託された願い
第三十五話 託された願い
領主の言葉は、重く、そして真実味を帯びていた。
ヴィーナは、その言葉に、何も答えることができなかった。レイクスが聖魔法を人前で使うことを避けた理由を、リランダが語ったばかりだったからだ。自分の力で全てを解決することに意味がないと考えた父が、領主の頼みを聞き入れるとは、到底思えなかった。
その時、それまで静かに話を聞いていたリランダが、静かに一歩前に進み出た。
「レオンハルト様。そのお考えは、いささか拙速かと存じます」
リランダは、領主の言葉を遮るように、はっきりと告げた。
「レイクスは、頼まれたからといって、こちらの都合で動くような男ではありません。もし、この国に真に彼の力が必要となれば、彼が自らの意思で戻ってくるはずです」
リランダの言葉に、領主は少しだけ不満げな表情を浮かべた。しかし、リランダの言葉が正しいことも、彼はよく知っていた。
「では、どうすれば良いというのだ? 刻一刻と、結界は弱まっている」
「ヴィーナ様です」
リランダは、領主の問いに、間髪入れずに答えた。そして、ヴィーナに視線を向けた。
「ヴィーナ様。あなたは、レイクスの養女でありながら、彼と同じ、強力な聖魔法を使います。これは、偶然ではありません。レイクスが、あなたに託したかった力が、そこにあるのです」
リランダは、静かに続けた。
「どうか、エルディナ聖王国へ向かってください。そして、父であるレイクス様と再会し、彼の元で、聖魔法の使い方を、すべて学んでいただきたいのです」
リランダの言葉は、単なる依頼ではなかった。それは、この街を、そして世界を救うための、切なる願いだった。
ナツキ、エリカ、クロエ、そしてレナは、リランダの言葉に、ただ静かに耳を傾けていた。彼女たちの冒険は、今、新たな、そしてあまりにも大きな使命を帯びようとしていた。
ヴィーナは、静かに目を閉じた。彼女は、父の言葉を思い出していた。
『ヴィーナ。お前は、聖魔法の才能に恵まれてはいない。それよりも、水魔法を極める道の方が、お前には合っている』
その言葉は、ヴィーナにとって、ずっと胸の中にしまっておいた、重い真実だった。
「リランダ様、領主様。お気持ちは、とてもありがたいです」
ヴィーナは、静かに、そしてはっきりと語り始めた。
「ですが、聖魔法を学ぶためだけに、父の元を訪れることはできません。父は、私に聖魔法の才能がないから、水魔法の道を極めるようにと、何度も言いました。だから、聖魔法は、私がこの旅で得た、ほんの少しの力にすぎません」
彼女の言葉に、リランダは驚きに目を見開いた。
「そんな…」
「それに、父は、私が旅に出ることを、決して望んでいませんでした。父は、私が望む道を歩むこと、そして、私が選んだ仲間たちと、静かに暮らすことを、何よりも願っていました」
ヴィーナは、レナたちに視線を向けた。
「だから、私は…聖魔法を学ぶために、旅を続けることはできません」
謁見の間は、再び静まり返った。ヴィーナの言葉は、領主やリランダの期待を、打ち砕くものだった。しかし、その瞳に宿る真摯な光は、誰もが嘘偽りではないことを理解していた。




