番外編 カイルの修道生活③
思っていたよりは降雪は少ないが、王都の真冬とは比べ物にならないぐらいビュードの冬は厳しかった。
川や池が凍り、畑は雪で埋まる。だがそれが氷室のような効果で自然の貯蔵庫のような役目も果たしていた。
霜に強い青菜は雪の下で甘味が増してゆく。夏のように油断するとすぐに腐るということもない。
カイルは夕食用の青菜を、昨年この修道院へやって来たネイトと共に収穫していた。
「もう、これぐらいあればいいだろう」
「はい」
小柄な少年ネイトは、あまり身体が丈夫では無いようで、カイルは特別に彼のために腹巻きとレッグウォーマー、マフラーを編んでやった。
この寒い北部では冬場によく使われている湯たんぽのカバーも、カイルが全員分を編んだ。
そこにネイトが持ち主の識別用のイニシャルを刺繍してゆく。
ネイトは縫い物と刺繍は得意ではあったが、編み物だけがどうにも上手くできなかった。
「兄弟、なぜこんなに編めるのですか?」
「私もはじめは、からきしだったよ」
「どうしたら上手くできなるようになりますか?」
「この修道院へ入る時に、ウールの靴下を私に持たせてくれた人がいてね、でもすぐに穴が空いてしまったんだ。捨てたくなかったからなんとしてでも修繕したいと思ったんだ。それがきっかけで自分でも編むようになったのさ」
「それは、とても大切な人からの贈り物だったのですね」
カイルはしばし逡巡し、遠くを見つめるように答えた。
「······ああ、そうだな。必要に迫られて必死に覚えたというわけだ」
ネイトはリュートが得意で、その日の晩餐が終わるとよく披露していた。
彼は没落貴族の家の使用人の子どもだったが、リュートはその主の貴族の令息に教えてもらったそうだ。
爵位を失った令息達は吟遊詩人として宮廷に出入りしているらしいと風の便りで聞いていた。
「君はもっと沢山食べなさい」
カイルは自分の食事を彼に分けてやることが増えた。
「でも、それでは兄弟の分が······」
「私ならいいのだよ。じきに三十になるからな。君はまだまだ三十には程遠い。ちゃんと身体を作っていかないと」
二十にすらなっていない、弱々しい十四歳の少年は済まなそうに頷いた。
翌日ネイトは高熱を出した。
「···す、すみません、······ご迷惑をかけて」
「気にするな、しっかり養生しなさい」
カイルは自分の掛け布団をネイトに掛けてやった。
「熱は出し切ってしまわないとな」
ジンジャーのコーデュアルに蜂蜜を足して温めたものを、少しずつ吸い口で飲ませた。
ユリアンヌのコーデュアルに近いものは修道院のレシピにもあった。
これは繰り返し作って常備しているものだ。
それぞれに家庭の味があるように、作る人によっても味は多少違うものだ。
3日間寝込んだネイトは、ようやく起きあがることができるようになった。
「まだ無理はするなよ」
手厚く世話をしてくれている目の前のこの兄弟が、この国の王子だったと、彼が近い将来この国の王になると知ったならネイトはどんな反応を示すだろうか。
それから二週間ほどすると、王都で流行っているという歌がこのビュードでも届くようになった。
この国の王家の黒い噂と共に瞬く間に広まって行った。
カイルの耳にもその歌が届くと、一月も経たないうちに先の王が崩御したという報せと共に、カイルに帰還を要請する遣いがやって来た。
何を勝手なことをと、カイルは怒りに震えたが、父の遺言だと聞かされて、仕方なく承知した。
慌ただしく出立しなければならず、シモン老兄弟に事情を説明すると「在家になるのが早まりましたね」と笑って送り出してくれた。
「よろしければ、ネイトもお連れ下さい。あの子の身体にはここの暮らしはキツすぎますから」
「感謝します、老兄弟」
「ネイト、明日私はここを発たねばならない。君は私と一緒に来る気はあるかい?」
「どちらに行かれるのです?」
「王都だ」
「本当に僕が一緒に行っても構わないのですか?」
「良くなければ誘わない」
ネイトは緑色の瞳を輝かせた。
「行きます、行かせて下さい!」
「ああ、よろしく頼む」
カイル達が王都へ馬車で向かう間、ネイトは吟遊詩人顔負けにリュートの演奏で楽しませた。
「兄弟、王都に行けば、あなたの大切な人に会えるのですか?」
「···ああ、多分ね」
カイルは嬉しいようなもの悲しいような複雑な気分になった。
まずはイナンナの墓前に供える花を買わなくては。この季節ではまだ芍薬の花は売ってはいないだろう。
ユリアンヌ、彼女には沢山の感謝を伝えなくては。
帰るとわかっていたら、手編みのものをお礼に用意したのに。
カイルはこれから自分が王位を継ぐプレッシャーよりも、墓前に供える花のこと、ユリアンヌにビスケットを焼いてもらうことで今は頭が一杯だった。
(了)
最後までお読みいたたぎありがとうございました。




