騎士への誓い・後編
第四十四話
騎士への誓い・後編
馬車はゆるやかな丘を越え、王都オルデラへと続く街道を進んでいた。
夕陽が照らす石畳の道の上で、旅の影が静かに長く伸びていく。
ヴィーナは、馬車の窓にもたれながら、隣に座るカイルに視線を向けた。
「さっき、マルターレス家の騎士団って言ってたよね?」
「うん!」
カイルは誇らしげに頷いた。
「マルターレス家は、アルディア王国の中でも最も古い騎士の家系なんだ。
建国の時代からずっと、王を守ってきた“盾”みたいな存在。
その中でも、リースバルト様っていう大英雄がいて……ぼくは、その人に憧れてるんだ!」
「リースバルト……」
ヴィーナはその名に覚えがあった。
たしか――フォルネリアの謁見で、リランダ侯がその名を口にしていた。
「……どんな人だったの?」
「剣の達人さ。魔法は使えなかったけど、それでも誰より強かった。
“誓いを貫く者”って呼ばれていてね――その剣は、《スターレット》っていう魔剣なんだ!」
「スターレット……」
その響きは、ヴィーナの中でどこか遠い鐘の音のように残った。
「刃に星の意匠があって、銀色に輝くんだって。
ただの武器じゃなくて、“想いに応じて力を示す”剣。
今はマルターレス家の家宝として、王城の奥に保管されてるって聞いた」
「触れる人、いるの?」
「代々の当主だけ。あとは、よほど特別な“誓い”を立てた者にしか扱えないって。
でもさ、昔の伝説にはね――空に星を描くような一太刀で、戦場を切り裂いたって話もあるんだよ」
「……空に、星を……」
ヴィーナは目を細めた。
昔、父と二人で歩いた静かな夜の丘。
あのとき、レイクスがたった一度だけ剣を振った時――空に残った光の軌跡を、彼女は思い出していた。
(あれって……まさか)
だが、それを口にすることはなかった。
カイルは続けた。
「ねえ、ヴィーナさん。“ヴァルトニア”って名前、知ってる?」
「っ……」
声が、一瞬だけ詰まった。
だがカイルはそれに気づかず、無邪気に続けた。
「その人のことを記録に残してる書は少ないんだけど……
“雷光の英雄”って呼ばれてたらしい。
マルターレス家と一緒に戦った、もうひとりの伝説だよ」
「雷光……」
「黒い雲を裂いて雷を落とし、一瞬で敵の軍勢を消し飛ばしたって話もある。
でもね――面白いことに、その人の出自はまったく分かってないんだ。
“魔族だった”とか“天の眷属だった”とか……いろんな話が混ざっててさ」
ヴィーナは、ぎゅっとローブの裾を握った。
その中には、レイクスが残したローブが隠れている。
誰にも見せていない。
けれど、その布に織り込まれた模様が、心の奥で静かにざわめいていた。
「その人ね、記録上では“ヴァルトニア”って名乗っていたらしい。
でも、今じゃその名を口にするのは――ちょっと危険なんだよ」
「危険……?」
「うん。不敬罪になることもある。
それぐらい神聖視されてて、逆に“人間じゃなかった説”が強くなってるのかも」
「でも、カイル君は……その人に、憧れてるの?」
「うん!」
カイルは力強く頷いた。
「どんな出自でも、何者でも――
人を守って、希望を残したなら、それは英雄だと思うから!」
ヴィーナは、その言葉にどこか救われるような気がした。
(父のこと、私は何も知らない。
でも……この世界では、彼の名が伝説になっている)
(それが真実でも作り話でも、私は――知りたい。
父がどんな想いで私を育ててくれたのか、“ヴァルトニア”という名に、どんな意味があるのか)
「……カイル君。ありがとう。おかげで、少しだけ分かった気がする」
「えっ? な、何かしたっけ?」
「ううん。ちょっとだけ、ね」
ヴィーナは微笑んだ。
空には、王都の尖塔がうっすらと見え始めていた。
静かな決意を胸に、彼女はその先に待つ“答え”へと視線を向ける。




