お兄様、婚約破棄なさったの?…じゃあ王太子の座、私がもらうわね!
初投稿です。
設定はゆるゆるですが、気にせず読んでいただけると嬉しいです。
「アリシア・メルデ!お前との婚約を破棄する!」
エイメール王立貴族学園、その卒業パーティーで。
王太子であるお兄様、アルフレッド・エイメールが婚約者に向けてそう告げた。
賑やかに談笑していた周囲の声はピタリと止み、あたりを静寂が支配する。
将来の主君が放った言葉の行方を、皆が固唾を呑んで見守っているのだ。
「…理由をお聞かせいただいても?」
婚約者のアリシア様は冷静だ。
恐らく、事前にこのことを知っていたのだろう。
綺麗な黒髪、切れ長の深い青の瞳を持つ彼女は、理知的で芯の通った強い女性だ。
お兄様の好みと真逆だが。
「アリシア様…素直に自白なさったら罪は軽くなりますわ。今ならまだ間に合います。どうか、お認めになってくださいませ…!」
王太子の腕に巻きついている令嬢…セレナ?だったかが、儚げにそう言った。
銀髪にアイスブルーの瞳の彼女は、お兄様の恋人。
こういう儚い系が、お兄様のタイプらしい。
まあ中身は全く儚くないが。
図太く、強かなのにちょっとお馬鹿な令嬢。
これはこの学園の生徒の誰もが知っている、有名な事実だ。
「セレナはなんて優しいんだ…。アリシアとは大違いだ」
訂正、王太子を除いて誰もが知っていることだ。
「アリシア。お前はセレナを虐めたそうだな。暴言を吐いたり、教科書を破いたり…お前のしたことは全てわかっている」
「わたくし、そんなこと…」
「しらばっくれるな!!」
赤い瞳をくわっと見開き、金髪を揺らしながら。
アリシア様の言葉に被せるように、お兄様が怒鳴った。
思わずたじろぐアリシア様。
なるほど。
野郎、怒鳴ることでアリシア様を萎縮させ、罪を被せる気だな。
確かに、その目論見は成功しかけている。
お兄様はさらに言葉を重ねようとして…うーん、そろそろまずいか。
現実逃避してたけど、止めに入ろう。
皆、アレをどうにかしてくれと私に目で訴えてきてるから。
身内の恥をこれ以上晒す前に、なんとかしなければ。
「そこまでですわ、お兄様。アリシア様も困っています。本日はせっかくの晴れ舞台なのですから、この話は後日に致しませんか」
この会場のセッティングやパーティーの進行は、在校生を代表して私が主導したのだ。
なに滅茶苦茶にしてやがる、くそ兄。
「シャルロッテか。口を挟むな、私は今アリシアと重要な話をしている」
「うーん、そうですか。ではこうしましょう。婚約破棄にも手続きがいりますわ。別室で、書類を作成しながら話し合うのがいいのではないでしょうか」
お兄様は渋る様子を見せたが、少しして大仰に頷いた。
まあ何に渋ったかって言われると、多分何にも渋って無いだろう。
きっと、自分より下だと思っている私があれこれ言うのが気に食わなかったのだ。
私を困らせようとしたに違いない。
私が歩き出すとアリシア様が続き、その後ろをお兄様が付いてきた。
不安そうな表情を浮かべたセレナもくっついてきている。
私たちは一度ホールを出て、校舎内の空き教室に入った。
華美に飾り付けられたその教室が、今はどこか物悲しい。
「ええっと、お兄様はアリシア様との婚約を破棄されたいのよね?それなら、これらの書類にサインして下さいませ」
なんでこんなに準備が良いかって?
もちろん、こうなることは分かってたからだよ。
当たってほしくなかったけど。
お兄様はさらさらと書類にサインしていく。
サインし終えた書類を私に渡してきたので、私もそのうちの一枚にサインして、控えていた侍女に渡した。
「…なぜお前もサインするのだ?」
お兄様が不審そうに聞いてくる。
もちろん私は全力で誤魔化した。
「あら、王族と公爵家の間の婚約が破棄されるのですよ?姫である私が関わることは当たり前でしょう?」
お兄様は納得出来ていないようだったが、頷いた。
この人は自分のことを聡明で寛大な王子様だと思っているので、人に分からないことを聞くことはない。
よく分からないことは流してしまうのだ。
「では、私たちはパーティーへ戻る。シャルロッテ、書類を父上まで届けろ。ああ、それと…アリシアを王城の地下牢へと連れて行くのだ。よいな」
私にそう言って、お兄様はさっさと会場へ戻って行った。
セレナはまたもや不安そうにこちらを振り返りながらも、お兄様についていく。
セレナは頭は悪いけれど、場の空気に敏感だ。
きっと私が何かをしようとしていることに勘づいたのだろう。
まあ、もう遅いけど。
「ではアリシア様、悪いのですけど一緒に王城まで来て下さいませ。本当に、愚兄が申し訳ないことをしましたわ」
アリシア様は泣き笑いのようになって頷いた。
そして突っ込んだ。
「それを言って良いのですか、シャルロッテ殿下…いえ、王太女殿下」
◇◇◇◇◇
〈アリシア視点〉
「ふふっ、うふふっ。お兄様も馬鹿だわ。何のための婚約だったのか、全くわかって無かったんだもの」
馬車に入った途端、シャルロッテ殿下は笑い始めた。
可愛い顔で毒を吐きながらこちらに問う。
「ねえ、婚約破棄のこと、アリシア様はどうなさるつもりでしたの?私がかき回してしまったけれど、事前に知っていたのでしょう?」
「そう、ですわね。知っておりましたわ。婚約破棄ではなく、どうにかして解消に持ち込むつもりでいましたの」
「あら、お優しい。私なんてお兄様の有責で婚約破棄をさせたのに」
え??
