騎士への誓い
第四十三話 騎士への誓い
陽がやや傾き始めた午後の街道。
アルディアの王都オルデラへ向かう一行の馬車は、
舗装の行き届いた石道を、ゆったりとした速度で進んでいた。
「ねぇ、そろそろ休憩入れない? 腰が限界……」
ナツキが背もたれに倒れ込みながら訴える。
「少し先に、旅人がよく使う休憩広場があるはずよ。そこで止まって水を補給しましょう」
レナが地図を確認しながら答えたそのとき――
「離せっ! そっちは関係ないだろ!」
街道脇の林から、少年の怒鳴り声が響いた。
ヴィーナが反射的に身を起こすと、木々の間にひらけた広場が見えた。
その中心に、剣を構えた少年がひとり。
前に立ちはだかるのは、護衛もなく荷車を引いていた年老いた行商人。
それを囲むのは、粗野な鎧に身を包んだ男たち数名――そして、
やや離れた馬車から、香水臭そうなマントをひるがえす男が悠々と指示を出していた。
「……あいつら、どう見ても“貴族”って顔じゃないね」
クロエが顔をしかめて呟く。
「というか、あのマントの人……“貴族を気取った成金”って感じだよね」
ナツキが眉をひそめた。
「見て。あの少年……一人で、止めに入ってる」
ヴィーナの目が、そこに釘付けになる。
痩せた体にやや大きめの剣。まだどこか幼さの残る顔。
だがその瞳だけは、真っ直ぐな意志を宿していた。
「ほほう……少年風情が王侯貴族に楯突くとは」
マントの男――ファウスト=ベルリッヒ男爵と名乗るその男は、
どこまでも芝居がかった笑みで肩をすくめる。
「この商人は王国への納税が不十分と判断されてな。
我が家の“自主的取り調べ”を行っているのだよ。正義のためにね?」
「嘘だ! 無理やり荷車を奪おうとしてるだけじゃないか!」
少年は必死に叫んだ。
「ふむ。では、その正義とやらを、お前が金で示すがいい。
十万リル、今すぐここに置けるなら許してやろう」
「そ、そんな大金……!」
「じゃあ、黙ってろ」
男爵の取り巻きたちが、剣を抜いて少年ににじり寄る――
が、その時。
「うわぁ~、なんかドラマの悪役みたいなこと言ってるぅ~」
ナツキの声が、乾いた風を切って響いた。
「……?」
剣を構えた男たちの視線がそちらに向いた瞬間、
レナが音もなく駆け、ひとりの手首をひねり上げていた。
「ぎゃっ、あだだだだだっ!」
「自称貴族が、街道で横暴って……アルディアの恥ね」
クロエが剣を肩にかけ、ファウスト男爵のすぐ傍に立つ。
「き、貴様ら何者だ!? 何の権限で私に口出しを――」
「“口出し”じゃないよ、“正当防衛”だよっ!」
ナツキが軽やかに笑いながら、足元の石を蹴って
ファウストの乗っていた馬車の車輪を見事に割った。
「ひいっ!? こ、これは王に訴えてやるぅぅぅ!」
男爵は砂煙をあげながら、よれよれと街道の奥へと消えていった。
その背を見送りながら、ヴィーナはそっと息を吐いた。
(やっぱり……この国、思った以上に“貴族の権威”が強いんだ)
***
「ありがとうございました!」
行商人が何度も頭を下げる隣で、少年が直立不動で礼をした。
「助けていただき、感謝します。俺は――カイル=リューストといいます」
「カイル君。君、たった一人で、立ち向かおうとしてたの?」
エリカが驚いたように尋ねると、彼は少しだけ頷いた。
「はい。未熟なのは承知の上です。でも……何もしなければ、後悔すると思って」
「立派だね。ところで君、旅人ってわけじゃなさそうだけど?」
レナの問いに、カイルは背筋を伸ばして言った。
「ぼくは、マルターレス家の騎士団に入団するため、王都オルデラへ向かっています!」
「マルターレス……」
ヴィーナの中で、最近耳にしたばかりの名が、再びよみがえった。
(たしか……フォルネリアで、リランダ様が……“アルカディアを解放した英雄の家”って)
「ぼく、あの家に仕えて、いつか“ヴァルトニアの雷剣士”みたいになりたいんです!」
「――“ヴァルトニア”?」
ヴィーナの口から、思わず漏れたその名に、カイルは純粋な笑みを向ける。
「ええ! 雷を呼び、闇を斬り裂く剣士――
今でも伝説として語り継がれてるんです。教本にも載ってるんですよ!」
(……そんなの、知らない。
そんな話、父から一度も聞いたことなかった)
「ヴァルトニアって、そんなに有名な名前……なの?」
ヴィーナの声に、カイルは即答する。
「もちろんです! でも、名乗るのはご法度ですけどね。
身分のない者が口にすれば不敬罪。
けれど、憧れるのは――自由ですから!」
ヴィーナは、胸元のローブにそっと手を添えた。
そこに隠されたものが、いかに重い意味を持っていたのか――
彼女はようやく、その片鱗に触れ始めていた。
「カイル君、良かったら……王都まで一緒に行かない?」
レナの提案に、少年は驚き、そして嬉しそうに目を輝かせた。
「……はいっ! よろしくお願いします!」




