、柄を握ると、剣身が低く唸りを上げるように赤熱した。


 フィアナはその光景に息を呑む。

(……これがヴァルトニア家……! 国の未来を、この館の決断が左右するのだ……!)


 広間に烈火の残響が満ち、夜の静けさをさらに深いものへと変えていった。


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