王都オルデアの門
第四十五話 王都オルデラの門
陽が傾きかけた午後、旅路の果てに、それは姿を現した。
白亜の城壁、空を突くような尖塔群。
その頂から、赤と銀の二色に染まる旗が風にはためいている。
中央に掲げられたのは、《剣と鷹》を象ったアルディア王国の双章旗。
ここは、秩序と騎士の国。
その心臓部――王都。
「……うわ……」
カイルが小さく息を漏らす。
あどけなさを残した瞳に、憧れと緊張が宿っていた。
「ずっと……夢に見てた場所なんだ」
王都の門前には、旅人、使節、商隊、そして貴族の馬車が列を成し、
検問を担う騎士たちが整然と動いていた。
その中には――複数の騎士団が混在しており、
中でもひときわ目を引くのは、
銀の鎧に黒いマントをまとい、肩に《誓いの短剣》と《風花の髪飾り》の紋章を掲げた者たちだった。
「……マルターレス騎士団……!」
カイルが、熱を込めてその名を口にする。
「門を全て任されてるわけじゃないけど……今日はあそこに配置されてるみたいね」
レナが淡々と状況を確認しながら呟いた。
***
列が徐々に進み、検問の直前に差しかかったとき――
「……暑い、かも」
ヴィーナは、肩に羽織っていた外衣をそっと脱いだ。
長旅の末、石畳の照り返しが体にこもる熱をじわじわと浮かび上がらせていた。
外衣を畳み、腕に抱えると、下から現れたのは――白のローブ。
やわらかな布地に、銀糸で織られた星と蔦、そして光を表す放射の模様が広がっていた。
その紋様は、祈りのようにも、祝福のようにも見える。
だが彼女にとっては、それはただ――
父から譲り受けたお気に入りの一着。それ以上の意味などなかった。
そのときだった。
門の傍らに控えていた一人の壮年騎士が、ふと動きを止めた。
その視線が、ヴィーナの胸元に――ローブの意匠に吸い寄せられるように注がれる。
***
「通行目的を」
門番の若い騎士が声をかける。
レナが即座に通行証を差し出し、淡々と応じる。
「王都滞在は三日。冒険者登録済。必要書類はすべて揃っています」
「確認しま――」
「待たれよ」
低く、よく通る声が空気を断ち切った。
現れたのは、銀鎧と黒マントの壮年の騎士。
その肩には――マルターレス家の騎士団を示す紋章、《誓いの短剣》と《風花の髪飾り》。
「そのローブ……見せていただけますか」
「……え?」
ヴィーナが戸惑いの表情を浮かべ、ナツキとエリカがそっと彼女の両脇に立つ。
クロエの手が、さりげなく腰に添えられた。
レナが前に出ようとした時、騎士は剣に手をかけることなく、冷静に言葉を継いだ。
「その意匠……星、蔦、光。
これは、私がかつて目にした記録にある。マルターレス家の旧意匠――
重鎮のみに伝えられた古い象徴です」
「……どういうことですか?」
レナが問い返す。
「今ここで断言はできません。だがこれは、偶然とは思えない」
男は姿勢を正し、名乗った。
「私はマルターレス騎士団副団長、アンドロ・ラース。
本日夕刻、中央詰所までお越しいただけますか。
……これは“私個人からのお願い”です」
「……わかりました」
レナが頷くと、アンドロは騎士らしく一礼をし、
門番へ合図を送った。
「通行を許可する」
その声は静かだったが、確かな重みがあった。
***
王都――オルデラ。
白い石畳と荘厳な建築、聖堂の鐘と騎士の行進。
その空気は、地方のどの街とも異なり、
都市そのものが“王国の格式”を帯びていた。
カイルは黙って、城の高みに目を向けていた。
「……副団長が、あんな敬意ある態度を取るなんて……」
「すごい人に見えたんだろうね、ヴィーナさん」
エリカが軽く肩を叩くが、カイルは深く頷いた。
「強さだけじゃない……礼を尽くして、相手を尊重する……
あれが、ぼくがなりたい“本物の騎士”だ」
(名ばかりの剣士じゃない。本当に人を守れる、信じられる存在になりたい)
一方でヴィーナは、
静かに、自分のローブの裾を見下ろしていた。
(……どうして、あの人は……)
何の変哲もないと思っていたこの布が、
誰かにとっては意味を持つものだった――
それを、初めて実感した瞬間だった。




