霧の中へ
第十三話 霧の中へ
フォルネリウスの北門をくぐると、すぐに木々が鬱蒼と生い茂る森が一行の前に広がっていた。門を出るとすぐに、どこからか湿った空気が漂ってくる。風もなく、周囲は不気味なほど静かだった。
レナが警戒しながら進むよう指示を出す。
「この森は、『霧の森』と呼ばれている。マクシムが言っていた通り、常に霧が深い。だが、この霧はただの霧じゃない。その昔、**『黒い雷雨』**の際に大地に染み込んだ魔族の瘴気が原因とされている」
レナの言葉に、ヴィーナはリランダとの会話を思い出した。レイクスの話とも重なる、遥か昔の出来事。
「そんな昔の…魔族の瘴気が、まだ残っているんですか?」
エリカが震える声で尋ねると、レナは静かに頷いた。
「ああ。この霧には、幻覚を見せる『幻惑の胞子』が漂っている。精神に干渉するから、特に魔術師は注意が必要だ」
エリカは顔を青ざめさせ、ヴィーナの服の袖を強く握りしめた。その時、ナツキが剣を構え、周囲を警戒しながら言った。
「なんだか、空気が重いな。魔物の気配もする…」
クロエはナツキの隣に立ち、双剣を構える。
「ええ。この森の魔物は、瘴気の影響で凶暴化しています。油断は禁物です」
一行はゆっくりと森の奥へと進んでいく。木々は光を遮り、道はすぐに霧に覆われ始めた。視界が悪くなり、周囲の音が吸収されていく。足元の腐葉土を踏む音が、やけに大きく響いた。
その時、霧の中から不気味な声が聞こえてきた。
「…グウゥ…」
それは、獣の唸り声のようでもあり、人間の苦しむ声のようでもあった。声の主は、黒い霧のようにぼんやりと姿を現す。それは、四足歩行で、全身が腐敗した狼のような魔物だった。その体からは、瘴気の霧が絶え間なく立ち上っている。魔物は、その黄色く濁った目をヴィーナたちに向け、不気味な唸り声を上げた。
「来るぞ!」
ナツキが叫び、剣を構える。魔物は、幻惑の霧の中から、さらに二体、三体と現れた。
レナは盾を構え、ヴィーナとエリカを守るように前に出る。クロエは双剣を交差させ、いつでも動けるよう身構えている。
「大丈夫だよ、エリカちゃん。私がいるから」
ヴィーナは、震えるエリカの肩に手を置いた。その掌から、淡い光が溢れ出す。それは、闇と瘴気に満ちた森の中で、唯一の希望の光のように輝いていた。