雷の名
第四十九話 雷の名
訓練場に流れていた緊張は、まだ消えきっていなかった。
若き騎士候補たちは、騒然としたまま動けずにいる。
あの“戦場の盾”ゼム・バルゼノアが、名もなき少女に最上位の騎士礼を捧げた――
その事実をどう受け止めればいいのか、誰にも分からなかった。
だがその空気を、さらに張りつめさせる者がいた。
金属の靴音が、静かに石畳を打つ。
「……やはり、ここでしたか」
その声に振り向いた者たちは、思わず息を呑んだ。
姿を現したのは、漆黒のマントに銀の肩章を備えた男――
マルターレス騎士団副団長、アンドロ・ラース。
その背筋は剣のように真っ直ぐで、
一歩一歩が周囲の空気を制圧していく。
「副団長……!」
ゼムがすぐに頭を下げる。
そしてアンドロは、ヴィーナのローブに視線を落とすと、ほんの僅かに目を細めた。
「やはり――その意匠。間違いありません」
ローブに織られた、銀糸の紋様。
星、蔦、そして光を象ったこの模様は、
マルターレス家でも特に限られた者にしか許されない“旧き誓いの布”。
「私が見た記録とも一致しています。
まさか、今この時代に、それを纏う者が現れるとは……」
その声は冷静だったが、わずかに揺れを含んでいた。
アンドロはヴィーナに向き直る。
「ご息女、いえ……ヴィーナ様。
このまま黙って帰らせることはできません。
――どうか、騎士団本部詰所にて、事情をお話しいただけませんか?」
「……えっ」
「強制ではありません。あくまでお願いです。
けれどこれは、王国の、そしてマルターレス家の名に関わる問題です」
その場にいた騎士見習いたちも、次第に事情を悟り始めていた。
「ヴァルトニアの……血筋……?」
「本物なのか……?」
「もし本当に“雷光の英雄”の娘だとしたら、歴史が……動く……!」
パーティーメンバーも、表情を固くしていた。
「これ、ただごとじゃないわね……」
レナが低く呟く。
「ローブ一枚でここまでなる……?」
ナツキが驚きながら言うと、クロエが目を伏せて小さく応じた。
「それだけ、“あの名”が重いのよ。この国では」
ヴィーナは、すこし怯えたような顔で皆を見回し――
けれど、最後には小さく頷いた。
「……はい。わかりました。行きます」
「感謝します。では、ご同行を」
アンドロは静かに一礼し、手を差し伸べるように一歩退いた。
ゼムが再び頭を下げる。
「……お手を煩わせて、申し訳ありません、ラース殿。
しかし、彼女は……ただの名乗りだけではない。
その立ち居振る舞いすべてが、“継ぎし者”の品格を持っております」
「……それは、私の目にも明らかでしたよ」
アンドロの瞳が、ほんの少しだけ柔らかくなった。




