遠い光、それぞれの決意
第十六話 遠い光、それぞれの決意
朝露に濡れた森の空気は、前日までの重苦しさが嘘のように澄み切っていた。一行は、昨夜の安堵と新たな決意を胸に、旅を再開する。ヴィーナの聖魔法が瘴気を一掃したことで、視界は劇的に開け、これまで足を踏み入れることのできなかった森の奥へと続く道が現れた。
「こんな場所があったなんて…!」
ナツキが驚きの声を上げる。彼女の視線の先には、苔むした岩壁と、その間を縫うように伸びる細い獣道があった。道は、瘴気が濃く、魔物が群れをなしていた場所だ。しかし今は、清らかな空気が満ち、地面には小さな野花が咲き誇っていた。
その時、ヴィーナの耳に、かすかな、しかし確かな声が響いた。それは、大地から、木々から、そして風から届く、穏やかな精霊の声だった。
「…ありがとう、ヴィーナ」
声は、彼女の聖魔法が、この森の穢れを一時的に浄化したことへの感謝を伝えていた。しかし、その声は、次の瞬間、悲痛な叫びに変わった。
「…戻りなさい! その先へは進んではいけない! あなた方の力では、あの闇は払えない!」
声はそう告げると、消えた。ヴィーナは、不思議に思いながらも、その言葉を胸に刻んだ。
「ここなら、**『白銀の葉』**が見つかるかもしれません」
レナが、静かに言った。彼女の持つ地図には、この道は記されていない。しかし、清められた大地が示すように、この先に依頼の目的である薬草が自生している可能性は高かった。
「瘴気の濃い場所に自生するって話だったよね?もう瘴気がないんじゃ、薬草も枯れちゃってるんじゃない?」
ナツキの問いに、ヴィーナは首を振る。
「大丈夫です。聖魔法は、穢れを浄化するだけで、生命を奪うことはありません。むしろ、より強く、健やかに育つはずです」
細い獣道をしばらく進むと、一行は小さな窪地へとたどり着いた。そこは、周囲を巨大な岩に囲まれており、まるで外界から隔絶された秘密の庭園のようだった。そして、窪地の中心に、まるで月光を宿したかのように輝く銀色の葉を持った薬草が、ひっそりと群生していた。
「あった…! あれが、**『白銀の葉』**だわ」
レナが興奮したように呟く。その葉は、まるで銀の粉をまぶしたかのように美しく輝き、かすかな光を放っていた。エリカは、その美しさに言葉を失っていた。
「すごい…こんなにたくさんの**『白銀の葉』**が…」
クロエは、周囲を警戒しながら、その薬草に近づく。そして、彼女は慎重に一本だけを採取した。彼女は、その葉の脈を指先でなぞり、わずかに残る瘴気の気配を感じ取る。
「この葉…通常のものより、ずっと強力だ」
クロエの言葉に、ナツキが頷く。
「どうする、レナ? 依頼はこれで達成よ。あとは薬草を持って帰るだけ」
レナは、**『白銀の葉』**に手を伸ばそうとしながらも、その先にある瘴気の気配に、かすかな迷いを覚えた。この瘴気は、街の結界を司るリランダでさえ、完全に浄化することができなかったものだ。
レナは、ヴィーナの顔を見つめ、静かに尋ねた。
「…ヴィーナ、何かあったの?」
ヴィーナは、精霊から聞かされた言葉を、皆に話した。一行は、顔を見合わせ、静かに考え込んだ。
「精霊が止めるってことは、相当危険ってことだよね…」
ナツキが、慎重な声で呟いた。
「この**『白銀の葉』**だけでも、依頼は達成できる。それどころか、これだけの量があれば、街で英雄として迎えられるはずだ」
レナは、冷静に状況を分析した。彼女たちの目的は、あくまで依頼の達成だ。そして、精霊の声は、それ以上の危険がこの先に潜んでいることを示唆していた。
「私たちは、プロの冒険者だわ。依頼の範囲を超えて、無謀な危険に身を晒す必要はない」
レナはそう言うと、残りの**『白銀の葉』**を全て採取し、パーティーを率いて引き返す決断をした。
彼女たちの旅は、今、一つの区切りを迎えた。