あれはわたくしが有責のものではなかったの?
シャルロッテ殿下はわたくしの顔を見て、わたくしの勘違いを察したらしい。
笑いながら教えてくれた。
「あの書類ですけど、いくつかありまして。まずは婚約破棄でしょう?お兄様の不貞を原因に、お兄様の私財からメルデ公爵家に500万、アリシア様本人にも500万、慰謝料を払うといった内容ですわ」
お父様の承認が必要ですけど、もう話は通してあるので大丈夫。
シャルロッテ殿下はそう言って続ける。
「二つ目は、アリシア様も気づいていたように、王太子の座を私に譲る、といったものですわ。まあ、公爵家の後ろ盾が無くなった以上、そのうち廃太子されたでしょうけど」
そう、あの紙だけ魔法契約が使われていた。
とても貴重な魔法契約が使われる場面はほとんどない。
王太子が代わる、などの重要な場面を除いて。
「あとは、そうですわね。セレナ・ルース子爵令嬢との婚姻届でしょう?ルース子爵家の当主変更届でしょう?…ああ、忘れてましたわ、王位継承権を放棄する旨を記したものも、ですわね」
淡い金髪と若草色の瞳を持つ、小さく可愛らしいお姫様。
わたくしがシャルロッテ殿下に持っていたそんなイメージが、がらがらと崩れていく。
にこにこと天使のように笑いながら、悪魔も慄くような、えげつないことをしている。
なんでも、セレナ嬢には随分と前に婚姻届にサインさせたらしい。
確かに書類を見てもなにも覚えていなさそうだった。
いったいシャルロッテ殿下は、いつからこの画を描いていたのだろうか。
そしてルース子爵家の現当主には、子爵位をアルフレッド殿下に譲るか、お家取り潰しか選ばせたらしい。
シャルロッテ殿下によると、泣いて喜んでいましたわ、とのこと。
わたくし、心に決めましたわ。
契約書は絶対読むことを。
そして、絶対に、シャルロッテ殿下を敵に回さないことを。
◇◇◇◇◇
「シャルロッテェェエ!どう言うことだ!お前は何をした!?」
アリシア様とのお茶会の最中、お兄様が乱入してきた。
あのパーティーから数日後のことだ。
「あら、どうされたのルース子爵。乙女のお茶会に割り込むなんて、無粋ですわルース子爵。そもそも王太女の私に気軽に話しかけて良いと思っているのかしらルース子爵」
煽った。
これまでずっとお兄様を立ててきたのだ。
少しくらい良いだろう。
「私は王太子だ!ルース子爵とはなんだ!?説明しろシャルロッテ!」
唾を飛ばして叫ぶバカ兄。
唯一の取り柄だった端麗なはずの容姿が台無しだ。
「そうね、良いわよ。無能な臣下を導くのも上に立つものの務めですもの。よぉーくお聞きになって?
あなたがサインしたあの書類、中身読みました?ええ、読んでないですよね、知ってますわ。あなたの今の状況は、全部あの書類によるものですわ。あなたは今、王位継承権を持たない、ただの、子爵家当主になってますの。恨むなら、書類を読まなかった過去の自分を恨んでくださいませ」
「うるさいっ!お前が騙したのだろうが!」
顔を真っ赤にして喚き始めた兄を覗き込む。
お兄様の目を見て、楽しそうに見えるように、言葉を紡いだ。
「うふふ、そうかもね。でもね?なんであれが無効にならなかったか分かる?なんでこんなに早く書類が通ったのか分かる?…お父様が許可を出したからよ。あなたはお父様にも見捨てられたのよ」
「そんな…」
元気のなくなったお兄様は、護衛につまみ出された。
大方、現在の家である子爵邸に強制送還されたのだろう。
「アリシア様、あれで良かったかしら?」
「はい。何から何まで、ありがとうございました」
アリシア様が微笑む。
数日前よりも険がとれた気がする。
やはりあの兄がストレスだったのだろう。
「…ねえ、アリシア様。良かったら私の側近にならない?王太女になったから、側近の数を増やさなくてはならないの。王太子妃教育を受けてきたあなたならぴったりだわ」
アリシア様は目を丸くして驚いた後、あわあわと言う。
「でもわたくしはアルフレッド様の婚約者でしたし、女ですし…周りの方々がよく思われないと思いますわ」
そんなこと。
「あら、私だって女よ。お兄様の婚約者だったことも問題ないし、周りが喚いても私が黙らせるわ。周りなんて関係なく、私はあなたが欲しいのよ、アリシア」
アリシア様はちょと顔を赤くして、こくりと頷いた。
そして花が咲くように笑って、こう言った。
「よろしくお願いしますわ。わたくし、アリシア・メルデは、シャルロッテ・エイメール王太女殿下の側近として、この国に尽くしてまいります」
エイメール王国の歴史を語る上で、外せない女性が二人いる。シャルロッテ女王は数々の革新的な政策を打ち出し、エイメール王国を発展させた名君として。アリシア宰相はそれを支え、安定させた女王の右腕として。今日まで、語り継がれている。
お読みいただきありがとうございました。
*アルフレッドお兄様は今まで尊大に振る舞ってきたので敵が多く、子爵としての執務や、元学友との爵位差が逆になったりと苦しみます。
*そしてそれを肴にシャルロッテは酒を飲みます。(本作で一番性格が悪いのは主人公です)