アルディアの国境にて
第四十二話 アルディア国境にて
灰色の石畳が、山道から緩やかに続いていた。
その先にそびえるのは、荘厳な門――アルディア王国の東門だった。
「すご……なんか、空気までキリッとしてない?」
ナツキが思わず背筋を伸ばす。
「騎士の国だからね。入国の儀礼も厳しいわよ」
レナが馬車から降りながら、スカートの裾を整える。
門前には、無言で整列する銀鎧の騎士たち――全員が目線ひとつ動かさず、まるで彫像のようだ。
「女性のみの旅団か……護衛はいないのか?」
一人の門兵が、不信げな目でレナたちを見る。
「いません。戦える者のみで構成されています」
「……ふむ」
返答の硬さに、少しだけ空気がざわついた。
「君たち、王都へ? 誰かの招待か?」
「旅の目的は、観光と文献調査です。紹介状などはありません」
「……そうか」
どこか、“保護が必要な者を見る目”で、一部の騎士たちが視線を向けてくる。
「なんか、こっちの実力は見てない感じね……」
クロエが低く呟くと、
「ふん。女だってだけで、戦えないって思ってるわけね」
ナツキがあからさまにムッとする。
「我慢。ここは通過が目的よ」
レナが小声で押し止める中――
「名乗る! 俺は、レイヴン=ヴァルトニア! 伝説の血を継ぐ者だ!」
と、突如、背後から響く男の声。
ヴィーナが反射的に振り返ると、馬にまたがった厚化粧のような貴族風の男が、手を広げて名乗っていた。
「ほら見ろ! 俺の名はヴァルトニアだぞ!? 通せ! この名が見えぬか!」
騎士たちの視線が一瞬で鋭くなる。
「……その名を口にするとは、正気か?」
「誰が許した?」
「身分証はあるのか?」
「証がなければ、不敬罪の疑いにより拘束する」
男がぎょっとした顔をする間もなく、四人の騎士が一瞬で囲み、腕を捻じ上げた。
「痛い! やめろ、やめろおおお!」
「ヴァルトニアの名は、神聖なる記録にのみ残るもの。偽って名乗れば、それは不敬」
「処罰対象だ」
淡々とした騎士たちのやり取りに、ヴィーナは体が凍るような感覚を覚えた。
(この国で、“ヴァルトニア”の名を口にするだけで……こんなにも重いんだ)
ふと、馬車の側にいた子供たちの声が聞こえてきた。
「ねぇお姉ちゃん、“ヴァルトニアの剣士”って知ってる?」
「知ってるよ! 雷を操って悪を倒すんだよね! ぼく、将来あれになるの!」
「あたしもー! お兄ちゃんと一緒に、“ヴァルトニア騎士団”に入るの!」
――無邪気な声と、重く響く取り押さえ。
「大人の目は、鋭く。
子供の目は、憧れに」
レナが静かに呟いた。
「それが、この国にとっての“ヴァルトニア”という名前なのよ」
ヴィーナは小さく頷き、ローブの裾に手を添えた。
それはまだ、誰にも見せていない。
父から託された唯一のもの。名を語る代わりに、彼が残した“証”。
(軽々しくは、口にできない――でも、いつかは、向き合わなきゃいけない)
彼女の中で、ひとつの決意が生まれつつあった。
「王都へはあと半日。途中で休息を挟みましょう」
レナの言葉で、馬車が再び走り出す。
その先には、伝説と秩序の都――オルデラが待っていた。




