その名を継ぐ者
第四十八話 その名を継ぐ者
剣戟の音が空に溶ける。
鋼と鋼がぶつかり、若き声が響く訓練場――
だが、いまその中心には、静寂が立ち込めていた。
ひとりの騎士が、白いローブの少女の前で膝をついている。
それは、訓練場を監督していた初老の騎士――
かつて“戦場の盾”と呼ばれた、マルターレス家の元上級隊長、ゼム・バルゼノア。
彼は拳を胸に当てたまま、まるで聖堂で祈るような姿勢で、頭を垂れていた。
若き騎士候補たちの間に、静かなざわめきが走る。
「……ゼム隊長が、跪いた……?」
「誰に……あの娘、誰なんだよ……?」
見守るパーティーメンバーも、あっけにとられていた。
ナツキが口を開く。
「え、今の……どういう状況……?」
「まさか……冗談じゃないよね……?」
エリカも小声で呟く。
だが、ゼムは誰の言葉にも動じず、地に膝をついたまま、
ローブを纏う少女――ヴィーナを見上げて静かに言った。
「その意匠……白布に銀糸で描かれた星と蔦と光。
これは、我らマルターレス家に伝わる守護の紋――
《守護の白》の意匠です」
「わたしは……ただ……」
ヴィーナは目を伏せ、少し戸惑ったように答える。
「お父さんにもらった、ローブなんです。とても気に入ってて……それだけで……」
「お父上のご名は?」
その問いに、ヴィーナは一瞬だけ戸惑い――
だが、胸を張って、はっきりと名を口にした。
「――レイクス・ヴァルトニアです」
沈黙が落ちた。
その名が響いた瞬間、訓練場にいた全員の表情が変わる。
「……レイクス……?」
「ヴァルトニアって……!」
「まさか、“雷光の英雄”の名……!?」
騎士見習いたちの間に、騒然とした空気が広がった。
「ヴァルトニアと……名乗らなくても、わかるものなのね……」
クロエがぽつりと呟いた。
「ローブと雰囲気……それだけで……?」
レナの視線が鋭くなり、
エリカとナツキも、ただ呆然とヴィーナを見ている。
だが、ゼムは誰よりも落ち着いた声で続けた。
「……二百年前、あの御方が纏っていた“光”の意匠。
それがいま、こうして目の前にある。
ならば――」
彼は立ち上がり、ひとつ深く息を吐くと、拳を胸に当てた。
「その名が真か否かは関係ありません。
されど、**“あなたがその名を語った”**という事実。
それが、我らが剣を捧げるに足る、唯一の証です」
「……わたしは……」
ヴィーナは目を伏せ、戸惑ったように唇を噛む。
「自分が誰なのか、わからないんです。
お父さんは“レイクス”と名乗っていたけれど、
それが本当に“その人”なのかどうかも……」
「構いません」
ゼムは、一歩だけ近づいて静かに言った。
「真実は、あなたの心と歩みに現れる。
それを見届けることが、我ら“盾”の務めです」
風が、訓練場を吹き抜けた。
若き騎士たちが、息を呑んでその光景を見守る中――
ヴィーナは、そっとローブの裾を握りしめた。
“守護の白”は、ただの布ではなかった。
それは、誓いと血と、そして光の名に連なる――“証”だった。




