アルディアへ
第四十一話 アルディアへ(冒頭〜馬車内会話まで)
フォルネリア辺境侯国を発ったヴィーナたちは、
古木と霧の残る山道を抜け、王国アルディアへと続く街道を馬車で進んでいた。
この旅は、これまでのような魔物退治でも依頼でもない。
それは――
「“ヴァルトニア”という名の、真実を探す旅だった。」
風にたなびくローブの裾を握りしめながら、ヴィーナは小さくつぶやいた。
彼女がその名を“正式に”口にしたのは、ほんの1週間ほど前。
フォルネリアでリランダ侯とレオンハルト卿に謁見したときのことだった。
『――ヴィーナ=ヴァルトニア、です』
それは、ただの礼儀だった。
昔、父から教わった「立場のある人の前では、正式な名を使うように」という作法にすぎない。
けれど、その名は――
二百年前の戦乱の時代、英雄と呼ばれた騎士の家のものだった。
「ねえ、ヴィーナ」
ナツキが、不意に声をかけてきた。
馬車の揺れに合わせて首を揺らしながら、覗き込むようにこちらを見ている。
「ちょっと聞いてもいい? その……お父さんって、どんな人だったの?」
「……レイクスのこと?」
ヴィーナは少し驚いたように目を瞬かせた。
「優しい人だったよ。言葉は少ないけど、怒ったりしない。
静かで、でも――目の奥が、ずっと寂しそうで」
「へえ……なんか、不思議な人だね」
「うん。でも、私はずっと“お父さん”だって思ってた。
本当の血のつながりはないけど、育ててくれた人だから」
ヴィーナの言葉に、エリカが小さく頷く。
「じゃあ……ヴィーナ自身は? 自分の出自って……」
「知らないの」
その声は、まるで霧のように淡く、儚かった。
「私は……もともと孤児だった。どこの国の生まれかも、誰の子なのかもわからない。
気づいたときには、父が傍にいた。だから――“自分が誰か”を考えたこと、なかったんだ」
沈黙。
それを破ったのは、レナの静かな声だった。
「……でも今は、違う。あなたは、自分の足で“何者か”を探しに来ている」
ヴィーナは小さく微笑んで、頷いた。
「うん。
1年前、父は“エルディナに行く”ってだけ言って、私と別れた。
それっきり、どこにもいないの。手紙もないし、魔法通信も返ってこない」
「もしかして、何かあったのかな……?」
クロエが呟くと、ナツキが拳を握って言った。
「じゃあやっぱり、この旅は正解なんだよ!
ヴァルトニア家を探せば、父さんのことも、ヴィーナ自身のことも見えてくるって!」
「たとえ答えが見つからなくても――旅をする意味はあると思うわ」
レナが言葉を添える。
「……ありがとう」
ヴィーナは、ローブの胸元に手を添えた。
父と別れたとき、無言で渡されたこの衣――
それだけが、彼と自分をつなぐ“唯一の手がかり”。
(あなたは、いったい何者だったの……?)
遠く、アルディアの空に浮かぶ王国旗が、金と深緑の風に揺れていた。




