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レイクス戦記  作者: ゆう
旅立ち
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旅立ち

一人でいることは、決して寂しいことではなかった。

でも、本当はいつも誰かと一緒にいたいと願っていた。

義父の旅立ちから一年。

少女ヴィーナは、彼の背中を追うように、新たな一歩を踏み出す。

彼女の心を満たすのは、温かな思い出と、少しの不安、そして、期待。

旅の途中で出会う人々が、彼女の人生を彩り、新しい物語を紡ぎ始める。

第一話 旅立ち、そして仲間たち

イシュタリア商業連邦の首都、イシュタルの朝は、焼きたてのパンの香りと、行き交う人々の活気に満ちていた。ヴィーナは、冒険者ギルドへと続く石畳の上を、軽やかな足取りで進んでいく。7年前、ゴブリンに襲われた村でひとりぼっちだった幼い少女の面影は、もうどこにもない。腰まで伸びた金色の髪は、歩くたびに陽の光を反射し、彼女が身につけた質素な革鎧も、鍛え抜かれた体には見事に馴染んでいた。

「お父さん…」

街角にある古びた時計台を見上げながら、ヴィーナは小さく呟いた。1年前、レイクスがエルディナ聖王国へ旅立った日も、こんな風に空が澄み切っていた。彼はいつものように穏やかな顔で、「少し用事があるんだ。すぐに戻る」と言って、彼女の頭を優しく撫でた。だが、その時レイクスがほんの少しだけ寂しそうな顔をしていたことを、ヴィーナは忘れていなかった。

レイクスは、自分の過去について多くを語らなかった。ヴィーナは、彼の姓である「ヴァルトニア」を自身の名前として認識しているだけで、それが特定の国で畏怖されていることなど、知る由もなかった。彼は旅の途中で出会った人々との些細なやり取りや、旅先で見つけた美しい景色についてばかり話した。そして、ヴィーナはそんな彼の話を聞くのが好きだった。

ギルドの扉を開けると、いつものように騒がしい空気が彼女を包み込む。ヴィーナは、掲示板に張り出された依頼票の束を眺めていた。だが、彼女の目が留まったのは、一番隅に貼られた一枚の募集要項だった。

『パーティーメンバー募集 治癒・補助魔法使い(聖魔法・水魔法歓迎) 経験者優遇』

その文字を見た瞬間、ヴィーナの胸が高鳴った。これまで一人で依頼を受けてきたが、いつか仲間が欲しいと願っていた。それに、レイクスが帰ってきたときに胸を張って隣に立つためにも、もっとたくさんの経験を積まなければならない。ヴィーナは意を決し、募集の貼り紙を指差してギルドの受付に声をかけた。

受付の指示に従い、奥の応接室へと向かう。扉を開けると、そこにいたのは三人の女性だった。銀色の鎧を身につけた大柄な女性、腰にロングソードを差した快活そうな女性、そしてふわふわとした犬耳と尻尾を持つ獣人の女性。

「フォルネリア辺境侯国へ行く依頼で、治癒魔法使いを探してるって聞いたんですけど…」

ヴィーナが恐る恐る尋ねると、ロングソードの女性が満面の笑みを浮かべ、立ち上がった。

「そうだよ! 君が募集を見てくれた子か! 歓迎するよ!」

彼女の快活な声に、ヴィーナの緊張が少し和らぐ。

「私はナツキ。見ての通り、パーティーのアタッカー担当だ」

ナツキは、自分の隣に座る大柄な女性を指差した。

「こっちはレナ。私たちの盾役で、どんな攻撃も受け止めてくれる頼れるお姉さんだ」

レナは穏やかに微笑み、ヴィーナに軽く頭を下げた。

「はじめまして、ヴィーナさん。ナツキが騒がしくてすみませんね。何か困ったことがあれば、いつでも私に声をかけてください」

そして、ナツキは最後に、犬耳の女性を紹介した。

「そんで、こっちがクロエ。うちのパーティーのしっかり者で、何でもこなしてくれるんだ」

「…クロエです。双剣を扱います。これから、よろしくお願いします」

クロエは恥ずかしそうにしながらも、はっきりと自己紹介をした。

三人の自己紹介を聞き、ヴィーナは安堵の息をつく。

「…ヴィーナです。治癒と水魔法が得意です。一人でこの依頼を受けるのは少し心細くて、皆さんと一緒なら心強いです」

「フン、大丈夫さ! 私たちはこの通り、最高のパーティーだ。レナが敵の注意を引きつけて、私とクロエがアタッカー。エリカが魔法で支援する。君は後方で私たちのサポートをしてくれればいい」

ナツキは自信満々に胸を張る。その言葉に、ヴィーナは少しだけ違和感を覚えた。

「あの…エリカって?」

ヴィーナが尋ねると、三人は顔を見合わせて笑った。

「エリカは人混みが苦手でね。ギルドの外で待ってるんだ。さあ、行こう!」

ナツキに導かれてギルドの外に出ると、そこにはフードを深く被り、大きな眼鏡の奥にある瞳を不安そうに揺らす、小柄な女性が立っていた。彼女はヴィーナたちに気づくと、もじもじと身を寄せ、小さな声で呟いた。

「…よろしく、お願いします」

こうして、ヴィーナは旅の仲間たちと出会い、初めての大きな依頼へと旅立つことになった。彼女の旅は、レイクスとの温かい日常から、自立した冒険者としての新たな一歩を踏み出す、彼女自身の物語へと変わっていく。

ヴィーナの新しい旅は、頼もしい仲間たちとの出会いから始まった。

しかし、彼女がまだ知らない。

この旅が、単なる依頼の達成だけでは終わらないことを。

彼女の義父が背負っていた、そして彼女が継ぐことになる「ヴァルトニア」の姓が持つ意味を。

物語は、まだ始まったばかり。

彼女たちの旅の先に、何が待ち受けているのだろうか。

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