大樹の広場
第十話 大樹の広場
翌朝、ヴィーナたちは朝食を素早く済ませ、フォルネリウスの街の中心にある大樹の広場へと向かった。石畳の道は早朝にもかかわらず多くの人々で賑わっており、皆が弓や剣の手入れをしたり、子供たちが笑顔で走り回っていた。
広場に到着すると、そこにはすでにリランダの姿があった。彼女は一人、大樹の根元にある大きな石に座り、目を閉じていた。まるで瞑想をしているかのように、周囲の喧騒が彼女には届いていないかのようだ。
ヴィーナは、昨日よりも少し緊張した面持ちで、リランダに近づいた。
「リランダ、さん…お、お約束通り参りました…」
ヴィーナの不慣れな敬語に、リランダはゆっくりと目を開けた。その瞳は、透き通るような湖のように穏やかで、ヴィーナを優しく見つめている。
「ようこそ、ヴィーナ。そして、あなたの仲間たちも」
リランダは立ち上がると、一行に軽く会釈した。ナツキは少し緊張した面持ちで、クロエは警戒を解かずに、レナは静かに見守っている。
「それで、わ、我々に何かご用で…?」
ナツキが問いかけると、リランダは再びヴィーナに視線を向けた。
「昨日のあなたの力について、少しだけ見せてもらいたいのです。…特に、あなたの心を映し出すという、その不思議な光を」
リランダの言葉に、ヴィーナは少し戸惑った。レイクスに教わった魔法は、治癒や浄化といった実用的なものが主で、心を映し出すような魔法は知らなかったからだ。
「わ、私…そんな魔法、使えません」
ヴィーナが困惑したように言うと、リランダは微笑んだ。
「それは、あなたが意識的に使おうとしていないだけ。聖魔法とは、術者の心と深く結びついているもの。光は、あなたの心を映し出す鏡。怖い、という気持ちは、あなたに光を閉ざさせる。あなたの心が、望めば、その光は必ずや現れるでしょう」
リランダの言葉は、まるで謎かけのようだった。しかし、彼女の瞳は嘘を言っていない。ヴィーナは、どうすればいいのか分からず、考え込んだ。
その時、ヴィーナは目を閉じた。
(私の心…)
ヴィーナは、これまでの旅を思い出した。レイクスとの温かい日々。ナツキやクロエ、レナ、そしてエリカとの出会い。魔物との戦闘で、恐怖に震えるエリカの手を握った時のこと。そして、その時に感じた、光が溢れ出すような温かい感覚。
その時、ヴィーナの掌から、淡い光が放たれた。それは、温かく、そしてどこか懐かしい光だった。
リランダは、その光を見て、静かに微笑んだ。しかし、その瞳には、深い悲しみと、何かを確信したような強い光が宿っていた。