霧の中の決戦
第四話 霧の中の決戦
翌日も馬車での旅は続いた。順調に進んでいた一行だったが、午後になると空模様が変わり始める。空は鉛色に曇り、辺りに冷たい風が吹き始めた。
「まずいな、これは…」
御者が手綱を強く握り締め、眉をひそめた。その言葉通り、数分後にはあたり一面が白い霧に包まれた。
「うわ、すごい霧だ…前が全然見えない」
ナツキが窓から顔を出し、驚きの声を上げる。フォルネリアへ続くこの街道は、この時期、極稀に濃い霧に覆われることがあった。それは、遠く離れた**『霧の森』の瘴気**が街道にまで流れ出してくる現象で、この霧の中には幻覚を見せるキノコの胞子や、それに引き寄せられた魔物が潜んでいることがあった。
馬車の外の景色は、すべてがぼんやりと霞んで見える。エリカは、馬車の隅で不安そうに身を縮めていた。
「…なんだか、人がたくさんいるみたい…」
エリカが震える声で呟くと、ヴィーナは驚いて彼女の顔をのぞき込んだ。エリカの瞳は、ヴィーナには見えない何かを捉えていた。それは、幻覚を見せるキノコの胞子を吸い込んだことによる症状だった。
「エリカ、落ち着いて!大丈夫だよ、私たちがいるから」
ナツキが力強く声をかけるが、エリカは耳を塞ぎ、怯えるように頭を振る。
その時、レナが冷静に声を上げた。
「御者、馬車を止めろ! 魔物だ!」
レナの言葉に、御者は慌てて馬車を止めた。霧の中から、複数の影がにじみ出るように現れた。それは、巨大な牙を持つオオカミのような魔物だった。
「ヴィーナ、エリカを頼む。クロエ、ナツキ、行くぞ!」
レナが巨大な盾を構え、馬車から飛び出す。その瞬間、魔物が一斉に襲いかかってきた。
レナは盾を突き出し、馬車に迫る魔物の突進を正面から受け止める。凄まじい衝撃が轟き、彼女の足元の地面がわずかに沈んだ。だが、レナはびくともしない。彼女の背後で、ナツキが大きく剣を振りかぶった。
「どけ、レナ!一撃で仕留める!」
ナツキの力強い一撃が魔物の頭部を狙う。だが、霧の中の魔物は俊敏だった。ナツキの攻撃を紙一重でかわし、反撃に転じようと牙を剥く。
その時、一瞬の隙を突いて、クロエが素早く馬車から飛び出した。彼女は双剣を交差させ、霧の中を駆け抜ける。まるで風のようになめらかな動きで、魔物の足元を切り裂いた。
「グゥン!」
魔物が苦痛の唸り声を上げ、バランスを崩す。その隙を見逃さず、ナツキが再び剣を振り下ろした。今度の一撃は、魔物の肉を深く切り裂き、鮮血が霧の中に飛び散った。
しかし、魔物はまだ生きている。再び襲いかかろうと身構えたその時、別の魔物が霧の中から現れ、レナの背後から襲いかかった。ナツキとクロエは、最初の魔物との戦闘で手一杯だ。
「レナさん!」
ヴィーナが叫ぶ。馬車の中では、エリカが恐怖に震え、身を硬くしていた。ヴィーナは、エリカに声をかける。
「エリカちゃん、大丈夫。怖くないよ。私たち、きっと勝てるから!」
ヴィーナの言葉に、エリカは顔を上げた。彼女の瞳はまだ揺れていたが、ヴィーナの優しさに、わずかな光が灯る。
「エリカ、今だよ!」
ナツキの叫びに、エリカは我に返ると、震えながらも魔法を唱えた。彼女の指先から放たれた炎が、馬車に迫る魔物に向かって一直線に飛んでいく。
ドオォォン!
魔物は爆発とともに霧の中に消え、森に再び静寂が訪れた。ナツキとクロエが、残った魔物の息の根を止める。レナは、無事に全ての魔物を倒し終えると、馬車へと戻ってきた。
「…ごめんなさい、私…足手まといで…」
エリカが顔を伏せると、ナツキが彼女の肩を強く叩いた。
「何言ってんだよ!エリカのおかげで助かったんだぜ!それに、ヴィーナもな!」
その言葉に、エリカは驚いて顔を上げる。クロエも頷き、レナは静かに微笑んでいた。
「…ありがとう」
ヴィーナとエリカは顔を見合わせ、二人とも微笑んだ。




